第176話 心当たりはない

「待たせて済まなかったな。リリーが俺の事を心配してくれててさ。リリーはほんとにいい子だよ」


「君が『妹さんを下さい』って挨拶に来ないことを心の底から願っているよ。君に『お義兄さん』なんて呼ばれたくないからね」


「は、話を戻すぞ! 闇ギルドに情報を流していた内通者なんだが、二人とも本当に心当たりはないか? どんなに些細な事でも構わない、今は情報が欲しいんだ」


「……リリーちゃんの事、完全に否定はしないんだね……まあいいかー。……ウチは全くないよ。もう、ウチは闇ギルドの事を敵だと思ってるからねー」


「僕も特には……ないかな」


「二人とも本当に、本当に何も知らないか?」


 あっさりと否定する二人に、グレインは表情を変えずに再度同じ事を問い質す。


「うん、ウチは知らないなー」


「僕も……知らないね」


「本当の本当の本当の本当に……」


「知らないよー? しつこい男は嫌われるよー?」


「僕も全く……心当たりはないね」


「そうか……、分かっ……ん?……うぐぉぅあうううう!……っぐああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あ、頭がぁぁ」


 グレインは言葉の途中で苦しみ出し、呻き声を上げながら頭を抱えてその場に蹲る。


「ぐ、グレインさん! 大丈夫ですか!?」


 目の前でグレインが倒れ伏し、慌てるリリー。

 それを見てナタリア達も異常に気付き、血相を変えて駆け寄る。


「グレインさま!」


「ちょっと! 一体何があったのよ!」


「ダーリン! 大丈夫かの!?」


 そして三人が駆けつけ、リリーと共にグレインを囲む。

 トーラスはおろおろとしたまま立ち尽くし、アウロラは平然と自分の白銀色の前髪を弄っている。

 すると、突如グレインは喚くのをぴたりと止め、今度は両手を下げて静かに立ち上がり、リリーの正面に立つ。


「リリー、……トーラスを殺せ」


 リリーはグレインの瞳を真っ直ぐに覗き込み、静かに頷く。

 次の瞬間、トーラスの首にはリリーのナイフが突き立てられる。


「がぐ……なっ……なっ…………んでっ……」


 彼はそれ以上言葉を発することなく、膝から地面に崩れ落ちて絶命した。



********************


「う……ここは……」


「兄様! 目を覚まされましたか!」


 トーラスは、自分が妹に刺された現場の路上でうつ伏せになっている事に気が付く。


「リリー……か。僕は……殺され……? どうして……?」


 掠れる喉でそう言いながらよろよろと起き上がるトーラスは、目の前に広がる光景を目の当たりにして絶句する。


「え……? グレイン……き……は……き、君は、いったい何を!」


 トーラスが見たものは、仰向けに倒れ、人形のように生気を失ったアウロラの身体と、そこに覆い被さるようにして両手を押さえつけているナタリア、そしてアウロラの胸の中心に深々と刺さったナイフを握るグレインの姿であった。

 トーラスの声に気が付いたグレインは、肩で息をしながら首だけを振り返る。


「何って……内通者の始末だ。……それと、さっきは済まなかったな。錯乱魔法で、リリーと俺は混乱状態に陥ってたみたいだ。お前を殺したのがリリーだったってのが不幸中の幸いだったよ。……だからこうやってお前を蘇生することができたんだ」


「錯乱魔法……? いや……それよりも何故……アウロラさんを?」


 疲れ切った様子のグレインは、アウロラの胸に手をつきながら、ゆるゆると起き上がり、トーラスの方へと振り向く。

 ナタリアもアウロラの両手を解放してグレインの傍に立つが、二人とも服が血まみれになっている。


「さっきも言っただろ? ……こいつが内通者だからだ。まぁ、ずっと疑ってはいたが、決め手はその錯乱魔法だな。俺が問い質している最中に、こいつは俺に錯乱魔法を掛けた。特にアウロラが犯人だと言ってる訳でもないのに、だ。そんなの自分で内通者だと認めたようなもんじゃないか? たまたまここにサブリナがいたおかげで、アウロラの足止めと俺の錯乱状態の回復ができたんだが。そして見ての通り、俺とナタリアで協力してとどめを刺したって訳だ」


「そ、その錯乱魔法はアウロラさんが掛けたもので間違いはないのかい? か、勘違いかも知れないじゃないか! それに……君が……リリーじゃなく、君が殺したら……もう取り返しがつかないんだぞ!?」


 トーラスは喉を枯らして叫ぶようにグレインを問い詰める。


「あぁ……知ってるよ。しかし、錯乱魔法が使える奴なんてそうは居ない。俺達の中ではこいつが一番怪しいだろ? そして、俺達の中で一番疑わしいのは誰だ? どう考えてもこいつしかいないだろ?」


「い、いや……でも……。うん、確かに……そう……なのかな? でも、だけど……」


 訳も分からず殺されて蘇生したばかりのトーラスは頭の回転が追いつかず、『グレイン達の中に内通者がいる』前提で話が進んでいるという事に気付かない。


「なんか納得してない感があるな……。お前、妙にアウロラの肩を持つようだけど、それはお前がまだ惚れてる女だからか? もしくは、アウロラが内通者じゃない証拠を持ってるとか、内通者に心当たりでもあったりするのか?」


「…………」


 唇を噛み締め、俯き押し黙ったままのトーラス。

 そこへグレインが言葉を重ねる。


「まさか実はお前が……ってことはないだろ? 俺達はみんな、お前のことを信じてるからな」


「…………っ」


 顔色は既に蒼白を通り越して、倒れているアウロラと同じぐらいまで血の気が失われた色をしているトーラスは、何も言葉を発することができない。


「トーラス、随分顔色が悪そうだが大丈夫か? あ、もしかしたら蘇生したばかりで血が足りないのか? それじゃあ、こうして無事に内通者も始末できた事だし、トーラスの快気祝いを兼ねて、今夜はみんなで景気づけのご馳走パーティでも──」


 グレインがそう言いかけたところでトーラスが呟く。


「僕の……所為だ……」


 トーラスは小さな声でそう呟く。

 グレインはその隙を見逃さず、仕上げに掛かる。


「…………トーラス……何があった? ……もしお前が内通者に心当たりがあって、内通者がアウロラと関係ないって言うなら、確かにアウロラはお前が殺したようなもんだ。だから、少しでも罪の意識があるんなら、死んでいった者のためにも、お前が知っている事を洗いざらいぶちまけてくれ」


「……う……わぁぁぁぁぁぁぁ!! 僕の所為かも知れない……アウロラさんが……僕の所為でアウロラさんが……うわぁぁぁぁぁ! っごめんなさい! ごめんなさぁぁい!!」


 まさに傷口を抉るようなグレインの言葉に、地面に頭を何度も打ち付け、擦り付けた額から血を流し、あたり構わず泣き喚くトーラス。

 そんな様子のトーラスを見て口元を歪ませるグレインに、嗚咽に紛れてナタリアが声を掛ける。


「本領発揮ね」


「おいおい、人を悪人みたいに言うなよ」


「どう見ても悪人じゃないのよ」


 彼が落ち着きを取り戻し、何とか会話が成立するようになるまでには、それから小一時間を要したのであった。


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