第165話 事情を聞かせなさいよ!

「結局、リズのお父さんって何者なんだろうな……。セシル、続きはあるか?」


「はい、えぇと……」


 長い年月を経たのか、その本はボロボロになっているため、セシルは慎重に次のページを捲る。


『──なんてこった……。まだ出港して二日と経ってないのに、一部の乗組員が反乱を起こしたようだ』


「「「「はえぇよ」」」」


「き、気を取り直して、……続きを読みますわよ」


 盛大にズッコケた一同を軽く見回して、セシルが日記を読み進める。


『──魔族と人間族の関係がどうなろうと、奴らは知った事ではないそうだ。あぁ、腹立たしい! さっきから船内では暴徒達が暴れる物音が鳴り響き、金目の物を寄越せと喚き散らしている。……この暴徒達は一体どこから船に紛れ込んだのだろうか。……考えたくはないが、もしかして魔族を脅すために連れてきたゴロツキ共か? ……ハハ、まさかな』


「「「「いや、原因は絶対そいつらだろ」」」」


『──とりあえず、不安に騒ぐマァムとリズは薬と魔法で眠らせた。俺が覚醒魔法を掛けるまでは絶対に目が覚めない、とびきり強いやつだ。部屋も施錠して魔法で封印したし、俺だけ秘密の抜け道で出入りすれば安全だろう。奴らを皆殺しにしてから二人を目覚めさせれば、バカンスの再開だ! 久しぶりの家族旅行なんだ。何もかも忘れて遊びたい』


「「「「陽気か」」」」


「……こいつ、どっちが主目的なんだ?」


「家族旅行が本当に久々で嬉しかったのかも知れませんわ」


「それにしたって、だ。よく家族旅行にそんな物騒な奴らを帯同させようと思ったよな」


「それは……確かにそうですわね……。馬鹿なのでしょうか……」


 口許に手を添え、考え込むセシル。


「そもそも、魔族から脅し取ろうとしてた『ブツ』って何なのかしら? ……セシル、続きはないの?」


 ナタリアの問い掛けに、無言でページを捲り、続きを読み上げるセシル。


『──さっき暴れてる奴の顔を見てきた。何てこった! やっぱあいつらゴロツキ共が元凶だった』


「「「「ですよねー……」」」」


『こうなったら、ゴロツキ共には力尽くで全員船を下りてもらう。もちろん生きて帰す訳にはいかないが。こんな航海の序盤でいきなり脅迫の道具を失うのは痛いが、安全な航海の為ならば仕方がない。現地調達するにも、北の大陸は魔族の大陸だ。我々人間の為に働いてくれる魔族などいる筈がない』


 一同は首を捻る。


「北の大陸って……」


「確か、何もない荒れ地の筈よ? 天候は常に悪くて土壌は貧弱で作物も育たない、川の水も飲めないとかで街もできなくて、今となっては完全に放置されてる大陸ね」


 首を傾げるグレインに説明するナタリア。


「その北の大陸が、魔族が暮らしていた状態だったって事は……この船は何年前の物なんだい!? もしかして貴重な調度品が……」


 そう言って部屋の中をきょろきょろと見回し始めるトーラス。


「忘れかけてたけど、こいつの本職って変態じゃなくて商会だったんだよな」


 調度品を丹念に見るトーラスを眺めてグレインは溜息をつく。


「わたくし思ったのですが……。今でも、北の大陸に魔族が暮らしている可能性はありませんの? 魔族であれば人間が飲めない水を飲んでも生きていられるとか……」


「魔族……そういえば!」


 セシルの言葉を聞き、グレインが何かを思い出したように声を上げた。

 すると、ベッドの方から笑い声が聞こえる。

 一同はベッドに腰掛けたままのリズを見るが、彼女は笑っていない。


「フフフッ、今まで完全に妾のことを忘れておったじゃろう? ダーリン」


 そう言いながら、ベッドの下からサブリナが這い出てくる。


「サブリナ! 無事だったか! ……昨夜から今まで、どうして──」


 そう言いながら駆け寄ったグレインに、勢いよく抱き付くサブリナ。


「あぁ、ダーリン……。妾はこの船の中で寂しく一夜を過ごしておったのじゃ……。暫し慰めておくれ」


「サブリナ! まずは事情を聞かせなさいよ! あんたのせいでこっちはこんなとこまで来て、おまけに幽霊に遭遇することになったんだからね!」


 そんな二人を見て、ナタリアは少し不機嫌そうな声を出し、二人を引き剥がす。


「じ、実はのぅ……。冒険者達と酒を酌み交わしておったのじゃが、『ここは港町だ、魚がうまい店がある』というので着いていったところ、この港の近くの酒場でな……。たしかに、魚料理はどれもこれも絶品じゃった。傷みやすいので港の近くでしか味わえんという食材なんかもあって、やはり絶品で──」


「魚料理の事を聞きたいわけじゃないわよ!」


「ああ……、すまぬ。あまりにも美味であったものでつい……。その酒場で、たまたま居合わせた地元の漁師達から幽霊船の話を聞いての。それだけなら良かったのじゃが、どうも魔族に関する曰く付きと言うではないか。ちょうど今、この国の騎士団が安全かどうか調査しているらしいが、それは明るいうちだけじゃというので、夜中に忍び込んだのじゃ。妾は夜目が利くからの」


「……一ついいかしら」


「ん? どうしたのじゃ第一夫人。そんな怪訝な顔をして」


 サブリナがナタリアの目を見て答える。


「あたしたち、今日ずっとあんたの行方を捜してたのよ。でも、昨日あんたと飲みに行ったっていう冒険者の姿がどこにもいなかったの。あんた……彼らに何かしてないでしょうね?」


「いや、妾はなにもしておらぬぞ。ただ、あの者たちはいつも朝まで飲むそうじゃから、今日もその酒場で酔いつぶれておるんじゃなかろうかの?」


「はぁ……。あんたの所為で頭が痛くなってきたわ……。振り回される方の身にもなってよ」


 額に手を当て、ぶつぶつと恨み言を呟くナタリアであった。


「ちなみにセシル殿、魔族とて人間族やエルフ族とそう変わらぬのじゃ。食事は人間族と同じ程度に必要で、病気にかかることもあるし、毒の水を飲めば命を落とす。つまり、北の大陸のような過酷な環境では生活していけぬのじゃ」


「なるほど、そうでしたの……。先ほどは失礼な事を申し上げてしまいましたわ」


 そう言って申し訳なさそうに頭を下げるセシル。


「構わぬよ。魔族も数少なくなって、本当の姿を知っている者がほとんど居らぬからの。どんどん想像で曲解されていくのはある程度致し方のない事じゃ」


 サブリナはセシルに笑顔を向け、手をひらひらと振っている。

 そこへグレインが声を掛けた。


「なぁサブリナ、一つ気になったことがあるんだが」


「あ、僕もずっと気になってたよ。きっとグレインと同じ事かな?」


「……私も……。きっと兄様達と……同じ……」


 トーラスとリリーもグレインの言葉に続く。


「「「なんでベッドの下から出てきたんだ?」」」

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