第一章 食前酒

第1話 これぞディストピア、謎のキューブ

――目の前では四角い……2cm四方ほどのキューブがちょこんと皿の上に載っている。

 ササキ中尉はがれきの上に腰を下ろし、金属製の皿の上にのったキューブ1つを見つめた。


(これが今日の俺の昼飯か……)

 

 地上軍警察 捜査隊 機動捜査課 中尉というのがササキ中尉の身分だ。

 しかしここ数十km四方に人間はおそらくササキ中尉のみ。

 もしかすると数百km四方でもそうなのかもしれない。


 ササキの今日の任務は「第124-AA1235地区レベル0階層 治安維持のための警ら活動」だ。

 単身、愛車のホバーバイクにまたがり乙武装でここまでやってきた。

 

 いつもの通り反社会的ミュータントがいないか、マテリアルが落ちていないか見回り、支給された水を飲み切った。

 食料については現地調達が原則だ。


 そこで廃棄された工場を見つけ出しそのあたりを探索し、ようやく食料らしき箱を1つ見つけたのだった。


 ササキは座って火を起こしそのあたりの怪しげな泥水を"ろ過水筒"でろ過し念のためマグカップで沸かした。

 何だかんだと襲ってくることも多い反社会的ミュータントやら原始人との戦闘に比べほっとする瞬間だ。


 火をみつめながらぼうっとし、おもむろに食料らしき箱を手にする。

 

(……ん? これは……)


 確かにその箱には「食用」とは書かれている。

 しかしどうも124地区の方言で書かれており他の文字はあまり読めない。

 そして箱には上半身が裸のまるまると太った中年男性が右下に描かれ、左上にはなぜかフォークとナイフを持ってニコニコと笑顔を浮かべた児童が描かれている。


(こういうのって普通右下は食べる対象が描かれるものなんじゃないのか……?)


 急にササキの心中で疑惑がふくれあがる。

 なぜ半裸の男性が描かれているのか。

 箱に描かれているのは人間が3人だけ。

 フォークとナイフを持った児童は可愛い衣装を着ている。


(まさか……)


 ササキは箱をひっくり返してみたり下からのぞき込んでみたりした。

 終末統合端末を使って画像検索しようとしたがデータベースにはこうした箱は登録されていないようだった。


 意を決して箱をあけてみるとキューブがひとつコロンと皿の上に落ちてきたのだった。

 かなり大きく3cmくらいの立方体だ。


(このキューブ……食用ではあるが原料は……何なのだ?)


 ササキは困惑していた。

 キューブの色味は白っぽいがよくみると肌色っぽく見えなくもない。

 箱のイラストの意味を考えると原材料はもしかして……?という疑惑がどうも拭い去れない。


 箱にはカロリーらしき表示があり、これ一個で1日の必要カロリーの1/3は満たせそうだった。

 そしてササキは腹が減っている。ササキは時代にあわず1日3食しっかり頂きたいタイプだった。


 この地区は数十年も前に放棄されており人間の文明はおろかミュータントも大していない地域だ。

 奇跡的に見つけたこの食料以外にこの周囲にはおそらくあまり食料が調達できる見込みはない。


 食欲と倫理観、可能性の計算と空腹、それぞれがせめぎ合いササキを苛ませた。


(ええいままよ……!)


 ササキは覚悟を決めてキューブを口に放り込んだ。

 材料が何なのかはともかく少なくともこの地区では食用として通じていたのだ。

 毒になるようなものではなく表示カロリーは提供してくれるだろう。


 キューブは思っていたよりもやわらかく、しゃりっとした食感で口の中に溶けていった。

 ふわっとした甘みと、一方で食べ応えのあるまるで大豆たんぱくか肉のような風味。

 ……正直かなりの美味であった。


「これは……美味し!」

 ササキは思わずうなった。

 なかなかの味だ。

 もう2~3個あったらカロリーオーバーの危険を冒しても食べていたかもしれない。

 

 ササキは終末統合端末でその箱を撮影しデータベースに登録した。

 こうした遺物を収集してデータを集めるのもササキの大事な仕事だった。


(味はなかなかよし……毒になるようなもの、気分が悪くなるようなものもない……)

 ササキは評価に星4つをつけ満足した。

(ただし量が少なく原材料に不明点も多いため星1つ減点しました……と)


 ササキは一通りコメントをつけて満足した。

 ゆったりとした気持ちで簡易キャンプを片付けホバーバイクにまたがる。

 逡巡しているうちにかなりの時間が立ったようで、上空に黒く大きな遮蔽物が出現し夜の時間を告げていた。

 恒星の光を一定時間、巨大な長方形のマテリアルで覆い隠し夜の時間とする古代の仕掛けだ。


 ホバーバイクをオートパイロットに設定しササキは基地に向かった。

 満足でいっぱいだった。


――後日、箱に記載された方言の解読が進行した。

 箱にはこう記載されていた。

 『地区委員長でレスラーのロドリゲスおすすめ児童向け栄養キューブ! 必要なカロリーがすべて詰まったベジタリアンキューブです。

※材料に動物性たんぱく質は一切使われておりません。

※主原料はトウモロコシ・大豆となります』



――材料 (1人分)

謎のキューブ……1個


――作り方

1.箱を開けてキューブを取り出す

2.皿の上に置く


――コツ・ポイント

箱の表示を気にしない


――レシピの発見場所

第124-AA1235地区レベル0階層

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る