第154話 何が目的だ?

「ローム公国の首都ってどんなところでしょうねっ! もうすぐ見えてくるかなぁ」


「ハルナ、そんなに身を乗り出したら馬車から落ちるぞ? ……やっぱ王都とは雰囲気違うんだろうなぁ」


 グレインは馬車の幌の隙間から飛び出していきそうなハルナを注意するが、彼の声もどことなく弾んでいる。


「どうでしょう……。途中に通り過ぎた村々の雰囲気は、サランと同じような寂れた様子でしたわ」


 セシルの言葉に頬を膨らますアウロラ。


「えー!? サランは寂れた村じゃないよ! まったくもう! ロームの首都はバナンザっていうんだけど、ウチ、以前ギルドの仕事で行ったことあるんだー。海が近くて、商人の街って感じだったかなー。港があるから、変わった商品もいっぱい売ってるんだよ」


「アウロラ……あんた、近ごろ急に元気になったよな。よく喋るようになったし。……何かあったのか?」


 グレインはアウロラを見て、呟くように尋ねる。


「何もないよー。ウチは以前からこうだったじゃない」


「死刑になって死ぬ覚悟ができたか。自爆とかはやめてくれよ? 俺はお前と一緒に死にたくはないからな」


「……ナーちゃんとあの魔族……サブリナさんが一緒だったらどう? 三人まとめてウチの自爆で消し飛ばしてあげるよ」


 アウロラが冗談めかして笑う。


「変な事言うなよ……。アウロラっていつも、顔は笑ってても目だけは笑ってないんだよな」


「渾身のアウロラスマイルを否定された……! 元ギルマスに酷いことを言うのね……。およよよよ……」


 そう言ってアウロラは袖で涙を拭う振りをする。


「はぁ……。やっぱこの人疲れるし苦手だ」


 この馬車は隊列の先頭を走っており、グレインの他にハルナ、セシル、リリー、アウロラが乗っている。

 後続の馬車にはハイランドとティア、近衛隊が、最後尾の馬車にはミゴール、レン、サブリナ、トーラス、ナタリアらが乗っていた。

 そして先頭車両の横をポップが並走している。


「ポップ! そろそろ疲れたのではないですか? 私と一緒に客車に乗りませんか?」


 セシルもハルナと同じように、幌の隙間から身体を乗り出してポップに声を掛ける。


「おい、ハルナだけじゃなくセシルもか! 身体を外に乗り出すなっての! 危ないし馬車のバランスも悪くなるだろ! ……そもそも、馬を馬車に乗せようとするなっての!」


「ポップは聖獣ですわ! 馬ではありませんわよ! 大きさ的にも、皆で座席を詰めれば乗れないこともないですわ」


「だから危ないって……おおっと!」


 馬車が揺れ、グレインは咄嗟にセシルの腰を掴んで客車に戻す。


「きゃあああっ! ど、どこを触っておりますの!」


「あ、いや、揺れて落ちそうだったんで……。別にそういう目的じゃないから」


「これはセクハラですわ! アウロラ様も見てらっしゃいましたわよね!?」


 顔を真っ赤にしたセシルは、ちょうど自分の方を向いていたアウロラに呼び掛ける。


「んー? ふわぁぁぁぁ。……あー、眠たい。ウチ、目を開けたまま寝るんだよねー。おやすみ……ぐうぅ」


「「絶対嘘だろ」」


 さすがにこの苦しい言い逃れにはグレインとセシルの意見が一致する。


「アウロラ、お前……面倒だから逃げたな? ……まぁいいや。セシル、分かってるんだぞ。何が目的だ?」


 グレインはニヤリと口元を歪めてそう言った。


「も、目的? そんなものは……ありませんわよ」


「そうか? 今ならバナンザ名物、海の幸を一食奢ってあげよう。それで許してくれるか?」


 そう言って人差し指を立てるグレイン。


「海の幸が名物ですの!?」


 そう言いながら、右手はガッツポーズをしている。


「いや、知らん」


「「えっ」」


 目を開けたまま寝ているはずのアウロラからも驚きの声があがる。


「確かバナンザって港が近いんだよな? それなら海の食材だってあるだろ」


 あまりにも適当なグレインであったが、セシルの顔は何かを想像して自然とにやけていた。


「よし、じゃあ決まりだな。セシルには海の幸一食分奢ってやるから、さっきの事は水に流してくれ」


「海だけに、ねー」


 もはや狸寝入りを隠すことも忘れたアウロラが、威張り気味にそんなことを言う。


「いや、別にそういう意味はなかった」


「グレインさん、……ひどいよ。ウチをその気にさせておいて、最後に捨てるなんて……」


「人聞きの悪い事を言うんじゃない」


「そうですわ。グレインさんはただわたくしに海の幸を奢ってくれる約束をしただけですわ」


「君たち喧嘩してたんじゃないの……。なんだかんだで仲いいんだねー」


 そんな恨み言を呟くアウロラであった。


「あ、そうだ」


 セシルは何かを思い出したように、再び幌の隙間から身体を乗り出す。


「ポップ! グレインさんがごちそうを奢ってくれるそうですわ! あなたも一緒にいかがですの?」


「おいセシルやめろ! ポップの一回の食事量が分かんないだろうが! 市場の食材を食い尽くすほどだったらどうするんだよ! 異国に行って早々破産とか冗談じゃないからな!」


 注意するグレインの傍らで、リリーがナイフの柄に手を掛けながら言う。


「……止める?」


「息の根をか」


 グレインの返答にリリーは笑顔で頷く。


「いや、まだそこまでしなくてもいいかな。ハルナもそうだが、二人が暴れ出して転覆しそうになるとか、客車にポップを乗せようとするとか、馬車の運行に支障が出る様子になったら、迷わず二人を殺してくれ」


 再び笑顔で頷くリリー。


「……この会話って、事情を知らない人が聞いたら、びっくりするような会話だよねー……。ねぇ御者さん」


 アウロラは客車から聞こえる不穏な会話が聞こえているであろう、運転席の御者に声を掛けた。


「……もうすぐ、目的地に到着します。皆様、お降りになる準備をなさって下さい」


 御者は冷や汗をかきながらもアウロラの質問には答えず、事務的なアナウンスだけをこなしていた。


「……プロだねぇ」


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