第144話 あんた何やってんのよ!?

「本当に……やるのか?」


 ギルドの応接室で、セイモアは王宮騎士団の部隊長に聞き返す。


「あぁ、これも仕事だ。容疑者の自宅を捜索するのは当たり前だろう? ……決して邪な考えからくるものでは無いぞ」


 隊長は捜査本部の設置を騎士団員に告げ、諸々の手配を終えた後に、再び一人でギルドを訪れていた。

 そして開口一番『ナタリアの自宅を捜索したい』とセイモアに申し出ていたのだ。


「彼女の家はギルドが管理している物件だから、こちらで合い鍵を厳重に保管しているが……。確かに正当な手続きを踏めば当然のことなんだが……。うーん……。女性の家に勝手に入るのは気が引けるというか何と言うか……」


 当然、セイモアは『ナタリアが数日間で戻ってこない』事に騎士団が気付くことを避けるため、全力で渋っているのであったが。


「そんなことを言っていたら犯罪者は捕らえられぬのだ! 我々は心を鬼にして我を殺し、私利私欲に走らず、公正公平な立場で捜索するッ! たとえそれがうら若き女性の部屋でも、むさ苦しいオッサンの部屋でも、だ!」


「し、しかし……。たとえば、クローゼットの中とかも……?」


「当然、開ける事になるな」


「そこから下着とかが出てきたらどうすんだ?」


「当然、証拠品として押収する事になるな」


「何の証拠だよ……。やっぱあんたらの趣味じゃ……」


 セイモアは隊長にジト目を向ける。


「違う! 仕事だ! だいたい、どんな女の下着か分からないのに持って帰って、喜ぶ奴はいないだろ!? ……現在、騎士団にはナタリア容疑者の顔を知ってる者がほとんどいないのだ。先日、アドニアス様の警護でサランに同行した者達のほとんどは、隕石に巻き込まれて治療院で寝ているしな」


 そう言って隊長は懐から一枚の書状をセイモアに差し出す。


「なるべくなら見せたくなかったが……。これはアドニアス様からの特権令状だ。我々は捜索の際に、アドニアス『国王代行』と同等の権限を行使する事を認められている。すなわち、今回の事案はそれほどまでに重大な事件なのだ。どうかそれを理解してはくれないか?」


「……分かったよ。あんた達も、自分の仕事をしてるだけなんだよな……。とりあえずもう日が落ちてしまったから、捜索は明日にしないか?」


 隊長の頼みに根負けしたセイモアだったが、僅かでも時間を稼ごうとする。


「いや、部下達が行軍で疲れて休んでいる今夜のほうが都合がいい。若い女性の部屋だと聞くと暴走する輩がいないとも限らんからな。俺一人で十分だ」


 隊長は応接室の窓の外を見ながら、淡々と答える。


「はぁ……。そうか……分かった。ちょっと待っててくれ」


 セイモアは溜息交じりにそう言うと応接室から出ていき、ナタリアの部屋の鍵を持ってくる。


「鍵を持ってきたぞ。ただし、俺も同行させてもらうからな。物件自体はギルドの所有物なんだ。捜索ついでに壊されちゃかなわん」


「あぁ、構わんよ」


「じゃあ、行くか」


 二人は頷き合い、静かに応接室を出て行くのであった。



********************


「あ、あったわ! こんな森の奥に泉があったのね!」


 グレイン達は猛毒蜂を撃退した後、黙々と歩き続け、夕暮れ頃にようやくセシルの聞いたであろう水音の源へと辿り着いたのであった。


「歩みを止めると一気に疲れを実感しますね……。グレインさん、今日はもう進むのを止めて、ここで野営としませんか?」


 ティアが汗を拭いながらグレインに聞く。


「そうだな……。さすがに俺も疲れたし。交代で見張りを立てて、今夜はここで休もうか」


「「「「「さんせーい!!」」」」」


 こうして満場一致で野営が決まり、グレイン達男性陣は薪を集めに森の中へと繰り出していく。

 一方、女性陣は男達の姿が見えなくなった頃合いを見計らって衣服を脱ぎ出す。


「あー、やっと汗が流せるわね!」


 ナタリアがスキップしながら泉に飛び込む。


「お姉ちゃん、歩き続けてずっとお風呂に入ってない事を気にして、花の香りの香油を塗ってたんですよねっ! ……歩き続けて汗だくだったから、気持ちいい!」


 続けてハルナも泉に入り、笑顔で泉の冷たい水を堪能している。


「そりゃそうよ。だって、汗臭くなったら嫌じゃない。……そしたらまさか蜂が寄ってくるなんてね。ホント散々な目に遭ったわ」


 そう文句を言うナタリアではあったが、満足しているのか自然と声が弾んでいる。

 ティアやラミア、サブリナも泉に入り、同時に着ていた衣服の洗濯を始める。


「あー、確かに洗濯も必要よね。あたしは家から全部服持ってきたけど、あとで洗っておこうかな」


 ナタリアが、洗濯するティアたちを見ながらそう言った次の瞬間、彼女は驚愕の光景を目にする。


 セシルが衣服を着たまま泉に入り、水中で自らの体をあちこち擦り合わせるような不気味なダンスを踊り出したのであった。


「あ、あんた何やってんのよ!?」


「え?」


 奇妙な踊りを止め、茫然と立ち尽くすセシル。


「『え?』じゃないわよ。あんたのその気持ち悪いダンスと、服を着たまま水浴びしてるっていう、……言うなればあんたの行動全てが謎なのよ」


「これですの? わたくし、すごい事を思い付いたのです! こうすれば水浴びと洗濯が同時に出来るのですわ」


「「「えぇぇ……」」」


「そんなのできる訳無いでしょうが! あんた馬鹿なの? そんなことしたら洗濯も水浴びも中途半端になるじゃない」


「いえ、大丈夫です! どっちもちゃんとやり遂げてみせますわ」


 そう言って再び奇妙な踊りを始めるセシルと、呆れるナタリアを見て、ハルナは吹き出す。


「ぷふっ! ……あはははっ!」


「ハルナ、笑い過ぎ。セシルが調子に乗るわよ」


 笑い続けるハルナを咎めるナタリア。


「あははっ! ……だって、みんな国を追われて亡命する旅の途中なのに、いつも通りで……。何も変わらないなって思ったの」


「当たり前じゃない。亡命したって、ヘルディム王国を飛び出したって、あたしはあたし、ハルナはハルナよ。それだけは死ぬまでずっと変わらないわ」


「そっか……そうだよね……」


 それだけ言うと、ハルナは頭の先まで泉の中に潜るのだった。

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