第146話 切り札
「おい! セイモアはまだか! とっくに朝は過ぎて、もう昼だぞ!」
ギルド前の広場で、騎士団の隊長が怒鳴り散らす。
「隊長、少し落ち着いてください。もしかしたら入念に準備をしているのかも知れませんよ」
すかさず隣の副隊長がなだめる。
「しかし……待ち合わせの約束をしておいてこれだけ待たせるというのは、さすがにおかしいのでは」
もう一人の副隊長が呟く。
「……まさか……セイモアの奴、最初から協力する気が……?」
隊長の顔色が変わった瞬間であった。
「すまん! 遅れて申し訳ない!」
二十名ほどの冒険者を引き連れたセイモアが広場へと姿を表す。
「この街の冒険者はあちこち飛び回ってるもんで、実力のある者たちを集めるのに時間がかかってしまったんだ。……本当に遅れてしまって申し訳ない!」
「「「「遅れて申し訳ありませんでした!!」」」」
セイモアとともに声を揃えて頭を下げる冒険者たち。
「いや、こちらこそ貴殿のことを少し疑ってしまったが、思い過ごしだったようだ。これほど大勢の仲間を連れてきてくれるとは! それでは、出撃しよう」
「本当に、遅れて申し訳ない! 元はといえばウィル、お前が迷いの洞窟に潜ってたりするからだぞ?」
セイモアが後ろの冒険者に振り返って言う。
「そ、そんな! それを言ったらバーンズだって、霧立森に木の実拾いに行ってたからじゃないですか!」
ウィルと言われた男が、さらに後ろの冒険者に振り返って言う。
「いやいや、木の実は大事な食料源なんだぞ!? 何も言わないけどベーリング、お前だけ海に出てたよな? 呼びに行くのに一番手間取ったのはお前だろ!」
バーンズはさらに後ろのベーリングに突っかかる。
「なんだと!? てめぇ喧嘩売ってんのか? 売るのは木の実だけにしとけよこの臆病者!」
そしてバーンズとベーリングが取っ組み合いの喧嘩を始め、次第に冒険者達が全体で真っ二つに分かれて騒ぎ出す。
「セイモア! これじゃ出撃どころじゃないぞ! ギルマスなら早くこのいざこざを収めてくれ!」
ところがセイモアは困り顔を隊長に向ける。
「こいつらのいざこざは冒険者の師匠の時代から数十年続いてるんだ。今更、俺が何を言ったって止まらないぞ?」
隊長はセイモアの言葉に唖然としながらも、部下たちに命令を下す。
「お前達! この冒険者どもを黙らせろ! 言うことを聞かなければ少しぐらいなら痛めつけても構わん!」
しかし、その言葉をセイモアは聞き逃さなかった。
「おい、ちょっと待てよ! これから仲間になろうって奴に、『痛めつけても構わん』だと? 俺達にそんな酷い事をする奴らを信用しろってのか!?」
さらに困惑する隊長。
「あー、お前たち、やっぱり暴力は無しで、平和的に冒険者を黙らせてくれ」
結局、冒険者達の騒動はなかなか収まらず、騎士団員達もオロオロするばかりで、もはや出撃どころではなくなっていた。
「あっははは〜! うまくいってるみたいだね。みんなには酒場の飲み放題って言ってたけど、少し料理もサービスしちゃおうかな〜」
ギルド前の広場で繰り広げられるこの騒動を、ミスティは笑い転げながらギルドの執務室から見下ろしているのであった。
********************
「みんな、そろそろ出発しよう」
時間は少し戻って、夜が白み始めた頃、グレインが全員を起こして出立を告げる。
「えぇ!? 何言ってんのよ。まだ夜中じゃないのよ」
「一応足元はぼんやり見える程度ですが……確かに少々早過ぎるかと思いますわ」
ナタリアとセシルが口々に抗議する。
「グレインさん、早起きですね……。顔を洗って、近衛隊も起こしてきますね」
ティアは静かに起き上がり、泉の方へと向かう。
「またですか? もう……食べられない……です……」
「おい……。ハルナ、起きろ」
「はい……起きてます。そして食べてま……ん。……? おはようございます」
「夢の中でも何か食べてるんだな……。出発するぞ」
そうして一行は身支度を整え、日の出前に再び歩き始めたのであった。
「ねぇ……。ちょっと焦ってるでしょ?」
黙々と先頭を歩くグレインに、ナタリアが話し掛ける。
「いや、そんな事は……」
「嘘ね。焦ってる。……仮にも一国の訓練された騎士団から、個人が逃げ果せるとは思えない……そんな顔をしてるわ」
グレインは少しだけ俯き、ナタリアの方を振り向く。
「あぁ、そうかもな。言われてみれば、その通りだと思う」
「まぁ、しょうがないわよね。あたしもそう思うし。それに……あんた達冒険者と違って、あたしなんかギルドの事務職員、所謂一般市民よ? 騎士団からどうやって逃げろって言うのよ」
そう言ってナタリアは自嘲気味に笑う。
「何か切り札でもあればいいんだけどね……。遠くに一瞬で飛べるような魔法とか……」
その時、『
「「「切り札が……あったぁぁぁ!」」」
グレイン、ハルナ、セシルは声を揃えて、笑顔で叫ぶ。
周囲の者達は訳が分からず、ただ首を傾げているだけであった。
「セシル!」
「セシルちゃん!」
グレインとハルナが笑顔でセシルの方を向く。
「「「ポップを呼ぼう!」」」
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