第173話 古代魔法

「アウロラ、もう一度聞くぞ。お主は古代魔族文字が読めるのではないか? ……妾は、お主の使う禁呪とやらに少々心当たりがあってな。闇魔術や死霊術に近いものじゃが、威力が並外れているじゃろ。どうも一般的な魔術の系統には当てはまらないように見えるのじゃ」


「そこはまぁ、闇ギルド元総裁のオリジナル魔法だからってことでー」


 アウロラは仮面を張り付けているかのように、ほとんど表情を変えずに答える。


「……お主の言う禁呪とは、現在は失われている古代魔法ではないのか?」


「……っ!」


 サブリナの言葉でアウロラは初めて大きな動揺を見せる。

 アウロラは何も答えなかったが、その様子からサブリナの言葉が核心をついているのは明らかであった。


「やはりそうであったか……。しかし……そうであったか……。妾も幼少の頃に、古の魔族だけが使えた魔法がある、という言い伝えを聞いただけでどんな魔法かも分からぬし、正直なところ実在するかも疑わしいものであった」


「…………」


 サブリナの話に驚いたグレインがアウロラの顔を見ると、いつの間にか笑顔は消え失せており、無表情の中に殺気すら帯びている。

 グレインはナタリアとサブリナを庇うように、アウロラの前に立った。

 そのグレインに対して、アウロラは怒声を放つ。


「だから……何!? もしそうだとしたら……どうするの? ウチを殺して禁呪、古代魔法をこの世界から消し去りたいの? 『お前も魔族と同類だ』と言って殺す!? これは……これは私の大事なもの! お母さんの生きている証! お母さんと私が繋がっていられる証拠なの! だから何があっても、どんなことをしても渡さない……絶対に!」


 突然怒りをぶちまけるように、激しい口調でまくし立てるアウロラであったが、対照的にサブリナは静かに頭を下げる。


「アウロラ殿……礼を言う」


「…………ぇ?」


 アウロラは唖然として、たちまちその表情から殺気が消え失せる。


「古代魔族文字は……古代魔法は、失われておらず、そなたに伝えられて未だに生き残っておるのじゃな? それらは魔族の生き残りである妾にとっても、同族がこの世界に存在していた、生きていた大切な証なのじゃ。本来は妾も魔族の王になる際に、それらの教養を身につけるべきところであったが、種族自体の絶滅間際の状況下ではそれもままならず、慌ただしく魔族はほとんど絶滅してしまった……。だから……妾が継承すべき先祖の存在が、歴史が失われたと思っておった。……その点だけは礼を言う」


 そう言って、サブリナは顔を上げてアウロラを見るが、今度はサブリナの方が殺気を放っている。


「……ただ、古代魔法を悪用し、闇ギルドを通じて多くの人々を不幸に陥れた事については……たとえお主が生きていく為だったとしても、その罪は決して消える事はないし、古代魔法を使っている事がはっきりした今……今は……今すぐこの手で八つ裂きにしたいほど……貴様を憎んでおる」


 そう言ってサブリナはやり場の無い感情に耐えかねるように涙を流す。

 アウロラは、両手のちびっ子拘束をやんわりと解き、静かにサブリナに歩み寄る。


「……古代魔法を悪用した事については、言い訳をするつもりはありません」


 アウロラは普段と違う、淡々とした口調でサブリナに言葉を返し、静かに頭を下げる。

 アウロラを睨んでいたサブリナは、自らの傍らに立つグレインに気が付くとそちらに手を伸ばす。


「サブリナ、大丈夫か?」


 グレインはサブリナの手を取ると同時に彼女の背中をゆっくりと擦る。

 サブリナは背中に当てられたグレインの手に合わせるように深呼吸をして息を整えると、再び落ち着いた口調で話し始める。


「……妾には……お主を処刑する権限は持っておらぬし、私刑に処するべきでもない事は理解しておる。頭では理解しておるが、それでも……感情的にはすぐ納得できないのも事実じゃ。……そもそも、何故古代魔法なのじゃ? そなたはどうやって古代魔法に行き着いた? 今ではその存在すら知ってるものはおらんし、存在が記されていたとしても古代魔族文字の書物にあるのみじゃろ」


 アウロラは瞑目して軽く頷き、目を閉じたまま口を開く。


「ウチ……私の……古代魔法との出会いは、現在行方不明になっている母がきっかけです。母は……古代魔族文字を研究しているようなのです」


 アウロラはそう言ってサブリナから一歩後退り、懐から一冊のボロボロになった本を取り出す。


「これが証拠です。数年前、屋敷の跡地の草むらで見つけました。長年風雨に晒された為かこんな具合になっていますが」


 アウロラは目を凝らして表紙の文字を見る。


「それは……古代魔術文字じゃな」


 アウロラは頷き、本を丁寧に捲る。


「最後のページに、私と母で一緒に考えたマークが書いてあります」


 アウロラが指差す場所には、角を生やして口を大きく開けたニコニコマークが書き加えられている部分を見せる。


「このマークを考えた日に、屋敷はアドニアスによって消されました。おそらくこの本は、異変に気づいた母が、最後にこのマークを書いて窓から外に投げたものではないかと思っています。……その意図は……分かっていませんが」


 アウロラは話の途中で少しだけ上を向くが、その目からは堪えきれなかった涙が流れ出す。


「両親はアドニアスの手によって、屋敷ごと闇の中に沈められました……けど、あれはただの転移魔法で、この世界のどこかできっと生きている、両親は死んでいない……そう信じています。だから……だから、もう一度両親の顔を見る為に、私は古代魔族文字を研究していました。いつか、世界のどこかにいる母に辿り着けると信じて」


 アウロラの話を聞いた一同は、アウロラにもサブリナにも掛ける言葉が見つからず、沈黙してしまう。

 そこへ、一人の男が足取りも軽く会話の輪に加わろうとやってくる。


「いやー、お咎め無しで良かった良かった。グレイン、ハイランドさんはちゃんと許してくれたよ……ってどうしたの皆……あああああアウロアウロアウロラさん、どうして泣いてるんだい!? ……まさか、僕がハイランドさんに頭を下げてるのを見て……。大丈夫です、僕はちゃんと──」


「お前、少しは空気読め」


「ちょっとうるさいわよ変態!」


「トーラスさま、それは浮気ですわ」


「兄様……話の邪魔だから静かに死んでて」


 全員から怒涛の非難を浴び、一瞬で涙目になるトーラスなのであった。

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