第166話 もう一体の白骨

 グレインとトーラス兄妹は、サブリナにベッドの下から出てきた理由を問い質す。


「……まぁ、隠すほどの事でも無かろう。ベッドの下に隠し階段があって、そこから通路が別の部屋に繋がっておるのじゃ」


「なるほどな。それが日記に書いてあった『秘密の抜け道』ってやつか……」


「おそらくは……そうなのじゃろうな」


「その通路の先には何かあったのか?」


 グレインが何気なく聞くと、サブリナは答えを躊躇うように身動ぐ。


「サブリナ、どうした?」


 サブリナの微かな様子の変化にグレインが気付く。


「それがの……ちょっと言いにくいことなのじゃが、その階段の下に、もう一体の白骨があったのじゃ。妾も最初びっくりして……階段から転げ落ちてしもうたのじゃ」


 その時にぶつけたのか、サブリナは腰を擦っている。


「この部屋は窓があるからまだ明るいのじゃが、ベッドの下は薄暗くてな……。ランプでぼんやり照らされるとさらに骸骨の不気味さがより一層と増してのう……ヒヒヒッ」


 サブリナは、傍らで耳を塞いでいるナタリアをちらちら見ながら、誂い半分に戯けて笑っている。


「どうやらその死体は階段を登ろうとして力尽きたようで、階段に手をかけた状態じゃったが……。もしかしたら人知れず夜な夜な動き出して登って──」


「ちょっと、やめてよぉぉ!」


 ついに耐えきれなくなったのか、声を上げるナタリアを見て、グレインが呆れる。


「サブリナ、少しやり過ぎだぞ……。それにしても、その骸骨ってもしかして……リズの父親じゃないのか? 階段で足を踏み外して転んで、打ち所が悪くて死んだとか」


「いえ、もしかしたら当時、船で暴れていた暴徒が、たまたま抜け道を見つけたのかも知れませんわよ」


「なるほど……。セシルの言う事も一理あるな」


 セシルの発言に頷くグレイン。


「もしかしたら……昔からあったのかも……インテリアとして……」


「なるほど……。リリーの言う事も……一理……あるかな? 白骨死体をインテリアに……。うーん……可能性は低そうな……」


 リリーの妙な思い付きに困惑しながらも、完全否定はできないグレイン。


「ねぇねぇ、色々想像する前に、まずはその白骨を見てみない?」


 トーラスの提案に、うなずく一同。

 そして、全員で協力してベッドを少しずつずらしていくと、床にぽっかりと穴が空いており、下り階段が見える。


「ここか……」


 息を呑む一同。


「妾が行こう。状況は分かっておるしの」


 言うが早いかサブリナは、ランプを片手に軽い足取りで階段を降りていく。

 グレイン達は穴の中を覗き込む。

 すると確かに、階段を降り切ったサブリナの足元に、骨のような物が散らばっているのが見える。

 階段の最下段に手と思われる部分が、さらにその下の床に頭蓋骨と肋骨が、ぼろぼろの衣服と共にあった。


「これは……。やっぱりリズちゃんのお父さんかな? 明らかに登ろうとしてるよね」


 リズはトーラスの言葉に反応して、穴を覗き込む全員の間をすり抜けて、サブリナの傍へと空間を滑るように下りていく。


「パパ……だとおもう。このふく……しってる」


 グレインは、ベッドの上の白骨へと近付く。


「まぁ、骨だけになっちゃ正確なところは分からないけど、さっきリズの父親が日記に『二人を強力に眠らせた』って書いてたよな? もしかしたら父親は、二人を起こそうとしたのかもな。父親は反乱を鎮圧しようとして返り討ちに遭い、せめて二人を起こして逃がそうとしたけど、階段で力尽きた。そしてこの二人はここで眠ったまま……亡くなったとか」


 そこまで言って、グレインは傍らで眠っている親子の骨を見る。

 するとリズもゆっくりと階段を上ってきて、再びベッドに座る。


「……パパが『ふねがこわれちゃって、みんなおおさわぎだ。なおしてくるからそれまでねてなさい』っていって、まほうでねむらせてくれたの。それでめがさめたら、このからだになってて。でも、それはわたしだけで……。パパもママもいなくて……ずっとずっとひとりぼっち……」


 気が付くと、ナタリアが目に涙を一杯に溜めてリズの目の前に立っている。


「何年も何十年も何百年も、この船の中に一人ぼっちで……寂しかったでしょう……。さっきは怖がったりしてごめんねぇぇぇ」


 ナタリアは涙を流してそう言うと、リズを包み込むように抱き締める。


「怖がったり怒ったり泣いたり、騒がしい奴だな……」


 苦笑するグレインの傍らで、ナタリアに包まれたリズは、彼女の胸の中で温もりを確かめるように頭をこすりつけた後、ナタリアに笑顔を向ける。


「やっぱり……おねえちゃんたちはやさしいね……。あいつらとはちがう」


「なぁ、リズ。さっきから言ってる『あいつら』って……もしかしてこの船の安全確認をしている騎士達のことか?」


 リズは小さく頷く。


「よろいをきたひとたち。なんとなくだけど、やなかんじがするから、みつからないようにかくれたの。でもね、おねえちゃんたちはみんな、やさしそうなかんじがしたからごあいさつしたんだよ」


「ふうん……まぁ、騎士団は仕事だからなぁ。中にはナタリアみたいに幽霊が怖い奴とか、仕事したくないって奴もいるんじゃないか?」


「べっ、別にあたしは幽霊が怖くなんか……ないわよ!」


 グレインは突き刺すようなナタリアの視線を受け流してリズを見ると、彼女は首を左右に振る。


「ううん、そうじゃないの。もっとこわいかんじ……」


 その時、開けたままの部屋のドアから、金属が擦れる音が聞こえてくる。

 それは騎士の甲冑の立てる音であった。


「この音は……噂をすれば……ってやつか。まぁ見てろ。あいつらも悪い奴らじゃないって分かるよ。一応、リズは隠し通路の中に隠れててくれ。みんな、急いでベッドを戻そう」


 ちょうどグレイン達がベッドを戻し終えた所に、騎士達が部屋のドアまでやって来る。


「探索お疲れ様です! 俺達ちょうどこの部屋の調度品に見惚れてまして。この船、なかなか古いみたいですね?」


 グレインが真っ先に声をかけると、四人の騎士が部屋に入ってくる。


「……ここに居たのは、お前達だけか? 他の騎士を見なかったか?」


 ぶっきらぼうな口調で、一人の騎士がグレインに訊く。

 騎士たちは皆、頭部を兜ですっぽりと覆っているため、その表情を窺い知ることはできない。


「あぁ、俺達だけだ。最初に来たのがあんた達だよ」


 すると、二人の騎士が小さく頷き、ドアの方へと歩いていく。

 そして一人が廊下へと出て行き、もう一人がドアを閉める。


「あんた達……何をするつもりだ?」


 騎士たちはグレインの質問には答えず、腰の剣を抜く。


「ちょっ、ちょっと待って? あたし達何もしてないわよ?」


「違うぞナタリア。こいつらは俺達の捕縛が目的じゃない。……俺達を、ここで殺すつもりだ」

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