第175話 俺を信じてくれ

「兄様が……また何か失礼をしましたか?」


 グレインが砂浜からリリーを連れてトーラス達の元へと戻ってきた時、彼女は開口一番にそう言った。


「いや、まぁそれも否定はしないが、リリーを呼んだのは闇ギルドに俺達の動向を連絡してる奴を特定する為だ。作戦はこれから説明するが、リリーの協力が必要だと思ってる」


「……グレインさん、説明の前に……ちょっと……こちらへ……」


 リリーはグレインの服をつまみ、軽く引っ張ってアウロラとトーラスから距離を取るように促す。


「……どうした? 何か不満でもあるのか?」


 グレインはリリーと共にその場を離れ、リリーの足が止まったところで訊いた。


「……あの……グレインさんの作戦をあそこで話してしまうという事は、その作戦は少なくともあの場に居たメンバーが裏切り者ではない、という前提のもとに成り立つものですよね? ……つまり、アウロラと兄様、それに私は内通者ではない、という事が絶対条件になります」


「お、おぉ。……そうだな」


 珍しく多弁なリリーの迫力に、グレインはそう答えるのが精一杯だった。


「あなたは……そこまで私たち兄妹と、あの女の事を信じられますか? それに……内通者は一人とは限らないですよ? たとえばの話ですが、あの女と私達兄妹が口裏を合わせているとか、こうやってお話をしているグレインさんの方が内通者という可能性だって……」


「リリー」


 グレインがリリーの頭を撫でる。


「どうしたんだ? 少し落ち着こう。まずは深呼吸でもしようか」


 トーラスは、深呼吸する二人をぼんやりと眺めて呟く。


「二人でいったい何を……話してるんだろうねぇ?」


「そんなにリリーちゃんのことが心配? あ、もしかして、可愛い妹をグレインに取られるのが嫌なのかなー? そのうちグレインが挨拶に来るかも知れないよ? 『お義兄さん、妹さんを下さい』ってねー」


 アウロラがケラケラと笑う。


「別に心配はしてないけど……どこか心配してるように見えたかな?」


「……何となく、だよー」



********************


「ありがとうございます。……少し……落ち着きました」


 深呼吸を終えたリリーが、グレインに微笑みかける。


「何か焦ってるみたいだったぞ。……どうかしたのか?」


「……私……今までどんなパーティに入っても、仲間殺しだって……誰からも信用されて来なかったから……。パーティメンバーに裏切られた事だって……何度もあったし、……それで……心配になったんです」


「俺がみんなを信用しすぎているように見えたか?」


 リリーは俯きながらも小さく頭を縦に振る。


「グレインさんが……仲間に裏切られて……傷付くのを見たくないから……」


「大丈夫だ。まぁ根拠は……ないけどな。みんなと一緒に、色んな経験をしてきたから分かる。俺は、今のパーティメンバーだけは絶対的に信頼して──」


 その時、リリーの耳元を覆っていた髪に小さな虫が止まる。


「……グレイン……さん?」


「動くなよ、リリー。小さな……蜂っぽい虫だ」


 グレインはなるべく刺激しないように、リリーの髪に息を吹きかける。

 リリーの金色の髪が軽くふわりと舞い上がり、足元が覚束なくなった事を察知した虫は慌てて飛び立っていく。

 その刹那、グレインはリリーの耳元に浮かぶ小さな黒点を見る。

 黒点は非常に小さかったが、同じものをこれまで何度も目の当たりにしてきた彼が、それを見紛う事はなかった。


 グレインはあまりの衝撃に、頭の中が空っぽになっていくのを感じた。

 それはまるで地面も空も、どこまでも真白な空間に一人ぼっちで佇んでいるような感覚であったが──そんなグレインを現実に引き戻したのは、目の前の少女が発する、不安に塗れた声であった。


「グレインさん……虫は……どうなりましたか?」


「あ、あぁ、飛んでったぞ。……ついさっきまで、何の話をしてたか忘れちゃってな。思い出そうとしてた」


「グレインさんが……誰を信じているか……というお話でした」


「あぁ、そうだったか。最近物忘れがひどくて……もう年かな」


「グレインさんは……まだまだ若いですよ。……今からボケてたら……ナタリアさんにもサブリナさんにも……捨てられちゃいますよ」


「じゃあ、もしそうなったらリリーが世話してくれよ」


「分かりました。その時は……苦痛を感じないように一瞬で楽にしてあげますね」


 軽口を叩いたつもりが猛毒で返されたところで、グレインは再び考えを巡らせる。

 リリーの耳元の髪を掻き上げれば、さっき見たものが真実なのかは容易に確認できる。

 だが、それは今取るべき行動ではないとグレインの本能が告げていた。


「誰を信じてるか、だったな。俺はみんなを信じてる。パーティメンバーはもちろん、お前の大事な兄様もだ。……アウロラは微妙なところ……いや、実を言うと、あいつが首謀者じゃないかと思ってるんだ」


 グレインは、大きく目を見開くリリーの耳元を見つめながら言う。


「ちなみに、俺がパーティメンバーを信用しすぎ、という心配はしなくていいぞ。もう一つか二つは保険をかけるさ」


「そ、それなら……いいのですが」


「さて、話がまとまったところであいつらの所へ戻ろうか。……俺はリリーの事を信じている。だから、リリーも『何があっても、俺を信じてくれ』」


 グレインはそう言って、とりあえずアウロラとトーラスのところへ戻る。

 何の事かと首を傾げながらも、リリーはグレインの後をついていくのであった。


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