第174話 解析
「よし、周りには誰もいないみたいだ。……後片付けは終わりそうか?」
港から少し距離を置いた、人目につかない茂みの中に黒霧がドーム状に漂っており、グレインはそこから頭だけを突き出し、周囲を見回してからドームの内側に頭部を戻してそう言った。
そのドーム状の黒霧──トーラスの不可視・防音・防臭結界の中で、グレインが一同に確認する。
その声を聞いたナタリアとトーラス、サブリナ、アウロラ、ハルナが頷き合う。
彼らはこの中で、ついさっきまで偽リーナスの死体を解析していたのであった。
解析と言っても、その大半はトーラスの闇魔術で彼らの脳内に刻まれた情報の断片を読み取る作業であり、他のメンバーはただひたすらにその光景を見守るだけではあったのだが。
「血痕はウチの水魔法で洗い流したよー。臭いまでは流石に消せないけどね……」
アウロラがそう言って隣のハルナを心配そうに見る。
「グレインさま……私はそろそろ限界です……うっぷ……うえぇ……」
結界内部に充満する血の臭いに気分が悪くなったのか、真っ青な顔をしたハルナがナタリアに背中を擦られている。
グレインはその様子を見ながら、ナタリアに意見を求める。
「……さすがにこの臭いは放置したらまずいかな?」
「結界を解けば風で臭いも散るでしょうけど、ここで消せるなら消しておいた方がいいわ。血の臭いってモンスターに嗅ぎつけられると意外と厄介なのよ? ……あたしは以前、ギルドでよく動物捌いてたけど、専用のエプロンに着替えた上で作業後は洗浄魔法使って、さらに消臭ハーブの粉を振りかけてたわ」
その工程が面倒だったのか、ナタリアは渋い顔をしている。
「じゃあさ、ここの空気を臭いごと闇空間に収納しちゃおうか」
トーラスが人差し指を立てて気軽に言う。
「何よあっさりと……解決できるなら最初から言いなさいよこの変態!」
「ナタリアさん、僕が何を言っても変態呼ばわりするのやめてもらえません……?」
「しかし、そんな便利な事までできるって、もう闇魔術何でもありかよ」
何にでも応用の利く闇魔術に半ば呆れるグレインの傍らで、アウロラとサブリナが不安な顔をしていた。
「え? でもそれって──」
「妾も、嫌な予感しかしないのじゃ」
「よし、それじゃあいくよ! 名付けて『
何かを言おうとしたアウロラとサブリナの言葉が、トーラスの魔術の行使に遮られる。
「「「「「「…………っ!」」」」」」
空気が収納された結界の内部で、六人は即座に呼吸困難に陥り、手足をばたつかせながら先を争うように結界の外へと飛び出したのは言うまでもなかった。
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「ねぇ、あんた馬鹿なの!? それとも自分の脳味噌まで闇空間に収納しちゃった馬鹿なの!? あんたのせいで死ぬとこだったじゃないのよ!」
「おおお落ち着いてナタリアさん! ……僕もあんな事になるとは思わなかったし……それに、誰も反対しなかったじゃない!」
「それは……やってみなきゃ分からなかったし……。でも言い出しっぺはあんたよ! よし決めた! あんた責任取って自分の脳味噌収納して今すぐ死になさい」
「いやいやいやいや、死んじゃうよ!」
「死ねって言ってるのよぉぉぉ!」
「誰も死んでないよね? むしろ何で今から僕が死ぬ流れになってるの!?」
トーラスはそう叫びながら自らの頭に飛び掛かるナタリアを払いのけようとしている。
「はわわ……お、お姉ちゃん、トーラスさん、とにかくやめてぇぇ!」
「死にかけた直後でよくそんなに動けるのう……。妾は……もう止める元気もないのじゃ……」
ただひたすらに慌てふためくハルナと、対照的に地面に横たわるサブリナであった。
グレインは暫くその様子を見ていたが、そう呟くとトーラス達に背を向けて歩き出し、遠くの砂浜で戯れるティアやセシル、リリーをぼんやりと眺めている。
ティア達の傍らには、いつの間に合流したのかビルも護衛として木陰に控え、ハイランドと共にティアを見つめながら何事かを話している。
「生きてるって素晴らしいな……。生命は尊い……空気が美味しい……」
「グレイン、戻っておいでー」
若干錯乱気味に、遠い目をして訳の分からない事を呟くグレインの背中に声が掛かる。
彼が振り返ると、アウロラが笑顔で手を振っていた。
「……正直、ウチのこと一番怪しんでるでしょ?」
その態度とは裏腹に、声のトーンはかなり低い。
「……まぁ……お前は元関係者っていうか、元黒幕、総裁なんだし、全く疑っていないと言えば嘘になるな」
『幽霊船に乗り込んだ、騎士団以外の者達を全員殺せ。そうすればお前達の枷である、命令に背いた時に心臓が握り潰される呪いを解いて自由にしてやる』
それはつい先程、偽リーナスの死体を解析した結果、得られた情報──偽リーナスに下された命令であった。
トーラスやアウロラの話によると、闇魔術にも禁呪にも、心臓を握り潰すような魔法や呪いの存在は聞いた事がないという。
つまりこれは、術者が偽リーナスを命令に従わせる為に虚偽の説明をしていた可能性が高い。
それよりもここで問題になってくるのは、首謀者が明らかに直近のグレイン達の存在を知っていた事実と、彼らに害意を持っている事である。アウロラの疑問も当然それに関するものであった。
「……ただ、お前が俺達を欺いていないって事を証明をするのもまた無理な話なんだろう、とは思ってる」
「でも、一応言っておくね。ウチは今の闇ギルドとは全く関係ないし、今の総裁が何者かも知らないし、もちろん内通者でもないよ。まぁ、総裁はアドニアスの息が掛かった奴だとは思ってるけど……」
「それを俺に言ったところで、何も変わらないぞ?」
「うん、それは理解してる。単なる……自己満足かな」
アウロラは静かに微笑むが、グレインにはその表情がひどく寂しげに見えた。
「なぁ、一つだけいいか? お前、さっき船のドアに認識阻害の魔法掛けてたよな? あれを応用して人間に掛けて……その……周りの人からは別人に認識される状態にすることも出来たりするのか? たとえば俺がアウロラとして認識されるような」
「うっわー……キミはそれで女性に認識されるようにして、あーんなところやこーんなところに『女性として』堂々と出入りしようって魂胆だね!?」
「いや、今のはただの喩えで、そんなつもりじゃ──」
その時、二人に猛然と駆け寄る一人の男がいた。
「僕も僕も僕も! 女にしてください!」
トーラスであった。
「お前今の話どこから聞いて……いやリリー呼んでくるからちょっと待ってろよ」
「あっ……、今の嘘! 何でもないよ! 二人で一体何の話をしてたのかな?」
慌てふためくトーラスをおいて、砂浜へと駆け出すグレインであった。
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