第145話 ナタリアに騙された

「なぁ、セイモアよ……。こいつは一体どういうことなんだ?」


「いや……俺にもさっぱり分からんが、ふ、普段からこういう部屋に暮らしていたんじゃないか?」


 騎士団の隊長はセイモアとともに、ギルド職員宿舎のナタリアが住んでいた部屋の中で、ランプを手にしたまま、呆然と立ち尽くしていた。

 それもそのはず、ナタリアの部屋には衣服や食料など、生活に必要な物が何一つ存在しておらず、部屋に据え付けのベッドや化粧台等の大型家具だけが残されている状態であった。


「間違いない……。彼女は……事前に我々の動向を察知して逃亡したんだ!」


 隊長はそう言って、セイモアを見る。


「……あんたも知ってたんだろう?」


 セイモアは落ち着き払った様子で頭を振る。


「この部屋に入ったのは初めてなんだ。こんな状態になってるなんて知る訳無いだろう。そもそも、普段からこの部屋に住んでいて、ここに戻ってくる可能性だってまだ考えられるじゃないか」


「本当か? こんな骨組みだけのベッドに寝られると思うか?」


「硬いベッドが好きなのかも」


「見ろ! 食料庫だって空っぽだぞ」


「実は彼女は大食らいで、毎日食料庫が空っぽになってるとか……? あ、数日かけて旅行に行くんだから、事前に食料は腐らないように使い切るだろう」


「衣服はどうだ? クローゼットも空っぽなんだ」


「家の中では……ふ、服を着ないのかも」


 隊長はセイモアに躙り寄りながら言う。


「セイモア……あんたがグルじゃなかったとしても、この状況を見たら薄々勘付いているだろう?」


「…………あぁ、……正直に言おう。俺も彼女の事を信じたかったが、流石に無理があるよな……俺はナタリアさんに、いや、あのクソ女にまんまと担がれてたんだな。なぁ、あんた達騎士団はこれからどうするんだ? こうなったら俺にも協力させてくれ! あの女を引っ捕まえて、目の前で土下座させてやる!」


「おぉ、協力してくれるか! 騙されてギルドマスターに祭り上げられたのは気の毒だが、俺はあんたがギルマスで良かったと思うぞ。騎士団と冒険者の連合軍で、反逆者一行を捕らえに行こうではないか! 幸い、奴らはこの部屋の物をすべて持って行ったから足が鈍い筈だ。明朝、冒険者をギルド前に集めてもらえるか? 騎士団と合流して出撃しよう!」


 隊長はそう言って、セイモアと固い握手を交わす。

 暗い部屋の中で、その光景を映している化粧台の鏡の中に、口元を歪めるミスティが映っていたことは誰も気が付かなかった。


「さすがセイモアさん、『ナタリアに騙された』芝居も完璧……。プランBに移行だね〜」



********************


「やっぱり……少し寒いわよね……」


 水浴びを終えた女性陣は皆ガタガタと震えていた。

 森の中で風があまり吹かないとはいえ、季節はまだ春である。


「さ、さっきまで夜通し歩き続けていたので、……うぅっ、ぶるるる……感覚が麻痺してたのかも知れませんね」


「魔力もあまり残ってないけどしょうがないかな……。はいっ」


 ラミアが掌に火球を浮かべる。

皆その火球に群がるように近付くが、ラミアは火球を浮かべたその手を、ひときわ具合が悪そうなセシルに差し出す。


「セシルちゃん、これで少しでも温まって。なんか見てられなくって」


 セシルは濡れた衣服を着たまま、唇まで真っ青になってガタガタと全身を震わせていた。


「あんたねぇ……着替えもないのにあんな事するからよ。みんな着替えがある前提で洗濯してたのに……。まさか替えの服を持ってないとは思わなかったわ。トーラスが戻ってきたらあたしの服を貸してあげるから、それまで我慢しなさい」


 ナタリアが呆れた様子でセシルにそう言ったところで、グレイン達男性陣が薪を抱えて戻ってくる。

 早速集めた薪に、ラミアが掌の火球で火を点け、焚き火を熾す。


「セシル、そんな全身ずぶ濡れで一体何があったんだ!?」


 グレインが驚いてナタリアを見る。


「気にしなくていいわよ。とりあえずトーラス、あたしの服を二着出したいの。お願いできる?」


「仰せのままに」


 そう言うとトーラスは闇空間への入り口を開き、ナタリアがそこへ入っていく。


「ありがとうね。それにしても闇魔術ってホント便利よね」


 そう言いながら、ナタリアが衣服を持って黒霧から出てくる。


「そうだよな……。ナタリアの部屋のものを全部、一瞬で収納しちゃったし、持ち運ぶのにも手間が掛からないし。……俺も同じジョブなのに……」


 グレインが愚痴を呟く。


「ほらセシル、あっちの木陰で早く着替えちゃいなさい」


 ナタリアが、ずぶ濡れのセシルに声を掛けると、トーラスもセシルに気が付いたようで、鼻血を噴いて卒倒する。


「服が……濡れて……透け……」


 呆れた様子で倒れたトーラスを見下ろすリリーとサブリナ。


「兄様……ほんとこのまま死ねばいい。……失血死で」


「それにしても、何とも幸せそうな顔で気絶しておるものじゃのう」



 こうして、サランでは騎士団の追跡が始まろうとしている頃、一行は呑気に一日ぶりの休息を取るのであった。

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