第167話 気持ち悪いことを言わないでくれ
グレインの目の前には二人の騎士が、腰の大剣を抜いて構えている。
あとの二人は一人が廊下に出ていき、もう一人がドアの前に立ち、グレイン達の方を向いている。
「あれって……どう見ても見張り役……だよね?」
トーラスがドアの前の騎士を見てそう言った。
「……もしかしてお前達、正規の騎士団員じゃないんじゃないか? あの見張りは『本物の』騎士団員が来たときに部屋に入れないようにする為の──」
グレインの問い掛けに騎士は答えず、その代わりと言わんばかりに大剣が振るわれる。
グレインも応戦すべく剣を抜くが、その剣はグレインの手からあっという間に弾き飛ばされてしまう。
「あんたってば、相変わらず……弱いのね」
わずか一合で剣を飛ばされたグレインを見て、ナタリアが不安そうに呟く。
「まぁ、知っての通り俺は『無職』だからな。本職には勝てないっていつも言ってるだろ?」
「でもね、ナタリアさん。僕だって無職だけど、リリーとグレイン、セシルちゃんにサブリナさん、みんなで力を合わせれば、どうにかなると思うよ」
そう言ってナタリアの肩にトーラスが手を乗せる。
「ひぃっ!」
トーラスの手を凄い勢いで拒絶するナタリア。
「え……。ナタリアさん……ちょっと酷くない?」
「ご、ごめんなさい。……つい、反射的に……。生理的に受け付けないというか……」
トーラスは半泣き状態でがっくりと肩を落とす。
「ごちゃごちゃうるせぇ奴らだな。そこのヒョロ男も使い道のねぇガキ共も、今すぐ全員殺してやるから黙ってろよ。……ねーちゃんだけはあとでちょっと楽しませてもらおうかな」
グレインに斬りつけた騎士の放ったこの言葉が、見事に地雷を踏み抜く。
「グレイン……みんな……ちょっとごめんね。このゴミ共は僕に殺らせてくれないかな」
言葉こそいつも通りだが、味方であるはずのグレイン達でさえ冷や汗を流すほどの夥しい殺気を全く隠そうともせずに、トーラスはグレインの前に出る。
「さっさと死にたいみたいだな!」
そう言って、騎士は大剣でトーラスの胴体を真っ二つにするべく横薙ぎに振るう。
大剣は振ったそのままの勢いでトーラスの胴体を突き抜ける。
「僕はそんなんじゃ死なないよ? 殺してみなよ。ほら、今すぐさぁ!」
トーラスは騎士の正面で両手を広げて叫ぶ。
「馬鹿な……。たしかに今胴体を真っ二つに……。っ! これならどうだ!」
トーラスの胸に深々と大剣が突き立てられ、その刀身は背中へと貫通する。
「トーラスっ!」
これを間近で見ていたグレインは動揺するが、当の本人は涼しい顔をしている。
それを見て騎士も首を傾げる。
「なんだ? 貴様、痛みを感じないのか?」
「いーや、そんな貧弱な剣では死なないだけさ。もう終わり? ……じゃあ……殺す……」
「おい、おい! 全員来い! こいつをやっちまうぞ」
トーラスに睨まれた目の前の騎士は、明らかに怯えており、慌てて他の騎士を呼び寄せる。
ここでトーラスではなく、他の者達を人質に取っていれば戦況を変えられたかも知れないのだが、その男は既に正常な判断が出来ないほどに戸惑い、焦り、そして何より恐怖を感じていた。
「自慢の剣はどうしたの? 早く殺してよ! ほらほらぁ!」
ドアの傍にいた者も含めて三名の騎士がトーラスを切り刻もうと次々と彼の身体に剣を突き立てるが、トーラスは倒れるどころかダメージを受けている気配もない。
「ん? あれは……」
そんなトーラスを見ていたグレインは、彼が黒霧を身体に纏っていることに気がつく。
部屋が薄暗い事もあって騎士達は気付いていなかったが、トーラスの身体は全身が黒霧で覆われていたのであった。
「何だこいつっ!」
「いくら斬っても……手応えがないぞ」
「まさか……本物の幽霊なのか!?」
次第にトーラスを覆っていた黒霧は騎士達の方へと触手を伸ばすように流れていき、そのまま両手両足に巻き付いた途端、彼らの手足を空間に固定する。
「な、なんなんだこれはぁぁぁっ!」
「
トーラスはそう言うと、拘束した騎士たちの頭上に、あたかも雲のようにぽっかりと黒霧を浮かべる。
「これで全員集合だね」
騎士たちの頭の上に浮かぶ黒い雲から、別の騎士が生み出されるように出現して、三人の上に落下する。
落ちてきた騎士も、たちまちトーラスの魔法で拘束される。
「……さて、君達の目的は何かな?」
「そんなこと聞かれて喋るわけねえだろうが」
「……まぁいいや。じゃあ次の質問。僕はなんでこんなに怒ってるんだと思う? 一人ずつ答えてもらうよ。……あ、そうそう、間違えたら死ぬから気をつけてね」
トーラスの軽い口調とはかけ離れた残酷な言葉に、場の空気が凍り付く。
「はい、じゃあ貴方から」
右端に立っている騎士が指名され、トーラスも回答者のもとへと歩み寄る。
「そんなの、てめえを殺してやるって言ったからじゃあああああがごぶっ」
突如、その騎士の胸から大剣が生え、鎧を突き破る。
トーラスの手には黒霧の塊がまとわりつき、その黒霧が男の大剣を半分ほど飲み込んでいた。
「残念、不正解でした」
トーラスがそう告げた時、既にその騎士は息絶えていた。
「はい、次は貴方」
指名されたのはドアの前にいた騎士。
「分かった、あのねーちゃんだろ。あとで俺達が楽しませてもらうって言ったから! ひょっとしてあんた、あの女に惚れて──ぎぃゃぁぁぁっ!」
この騎士も最初の騎士と同様に、騎士の大剣で胸を突き破られて絶命する。
「ヒッ! て、てめぇさっきから何やってんだよ! なんで腹の真ん中から剣が出てくるんだよ!」
そう言ったのは、騎士の先頭に立ち、最初にグレインに斬りつけた騎士である。
「ちなみに、僕の問に対する答えは?」
「……原因はその男だな? お前ら、男同士で……そっちの気が──」
騎士の目の前に、突如黒霧が現れ、そこから大剣の刀身が勢いよく姿を現し、騎士の兜を貫く。
「黙れよ……。気持ち悪いことを言わないでくれ」
「おおおぁぁ……うあうあぁい!!」
騎士はあまりの痛みに身体を動かそうとするが、両手足が空間に固定されている為、直立不動のまま呻き声を上げるのが精一杯であった。
また、トーラスの一撃は、敢えて中途半端な所で止めていたため、致命傷とはなり得なかったのである。
「……君達はこう言ったよね? 『使い道のねぇガキ共』と。それはおそらくリリーとセシルちゃんの事だろう。しかし、僕はその発言を看過する事ができないほどの憤りを感じているんだ。いいかい? 幼女は生きとし生けるもの全ての輝きであり、希望であり……夢なんだ!」
「「「「うわぁ……」」」」
これにはグレイン達もドン引きである。
グレイン達からも思わず溜息が漏れる。
「そんな尊い幼女に、『使い道がない』だって? 彼女達はこの世に存在しているだけで意味があり、他の何物にも替え難い価値があるんだ」
「ねぇグレイン……。あたし、あの人の仲間から抜けたいんだけど」
ナタリアが青い顔でグレインに話し掛ける。
「心配するな、俺だって同じ気持ちだ」
「……ぐすっ……私は……妹だから……抜けられない……。早く大人になりたい……」
そう言って泣き出したリリーを、グレイン達は慌てて宥める。
「リリー、大丈夫だ。たとえ肉親だろうと、『家族の縁を切る』っていう最終手段があるんだぞ」
「そうよそうよ。リリー、こう思い込むの。『私は一人っ子、私は一人っ子』ってね」
「戦力として使えるから連れてきた……というか勝手についてきてたけど、あいつこの街で置いていくか」
グレインがそんな相談をし始めた頃、辛うじて生かされている騎士の頭部を大剣が貫通する。
「分かったか? 幼女は正義、幼女は至宝なんだ」
後に残されたのは廊下の見張り役であった騎士だけだった。
「さて、君は目的を話してくれるかな?」
トーラスの氷のように冷たい視線が、怯えきった騎士の生き残りを捉えるのであった。
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