第115話 お忍び計画
「なぁトーラス、前に俺が教えたやつで外の様子を覗けないのか?」
「ん? なんだっけそれ」
全く心当たりがないといった様子でグレインに聞き返すトーラスであったが、対するグレインの口は重たげで、どうにも歯切れが悪かった。
「ほら、あれだよ、あれ……。……光……転移……見える……風呂……」
グレインが最後の単語を言ったところで、リリーの目が二人を捉える。
「兄様たち……また何か……悪い事を企んでる? ……死んでみる?」
「あら、リリーちゃん。女の子が『死ね』とか『殺す』とか、そんな汚い言葉を使ってはいけませんよ? それに、もし本当にそんなことをしたら、あっという間に捕まって牢屋に入れられてしまいますからね」
リリーが本当に躊躇なく殺人をする(蘇生もするが)、そんな事情を知らないティアは、リリーに優しく注意をする。
「「…………」」
そんなティアを、トーラスとグレインが何かを訴えるような、潤んだ目でずっと見ていたのであるが、一切気付かれることはなかったのであった。
「……それじゃ、見てみるよ」
そう言って、トーラスは目の前に黒い球体を作り出す。
「あはははっ! 確かに……これはバッチリはっきりくっきり見えるよ! すごい……おほほぉっ……」
まるで洞窟の外ではなく、怪しいものを覗いているような様子のトーラスを見て、リリーはナイフを抜き、トーラスの肩口に添える。
「……洞窟の前に……敵は五人いるね。彼らは必死に入り口の土砂を掘り起こしているみたいだよ」
トーラスは首筋に触れる冷たい金属を感じて、冷静に外の様子を伝え始める。
「そいつら、よっぽど俺達の命が欲しいらしいな……。よし、それならいっその事、奴らの真後ろに転移して、奇襲で一気に潰そうぜ。少し事情も聞きたいしな」
「あぁ、僕も賛成だ」
そう言ってトーラスは、転移魔法を発動させる。
「ハルナとリリーに先頭をお願いしよう。奇襲に備えてダラスはセシル、ラミアと後ろにいてくれ。俺とトーラスは中央でティアを守る」
「「「はいっ!」」」
そうして一同は転移魔法を通り、洞窟の外の林に出る。
「グレインさま、ここから洞窟が見えますよっ」
「どれどれ……?」
ハルナとグレイン、そしてリリーが並んで木陰から洞窟の入り口を窺う。
「確かに、必死の形相で入り口を掘り返してるな……。これなら襲いかかっても気付かれることはなさそうだ」
洞窟の様子を見るグレイン達の後ろで、初めての転移魔法に驚くティアは、あれこれとトーラスを質問責めにしていた。
「あの魔法はどういうものなのですか? ……なるほど、闇空間を……」
「ティア、随分と勉強熱心なんだな」
そんなティアの様子に気付いたグレインが声を掛ける。
「この魔法が使えれば、今回みたいに王宮から脱出するときも、誰かの命を犠牲にしなくて済みますから」
ティアは少しだけ悲愴感の漂う表情を浮かべてそう答えた。
「あぁ……なるほどな。でも、ティアが自分で転移魔法使えるようになったら、お付きの人は大変だろうな。夜な夜な街に繰り出したりとか」
ティアは目を丸くして答える。
「いいいいえ、まままさかそんなことは、ししししませんよ? なな何故そう思ったのですか!?」
「「「「めっちゃ分かりやすい」」」」
「はぁ……。白状すると、私は基本的に王宮の外に出ることができないのです」
諦めた様子でティアが語り出す。
「まぁ、街にお姫様が来るって言ったら普通大騒ぎになるよな」
「でも……私だって年頃の女の子なんです! 街をぶらぶら歩いてショッピングしたり、ふらりとケーキ屋さんに立ち寄ったり、そういうみんなと同じ事をしてみたい!」
「それで転移魔法お忍び計画か……」
ティアは力無く頷く。
「以前、父に許可を取って正式に『お忍び』で街へ出たことがあるんです。街を歩くときは私の周囲に護衛の騎士が四名ほど付きまとい、鞄屋さんに入ったら試着前に王宮魔道士が魔法や呪いをチェック、ケーキ屋さんでは毒見役が一口食べてから……」
「「「「うわぁ……」」」」
「さらにその時私が立ち寄った店は、その後数カ月に渡って『ティグリス姫御用達』を掲げ、王都に一大ブームを巻き起こしてしまったのです」
「「「「影響力ありすぎ」」」」
「ま、そんな姫が堂々とお忍びできるようにするためにも、早いとこ闇ギルドを潰さなくちゃな。……こうしている間にも、奴らが洞窟を掘り起こしちゃいそうだ。行くぞ、みんな!」
全員がグレインを見て頷き、一斉に木陰から飛び出していく。
グレイン達が距離を詰めるにつれ、洞窟を掘り起こしている男たちは、皆甲冑を着ており、騎士然とした出で立ちをしていることが分かる。
最初に洞窟の前に到達したのはリリーであった。
リリーは腰のナイフを抜きながら、一人の男に肉薄すると、喉元を一閃。
男は声も上げずに膝から崩れ落ち、事切れる。
「後方から敵襲だ!」
「ビルがやられたぞ!!」
「よし、二人で敵襲を抑えるから、あとの二人で掘り続けるんだぁっ!!」
「クソッ、姫様……早くお助けを!」
洞窟の入り口を掘り続けていた男達が口々に叫ぶ。
「「「「……ん……?」」」」
グレイン達は男達が『姫様』と言ったのを聞いて一瞬動きが止まる。
「双方、おやめなさい!」
凛としたティアの声が響き渡り、場に静寂が訪れる。
次の瞬間、男達から歓喜の声が上がる。
「ひ、姫様ぁぁぁ!」
「生きておられた! よかった、よかった!!」
「わぁぁぁぁ! やったぁぁぁ!」
「我ら、生きた心地がしませんでしたぞ」
「えーっと……ティア、この方達は……?」
呆然としながら、グレインはティアに質問する。
「私の近衛兵……護衛の騎士達です。王宮を抜け出したところで襲撃されたモンスターから、身を呈して守ってくれた……」
「「「「生きてたんかい」」」」
「……一人殺しちゃった……てへっ……」
可愛く舌を出すリリーであった。
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