第206話 これが私の本職よぉ

「へ……一旦死ぬ……?」

「お姉さん、死んじゃ嫌だ!」


 ハルナの言葉に驚き間抜けな声を出すエリオと、大きく首を振ってハルナの腕を押さえる血まみれのミーシャ。


「なぁセシル、ここにセシルのヒールを撃ち込んだらどうなる?」


 腕組みをして考えていたグレインが思い付きをそのまま口に出す。


「おそらくは……一瞬腕がつながって治ったように見えて、その後接合部が膨張、破裂しますわね。確実に腕は千切れますわ」


「ひぇ……。じゃあセシル、治療院までひとっ走りお願いできるか? リリーが無事なら、彼女を呼んできて欲しい。トーラスも無事なら転移してくればそれほど時間も掛からないだろう」


「承知しましたわ、任せてくださいまし!」


「あらぁ、それには及ばないわよぉ」


 ミュルサリーナはそう言って駆け出そうとしていたセシルを制止し、エリオの前に立つ。


「坊やは、このお姉さんを……ハルナちゃんを助けたい? それとも──このまま死ねばいいと思ってる?」


 ミュルサリーナはそこまで言って不気味な笑みを浮かべる。


「た、たす……け……たい……助けたいよ! 俺……王女さまを殺すのってただのお話っていうか……世界を救うためのただの儀式みたいなもんだと思ってた。でも……、こうしてお姉さんの傷を見て分かったんだ。お姉さんも王女さまも人間で、怪我すれば痛くて、たくさん血も出るんだって。だから……助けたいよ! お姉さんも、できれば王女さまも!」


「そう……いい子ねぇ。それじゃあ、耐えなさい。あなたの犯した罪の、過ちの重さを感じながら、祈りなさい。赦しを請いなさい。──『呪治癒術カース・ヒール』」


 ミュルサリーナの右手から紫色の魔力の塊が生まれ、蛇のようにうねりながらエリオの顔へと躙り寄る。


「っ、ひっ! な、なんだこれ」


 魔力のうねりから双頭の蛇が頭を出し、大きな口を開け、エリオの両目に噛み付く。


「うあっ! わぁぁぁっ! また、……また目が見えなくなった!」


「静かになさいな」


 ミュルサリーナは冷淡な声でそう言うと、今度は左手から黄色い魔力の蛇を生み出し、ハルナの傷口に沿わせる。

 魔力の蛇は、傷口まで到達すると溶け込むように消えてゆく。


「わぁ……なんかポカポカして温かいですぅ……」


 盲目になり、慌てふためくエリオの隣で、ハルナの表情が少しだけ緩む。


「……これは……一体何をしてるんだ?」


 グレインは首を傾げる。


「坊やに呪いをかけて、奪った能力を治癒力に変換しているのよぉ。狙撃をするだけあって、坊やは目が良さそうだったから、その視覚能力を根こそぎ奪ったわぁ。案の定、強力にハルナちゃんを癒してくれてるわよぉ」


「う、奪った!? じゃあ……、俺はずっとこのまま、目が見えなくなるって事なのかよ!?」


「坊や……あなたの犯した罪は、それほどまでに重いのよぉ」


 微笑みながらミュルサリーナは答える。

 そこまで話すとエリオは暴れるのをぴたりとやめ、しばらく考え込んだ様子で沈黙し、やがて大きな溜息をつく。


「はぁ……。しょうがねぇか……お姉さんの怪我、酷かったもんな。……村の奴らに救世主だのなんだのと持て囃されて、調子に乗った挙げ句、ミーシャを殺しかけてお姉さんを傷つけて……。……あーあ、目が見えなくなるって分かってたら、さっきの見張り台からの景色もちゃんと見ておけば良かったぜ。ミーシャ、高いとこから見る海は綺麗だったか?」


「うん……海だけじゃなくて、港町の建物もみんなキラキラしてて綺麗だったよ。……もし、エリオの目が見えなくなっても、私がエリオの目の代わりになる! いろんな言葉で、たくさん説明してあげる!」


「ミーシャ……ありがとな。それと、さっきは危険な目に遭わせてごめん」


「……うん。エリオも大丈夫なの?」


「あぁ。さっきと同じで何も見えないんだけど、これでお姉さんが助かるんだったら……この目がなくなってもいいかなって思うよ。そしたら俺が王女さまを殺さなくて済むしな。目が見えなくなるって怖いはずなのに、不思議だけど、なんか落ち着いてられるんだ」


 二人の様子を微笑ましく見守るミュルサリーナ。


「友情って良いものねぇ……。じゃあ次は、この微笑ましい友情を粉々に粉砕してみようかしらぁ」


「ミュルサリーナ、冗談はそれぐらいになさいな。わたくしは知っていますわよ? あなたが本当は、とっても優しい人だという事を……。優しいあなたに、そんな事が出来るはずありませんわ」


 いつの間にかミュルサリーナの背後に立っていたセシルがそう言うと、ミュルサリーナは顔を真っ赤にして俯く。


「う、煩いわよ小娘……」


 そうしているうちに、ハルナの腕の傷が少しずつ癒えていく。

 傷口を見ていたミーシャの表情も次第に明るくなる。


「お姉さん、助かるの?」


 ミーシャがミュルサリーナを見上げて尋ねると、彼女はセシルに誂われた名残りで赤い顔のまま、静かに頷く。


「やったぁ! 魔法使いのおばさん、ありがとう!」


「お、おばっ……! ……やっぱり友情をズタズタに……」


 引きつった表情を浮かべ、ぎりぎりと歯軋りをするミュルサリーナ。


「イテテテテッ! なんか目が締め付けられるように痛くなってきたぞ!」


 よほど痛いのか、エリオが汗を垂らして顔を歪める様子を見て、セシルは慌ててミーシャに何やら耳打ちする。


「ありがとう、美人で魔女のお姉さん! 美人で魔女……美魔女お姉さん!」


「そ、それは喜んでいいのかしらぁ……?」


 軟化するミュルサリーナの態度とともに、エリオの痛みも和らいだようだった。


「しかし、呪いにもこんな使い方があるんだな」


 グレインがミュルサリーナを見て呟く。


「まぁ、師匠によれば、普通の魔女にはなかなか出来ない芸当らしいわぁ。……でも私の場合は体質に合っているみたいなのよねぇ。自分の治癒魔力は呼び起こす事ができないから治癒魔法は使えないのぉ。でも、呪いで他人から奪ってきた力は治癒魔力に変換できちゃったのよねぇ。……これが私の本職よぉ」


「本職……? まさか……お前……」


「あら、気付かなかったぁ? あなたのパーティの話を聞いて、その時に加入を決めたのよぉ。だって私のジョブ……ヒーラーだものぉ」


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