第126話 僕を殺そうとしている

「お父さん……アウロラさんとの出会いよりも……何で家に帰って来てくれなかったの!? お母さんも……『最後にもう一度……お父さんに会いたかった』って言ってたのにっ!」


 ハルナの言葉を聞き、レンが目を見開く。


「なっ……! は、ハルナ……母さんは! 一体何があったんだ!」


 しかしハルナはきょとんとした様子である。


「え……? 何も……ないですよ? まだあの家に住んでますっ」


「いや、まるで死んだような口振りだったじゃないか!」


「口癖のように『あの人はもう帰って来ないのかねぇ』とか、『もう死ぬまで会えないのかねぇ』ってよく言ってましたよ」


「紛らわしいわ!」


 ハルナとレンがそんなやり取りを交わしているところに、ティアが駆け寄り、何気ない質問を投げ掛ける。


「セシルさん、トーラスさん、こちらの方々はお知り合いなのですか?」


「あぁ、彼らは闇ギルドの幹部だよ。恐らく闇ギルドの最高戦力だ」


 トーラスがティアの方に振り向くことなく、軽い口調で答える。


「えっ……。えぇぇぇぇぇッ!!」


 ティアが辺りに響き渡るほどの叫び声を上げたその瞬間、トーラスの額からは汗が滴り落ちる。

 トーラスは、レンの隣に立つ人物、ミゴールが現れてからずっと、自分に向けていた視線を感じていた。

 それはレンとハルナがどんなに騒いでも、セシル達と共にレンの神隠しについて話していても、一切逸らされることのない、殺意のこもった視線であった。


「そんな! それが真実だとすれば……彼らは大罪人ではないですか! しかし……彼らは何故ここへ現れたのでしょうか?」


 ティアはそう言いながら、レンとミゴールから距離を取るべく後退りする。


「彼らの狙いは……ハルナさんを連れて行こうとしているんだ。……それと……僕を殺そうとしている」


「……っ! 近衛隊、集合!」


 ティアが後方を振り返り、休んでいた近衛騎士を呼ぶと、彼らは駆け足でティアの前に整列して跪く。


「総員、あの者達を捕縛し、トーラス殿をお守りせよ! 憂国の士を、ここで失う事があってはなりません」


「はっ! 畏まりました!」


 近衛騎士達は隊列を組み、トーラスとミゴールの間に割って入る。


「ほうほうほう……。あれは誰かと思えば、ヘルディムの姫様ではないですか! これはこれは、お嬢様に良い土産を持って帰れそうですなぁ……」


 ミゴールがティアの正体に気付いたようで、初めて口を開く。


「近衛隊、掛かれぇ!」


 ティアの号令で、五名の近衛騎士達はミゴールに向かって突撃する。

 しかしミゴールの目前で、先頭を駆けていた騎士が足を止め、そのまま向きを反転し、後ろから突進してきた別の騎士と正面衝突する。

 鎧同士が激しく衝突し、金属の擦れる音が辺りに響き、騎士たちの動きが止まる。


「な、何だ!? アイン、敵に背を向けて何をやっている!? 何故邪魔をするのだ!」


「ビル……お前、本当に今のままで良いと思っているのか?」


「な、何……?」


 先頭で真っ先に踵を返したアインという騎士がそう言った途端、まるで病気が感染するかのように次々と近衛隊はティアの方を向いていく。


「そうだ……いつまでも俺たちをこき使いやがって……」

「王家の人間なんか滅ぼしてやる」

「今こそ……俺達が立ち上がるときだ!」

「給料……上げてくれよ!」


 近衛騎士達は、そう言うと今度はティアに剣を向け、歩み寄ってくる。


「あ、あなた達、何を……!?」


 咄嗟にセシルがティアを後ろに引っ張り、トーラスが前に出る。

 ハルナは、レンが加勢しないように必死に牽制している。


「……ティア、下がってくれ! ……これは……ミゴールの仕業だ」


 トーラスは、騎士の様子がおかしくなった瞬間に、自分への殺気が一瞬和らいだのを感じていた。

 見ればミゴールは、ぶつぶつと何かを呟いている。


「あれは憑依じゃないな……騎士達を洗脳したのか。この短時間で……」


 トーラスが腰の剣を抜き、構えながら言う。


「儂は何もしておらぬよ。ただ、この者達の抱えている不平不満の感情を増幅してやっただけじゃ」


「労働環境が劣悪すぎるんだっ! 当番制なのに毎日早朝から夜中まで、勤務時間が長すぎるんだよ!」


「……がっ! ……ぐあぁぁぁっ!」


 騎士の一人がトーラスに斬りかかる。

 トーラスは斬撃を受け止めようとするが、全く歯が立たずに剣を弾き飛ばされる。

 さらにトーラスはそのまま当身を喰らい、後ろに吹き飛ぶ。


「『女神の使徒』は、特殊能力以外は一切の無能であるらしいからのう……。こやつらは王宮騎士団の、しかも王族警護のエリート部隊。まともに打ち合えるはずも無かろうて……」


「ぐほっ……ケフッ……ハァ……ハァ……。ティア、彼らを……説得してくれないか。君の言葉を、彼らに……届ける」


 起き上がれず、蹲るトーラスが、そのままの体勢で黒い霧を放出し、ティアの目の前に小さな球体を形作る。


「ティア……頼む……」


 蹲ったままのトーラスに、騎士の斬撃が迫る。


「お待ちなさい! 貴方達は……王宮騎士団の中でも選りすぐりの精鋭部隊なのです! その栄誉有る騎士団員が、揃いも揃って敵に洗脳されるなど、恥を知りなさい!」


 トーラスの頭上で、騎士の剣がぴたりと止まる。


「お、俺は……何を……」

「ティグリス姫! 突然、姫の言葉が、頭に響いて……」

「俺達、どうかしてました!」


「今こそ、王家に仇成す闇ギルドの幹部を仕留める時! 行きなさい!」


「「「「「ウオォーーー!!」」」」」


 騎士達は再び踵を返し、ミゴールへと突進していく。


「……おぬしらの家族が泣いておるぞ。腹を空かせた子供……生活のため、働きに出ねばならぬ妻……」


 ミゴールがそう呟くと、やはり先ほどと同じように、ミゴールの手前で騎士達は再びトーラスの方へと引き返してくる。


「給料が安すぎるんだっ! 家族を充分に養えるだけの手当ぐらい払ってくれェェェ!」


 騎士団員が叫びながらトーラスに斬りかかる。


「あなた達は騎士団の中でもトップクラスの月給のはずですよ! それでもまだ足りないと言うのなら、来月からの賃上げを約束しましょう!」


 ティアも負けじと応戦し、騎士達は再びミゴールへと向かっていく。


「闇ギルド覚悟ぉぉぉ!」


「……毎日毎日、何も起こらぬ王宮の周りに立っているだけ……。お前達はそんな事をするために生まれてきたのか?」


 再び踵を返す騎士達。


「俺達は……仕事にやりがいを感じないし、何も起こらないのが当たり前の警備。何かあれば怒られるだけ! 誰も褒めてくれない!」


「私は……あなた達近衛隊のおかげで生かしていただいているのです! この恩は……唯の一時も忘れた事はありません!」


「ヘルディム王家、万歳!」


 再びミゴールへと突進する近衛隊。



「……はぁ……。これは一体……何ですの……?」


 行ったり来たりする近衛隊に気を揉み疲れ果て、溜息をつくセシルなのであった。

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