第097話 嫌がらせ
「話が逸れたが、結局ミゴールのやつがここをどうやって突き止めたかは──」
「ふむ……おそらくこれじゃの」
サブリナはそう言って、地面を指差す。
その指の先には、トーラスがリックの自害を防ぐために引き抜いた奥歯が転がっていた。
「……相当昔の魔術なのじゃが、魔族が使い魔の位置を把握する際に使っていたのと同じ魔法がかけられておる」
「サブリナ、何でそんな事が分かるんだ?」
「この歯が定期的に特定のパターンの魔力波を放出しているのじゃ。宿主の……リックとやらの魔力が元になっておるので、抜かれてから徐々に弱まっていっておるがの」
「……なぁサブリナ、これに魔力を補充する事ってできるのか?」
グレインの言葉を聞いて、サブリナは露骨に嫌な顔をする。
「できるけど、嫌じゃ! あの男の歯だったものじゃぞ? ダーリンのなら構わぬが、他の人のは触りたくないわい。ハルナ殿が矢で突き刺すか、セシル殿がヒールを投げればよかろ?」
「ん? ヒールでいいのか?」
「そうじゃ」
「じゃあセシル、こいつにヒールを当ててくれ。四本ぐらいあるが、全部まとめてだ。……そしてトーラス、この歯を転移して欲しいんだが、転移先として何処か面白いところはないか?」
「面白いところ?」
「あぁ、ものすごく行くのに手間取るとか、行けないような場所だ。ちょっとミゴールに嫌がらせしようと思ってな」
意地悪そうに嗤うグレインを見ながら、トーラスはしばし考える。
「それなら、火山じゃないけど、王都からずっとずっと北の方にある、高山の頂上付近がいいかな。たぶん人間には登れないだろうし」
トーラスも、グレインに応えるように笑みを浮かべる。
「……そもそもだが、トーラスは行ったことがあるんだよな? そんな場所、どうやって登ったんだ?」
「闇魔術でいくらでも方法はあるよ。黒霧に重力を吸収させてその上を歩いていくとか、飛んでいくとか」
「重力なんかも吸収できるのか……。……あ! なぁトーラス、もしかして…………」
そう言って、グレインはトーラスの耳元で何事かを話す。
「あぁ……グレイン、君は天才じゃないか! どうして今まで思いつかなかったんだ! これは世紀の大発明だ!」
「……そんなにすごい発明か?」
「あぁ、すごいぞ! だってさ、…………」
トーラスはグレインの耳元で防音魔法を発動して何事かを囁く。
「お前、よくそういう事を思いつくよな」
「アイディア提供料は早急に用意しよう。十億ルピアぐらいでどうだい?」
それを聞いていた周囲のメンバーからどよめきが起こる。
「じゅ、じゅ、十億ルピア!? グレインさまっ、そんな発明を!? 一体どういう内容なのですかっ!」
ハルナが目を見開いて問い質す。
「……それは企業秘密だ。悪いがハルナにも教えられない」
「えぇぇーっ! 教えて下さいよぉ」
なおも食い下がるハルナ。
「すまない、そこは男の尊厳にかけても教えることはできないんだ」
「ん……? ……もしかして……」
リリーがトーラスの首筋にナイフを突きつける。
「兄様……何を企んでるの」
「ひっ、リリー……落ち着こうか……。決して僕以外の人に公開するつもりは……」
リリーはなおも目に力を込めてナイフをトーラスの首に押し付ける。
トーラスの首筋に血が流れる。
「わ、分かったよ……。……公衆浴場にね、極小の黒霧を仕掛けておいて、すべての光を闇空間に吸い込むようにする。そして、僕の目の前に闇空間からその光を出せば──」
「……いつでもどこでも女湯が覗けるって訳ね……。……兄様、サイテー……。反省して!」
そう言って、リリーはトーラスの喉笛を切り裂く。
********************
「悪かったよ。もうそんな邪な考えは持たないからさ」
リリーによって殺され、蘇生されたトーラスは草むらに正座してリリーに謝罪している。
ちなみにグレインは『黒霧で光も転移できるなら、遠くの景色も見えるのか?』と聞いただけだった、ということでお咎めなしでる。
「グレイン、ずるいぞ」
「いや、俺はただ聞いてみただけだし、悪用を思いついたのお前じゃないか」
「おかげで僕は殺されたんだぞ?」
「いや、今は生き返ったんだからいいだろ」
「すごく痛かったんだよ?」
「妹に殺されるなんてご褒美だろ? 貴重な経験ができてよかったじゃないか」
「むむむ……ご褒美というのは否定はしないが」
「兄様、ご褒美って……気持ち悪い……」
リリーが睨みつけているトーラスに、セシルが近寄る。
「あの……歯に魔力を込めましたわ」
「「あ、忘れてた」」
そう言ったのはグレインとトーラス。
トーラスは慌てて歯の下に転移渦を生み出す。
「これでよし。高山の頂上付近に転移しておいたよ」
「よし、それじゃ王都に行こうぜ」
トーラスはグレインに促され、転移渦を生み出すと、リリーを伴ってそそくさと入っていく。
続いてセシルとハルナも転移して、最後に何かを考えている様子のサブリナとグレインが残る。
「サブリナ、……さっきから何を考えているんだ?」
「……あの歯にかけられていた魔法じゃが……あれは魔族に代々伝わる魔法なのじゃ」
サブリナの額から汗が流れる。
「……闇ギルドに魔族とつながりが……あるってことか?」
グレインはハンカチを取り出してサブリナの汗を拭いながら聞き返す。
「分からぬ……。妾が把握している限り、魔族は闇ギルドなどとのつながりは持っておらぬが……。も、もしも妾の同胞が生き残っていて、その者達が闇ギルド側に与していた場合は、妾は……妾は……」
グレインは目に涙をためて逡巡しているサブリナを抱き締める。
「お前の人生なんだ、好きにしたらいい。でも俺達は、もしお前が同胞を選んだとしても恨まないし、嫌いにもならないよ。……なるべくなら、そうなって欲しくはないけどな」
サブリナはそのまま、グレインの胸の中で暫し泣き続けるのであった。
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