第125話 修行
「そろそろ二時間ぐらい経ったでしょうか……。結局グレインさんは戻ってきませんでしたわね」
グレインとサブリナがサランギルドの中で騒ぎを起こしていた頃、サランの南東に広がる林の中で、『
「セシルちゃん、グレインさまが出発してからまだ三十分も経ってないですよっ!」
ハルナが懐中時計を見て、セシルに時を知らせる。
「ハルナさん……その時計……素敵……」
リリーがハルナの時計を見て微笑む。
「なかなかの年代ものだね……幾らになるかな」
「兄様……すぐに値踏みをしないで。……品が無い」
懐中時計を興味深そうに見入っていたトーラスの首筋にナイフが当たる。
「これは師匠……お父さんの形見なんです」
「「「……生きてたよね?」」」
「私の父は……いつも修行中、この時計を肌見離さず持っていたんです。この時計を見ていると、『よし、瞑想残り五時間だ!』とか、『これから十時間滝に打たれるぞ』とか、亡き父の声が聴こえる気がするんです」
「「「だから生きてたよね? っていうか修行メニューえぐい」」」
「……闇ギルドに加担して悪事を働き、強きを助け弱きを挫くような男は、もう師匠でも父でもありません!」
「ハルナ! お前の師匠は……父さんは……そんな事はしてないぞ!」
「「「「えっ」」」」
ハルナ達の会話に、突如抗議の声が上がる。
その場にいた全員が、緊張した面持ちで声の主へと振り返ると、そこにはレンとミゴールが並び立っていた。
「父さんはただ……行き場を無くしたアウロラさんを悪の手先から守り続けてきただけだ! ハルナ、決してお前が考えるような、いかがわしい悪事など働いてはいないぞ!」
「いいえっ、お父さんは絶対に悪事を働いてるに決まってます! だって闇ギルドですよ!? 闇です、や、み! 心の底までズブズブに真っ黒に決まってます!」
「それはたまたま組織の名前が『闇』ギルドという名前だっただけだ! 何一つやましいことはない」
「生き別れた親と子の再会を喜ぶ会話に割り込んで申し訳ありませんが……闇ギルドは反社会的行為を生業とする集団、というのが世間一般の認識ですわ」
「お嬢ちゃん、生き別れ……とはちょっと違うかな。私は治癒剣術の腕を磨くため、武者修行の旅に出たのだよ」
「あら、そうなのですか?」
「いえ、セシルちゃんの認識であってますっ! お父さんが修行の途中に神隠しにあって、突然居なくなったんだよ!? ……この時計を残して……」
「おぉ! その時計は父さんの思い出の時計! ……懐かしいなぁ……。あの日、私はハルナといつも通り修行をして……あれ? なんでアウロラさんと一緒に行動してたんだったか……。その日の事は……全く思い出せんな」
「「「「武者修行はどうなった」」」」
レンは無言になり、目を閉じて俯く。
「ハルナさん、その日はどんな修行を?」
セシルは考える素振りなのか、唇を指で弄りながらハルナに質問する。
「二人で胸ぐらいまでの深さの滝壺に入って、立ったまま丸一日滝に打たれる修行ですね」
「そ、それはすごい修行ですわね……。丸一日、ということは飲まず食わず、寝ずに修行されていたのですか?」
「いえ、食事とトイレには行きますよ。あと睡眠は滝に打たれて立ったまま寝ます」
「なるほど……そうまでして滝に打たれ続ける意味はあるのでしょうか」
「「…………」」
セシルは純粋に修行の意味を聞きたかっただけなのだが、ハルナとレンはその質問に答えられずに俯き沈黙するだけであり、たちまち気まずい空気が流れる。
「え、ええと……、れ、レンさんがいなくなったことに気が付いたのはいつですか?」
「朝ですっ! 私が起きたらいなくなってたんですっ」
「レンさんを最後に見たのは?」
「夜ですっ! 隣でいびきがうるさくてなかなか寝付けませんでしたからっ」
「「「滝に打たれてるんだよね?」」」
「うーん……もしかしてこの状況は……」
「恐らく、トーラスさまの予想はわたくしと同じですわ」
「……容易に……想像がつく……」
トーラス、セシル、リリーは各々の推理で結論に辿り着いたようだ。
「「「寝てる間にレンさんが流された」」」
「な、なんだって!?」
「えぇっ! そ、その可能性には気が付かなかったですっ!」
驚くレンとハルナ。
「「「いや気付けよ」」」
「お父さん、寝ている間に流されたんですかっ?」
「いや、それがさっぱり覚えてなくてな」
「「「そりゃ寝てるからねぇ」」」
「そうか……そういえば、見知らぬ土地の河原で目が覚めたような気がしてきたな。……そうだ、そしてその河原で、ボロボロの身なりで泣きながら川の水を飲んでいるアウロラさんに出会ったんだ」
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