第155話 『四つ葉姫』

 グレインたちの馬車を追走する車両には、ティアとハイランド、近衛隊が乗車していた。


「おいっ、貴様! 今車輪が石ころを踏んだであろう! ティグリス様が振動を感じたぞ! バナンザに着いたら処分を言い渡す! 覚悟してお──……いや、処分というのは、そうだ、ほ、報酬のことですよ。……だからティグリス様、そんな怖い顔をなさらないでください」


 近衛隊員達がティアの方を見ると、彼女は鬼のような形相でハイランドを睨みつけていた。


「……馬車ですもの。揺れるのは当然のことです。そんな事で罰を与えるなどという話は聞いたことがないですよ」


「わ、私はただティグリス様の事を想って……」


「それが迷惑なのです! 私は別に貴方にどう思われていようと構わないのですが、周りの方々に気を遣わせて、騒ぎを起こし、被害をもたらすのが嫌なのです! ……以前にお会いしたときもそうでしたね」


「以前……。十五年前の事ですか……。そんな昔の話を今でも覚えていて下さるとは……。あぁ! やはりティグリス様と私は永遠に切れない魂の絆で結ばれているのだ! 十五年など私達の魂の絆にとってはほんの一瞬の」


「……もう忘れました。……ジューゴネンマエハ タダノコドモデシタ」


 突然大きな身振りで喜びを露わにするハイランドを見て、明らかにドン引きしているティアは、感情の込もっていない平板な声を出す。


「あぁ……ティグリス様! そんなに照れなくてもよいのです! 私達はたとえどんな事があっても──おい! また小石を踏んだな? ティグリス様のお身体が少し揺れたぞ!」


「はぁ……。絶対こうなると思ったから、できればこの国には来たくなかったのに……」


 うんざりした様子で恨み言を呟くティアであった。


「ティア様……十五年前にも同じような事があったのですか?」


 近衛隊の一人、ビルがティアに訊く。


「えぇ……。まだあなた達が着任する前の話ですね。……父の外遊に付き添ってこの国を訪れた時の事です。ハイランド様と初めてお会いしまして。歳が近かったのと、当時はお互い子供だったので、一緒に草原で遊んでいたのです。まぁ、護衛の兵士に囲まれながらでしたが」


「ああぁ! お懐かしゅうございます。あの頃からティグリス様はこの世のものとは思えない美しさで……。『あれっ、天使!?』と何度も何度も──」


「それで、私がふと『四つ葉のクローバーが欲しい』って言ったのですが……」


 一人、悦に入り浸っているハイランドを無視するように、ティアは話を続ける。

 近衛隊たちもみなティアの方を見て話に聞き入っている。


「私がそう言った途端、ハイランド様は護衛の兵士たちに『全員今から四つ葉のクローバーを探し出せ!』と仰ったのです」


「「「「「うわぁ……」」」」」


「兵士の皆さんは、鎧を着たまま地面に這いつくばり、必死に四つ葉を探しておられました。その時、私はただただ恐ろしくて、泣いてしまったのを覚えています。たった一言で周りの人間にここまで影響をもたらすものなのか、と」


「あぁっ! あの時のティグリス様の涙は、まさに天使の涙そのものだっ──」


「しかし、私が泣いているのを見たハイランド様は、『四つ葉が見つからないから泣いている』と勘違いなされたようで、『さっさと見つけないとお前達の給料を減らすぞ』と発破を掛けるようなお言葉を……」


「「「「「うわぁ……」」」」」


「結局、私達の近くにいた兵士の方が見つけてくださって、ハイランド様が私の頭に四つ葉をつけてくださいました。それで、『君は今日から僕の四つ葉姫だ』と」


「あぁ……あの感動の瞬間は今でも覚えているよ! だから不法入国者の名簿に変な名前を書いてる奴がいる、と聞いて、『四つ葉姫』の文字を見た時に、飛び跳ねて驚いたよ。普通は通信魔法で砦に連絡するんだけど、居ても立っても居られなくて砦まで駆け付けてしまったんだ」


「……確かに、ハイランド様のおかげで牢から出られたのは事実ですけれど」


 ひとり目を閉じてむふふふ……と薄気味悪い含み笑いをしているハイランドを見ながら、はぁ、と溜息をつくティア。


「そういえば、今日は護衛の皆さんを引き連れてお忍びで外遊でも?」


 突然正気に戻ったハイランドがティアに尋ねる。


「……いいえ。緊急事態なのですが……その……」


 ティアはちらちらと運転台の御者を見ている。


「大丈夫。御者も騎士団の者達です」


「そうですか。では……」


 そう言って、ティアはハイランドに事情を話し始める。



********************


「何と……お義父様が……」


「あなたの父親ではありませんけどね……」


「お義母様までも……」


「あなたの母親では……もう何でもいいです。それで、私の存在は未だに行方不明のままになっているはずですが、アドニアスはその目で死体を見るまでは信じない男でしょうから、必死で私の身柄を捜索しているはずです。そのため、私の存在は内密に……今後、私の事は『ティア』と呼んで下さるようお願い申し上げます」


「……分かりました。あなたの存在は、アドニアスの手からヘルディム王国を取り戻し、私とティグ……ティア様が結婚し、このローム公国とヘルディム王国を併合するその日まで、国家機密とすることを誓います!」


 ハイランドは握り拳を自らの胸に当て、真っ直ぐにティアを見据えてそう宣言する。


「(真面目な話をする時だけはちゃんとしてるように見えるんだな)」


 ビルが隣の隊員に小声で話し掛ける。


「(そうだな。さっきまではあんなに……)」


「あんなに、何だい?」


 笑顔のハイランドが、ビル達の目の前に顔を寄せていた。


「ひぃぃぃぃっ! な、何でもありません!」


「……あなた達……バナンザに着いたらロームの騎士団と一緒に訓練なさい。人の陰口をたたくような精神を鍛え直していただきましょうね」


 真っ青な顔の近衛隊員達を見て、笑顔でそう告げるティア。


「……そしてハイランド様」


 ティアはハイランドの方に振り返る。


「なんだい、ティア。……うひゃー! なんか今の呼び方、恋人っぽかっ──」


「私は貴女と結婚するとは言ってないですよ」


 客車の中の男達はみな意気消沈し、静まり返るのであった。

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