第096話 卒業したときのこと
「今の魔法……面白いね」
後方からセシルの『
「ありがとうございます、トーラス様! 今の魔法は、トーラス様がいつも闇魔術で黒霧を自由に操作しているところから着想を得たものなのですわ。言うなれば本家のトーラス様にお褒めいただけるなんて、光栄ですわ」
セシルはあっという間にグレインの傍からトーラスの隣に駆け出し、ぺこぺこと頭を下げている。
「なぁセシル。今気付いたんだが、魔法の威力上がってないか? 少なくとも今の霧は、俺が強化してないぞ?」
「うーん……確かに……そうですわね。最近はグレインさんの強化なしでも人間を木っ端微塵にできる程のヒールを相当な数、同時に撃てるようになりましたわ」
「……『人間を木っ端微塵に』っていう喩えが生々しいんだが、何か人体実験でもしてるのか?」
「ここ数日、モンスター相手に魔法の練習だけは欠かさずしていましたので、その時に感じたことですわ。……威力の向上も、練習の成果が出たのかも知れませんわね」
そうか、と言いつつ、グレインは表情を若干曇らせる。
そんなグレインの様子を察知したハルナが、グレインの隣に立つ。
「グレインさま、セシルちゃんがこのパーティを卒業した時の事をお考えですか?」
「……俺、そんな顔をしてたか」
「大丈夫です! その時が来ても、グレインさまなら喜んで送り出せると思いますよっ! ……決して、私達が追い出された時のように、半殺しにして追い出すような事はしないはずです」
「俺を誰だと思ってるんだ? あんなクズみたいな奴らと一緒にしないでくれよ」
そう言って、グレインとハルナは互いに顔を見合わせて笑う。
「お主らの間には、妾の割り込めぬ絆があるようじゃの……」
グレインは、自分とハルナの様子を寂しそうに見つめるサブリナに気付く。
「サブリナ、なんでしょんぼりしてるんだ?」
「なっ、何でもないわ! ちょっと仲間はずれにされただけじゃもん!」
そんなサブリナの様子を見て、再び笑うグレインとハルナであった。
「お二人とも、このゴブリンの死体の広がる野原で、しかも……このっ……強烈な血の匂いの中にも関わらず、よくそんな朗らかに笑っていられますわね……けほっけほっ……」
そう呟くセシルは、いつの間にかハンカチで口元を覆っている。
「じゃあまとめて処分しちゃおうか」
そう言ってトーラスは、野原一面に黒霧を張り巡らせる。
次の瞬間、爽やかな風が吹き、黒霧を晴らしていく。
黒霧が晴れると、ゴブリンの死体や血溜まりも、ひどい血の匂いも、リックの身体もすべてが消え失せていた。
「ふぅ……。一応リックの身体以外は、全部火山の火口に落としておいたよ」
トーラスのその言葉を聞き、グレインが戦慄する。
いつも『足元を火口に繋ぐよ?』とトーラスが言っているのは本当の事だったのであった。
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「トーラス、ちょっと気になってることがあるんだが、いいか?」
「奇遇だね。僕もちょうど君の考えを聞きたかった事があるんだ」
「「ミゴールは、何故ここを見つけたのか?」」
「……やはり、君も同じ疑問を持っていたか」
「あぁ、俺達はお前の転移魔法でサランからここまで一気に飛んできたんだ。なのに奴はゴブリンリーダーを操って俺達に襲い掛かってきた。たまたま見つかったにしては、ものすごくタイミングが良すぎないか?」
「考えたくはないが、僕達の中に裏切り者がいるか、『これ』が呼び寄せたか、だね」
そう言ってトーラスは闇空間からリックの死体を取り出す。
「別段変わったところはないよなぁ」
グレインは、おそるおそるリックの死体を調べるが、特に不審な個所は見つからない。
「でも、俺達の中に裏切る奴なんていないぞ。上空を飛んでる鳥でも操ってるんじゃないのか?」
「うーん……。ここは森の中だからねぇ。上空からそう簡単に見つかるとは思えない」
「とりあえず、今回の襲撃も無事に撃退出来たので良かったのではありませんの?」
話し込むグレインとトーラスに、セシルが声を掛ける。
「セシルちゃん、そういう訳にはいかないよ。原因をある程度突き止めておかないと、今後も同じように襲撃される可能性があるからね。……いつも君が僕の近くにいて、今回みたいに守ってくれるとは限らないだろ?」
「わわわわたくしでよければっ! い、いつも、いつでもトーラス様のおそばに置いていただいて構わないですわ!」
セシルは顔を真っ赤にして、逆上せ気味に目をぐるぐる回している。
「ふふ……じゃあ僕のところに来るかい? セシルちゃんならいつでも大歓迎だよ。でも、セシルちゃんはグレインのパーティメンバーじゃないか」
「トーラス様のおそばに置いていただけるならっ、ぱ、パーティだってぬ、抜けま……うぅ…………やはり抜けられませんわ。わたくし、グレインさんのパーティを抜ける時は、わたくしが死んだときだけと心に決めておりますの。グレインさんが誘ってくれたから、今ここにわたくしが生きていられるのですわ。わたくしに生きている価値を見出してくださったのはグレインさんなのですから」
セシルは胸に手を当て、グレインの方を見てにっこりと笑う。
それにつられるように、グレインとハルナ、サブリナも笑顔になる。
「なんだ、トーラスのためにこのパーティを出ていくって言ったら、みんなで半殺しにして追い出そうとしてたのにな」
少し照れたグレインが軽口を叩く。
「グレインさま、そんな嘘ついてもすぐにバレますよ? 今、『餞に幾らぐらい包んだらいいだろうか』って心配なさってたじゃありませんか」
「あの様子では、この『縁結びのサブリナ』が活躍するまでもなさそうじゃの……。まぁ、トーラス殿がどこまで本気かは分からぬが」
先ほどの血腥い一件を吹き飛ばすような笑顔のハルナとサブリナであった。
「ふふっ……兄様、私……いいパーティに入れてもらいました!」
トーラスの傍で四人の様子を見ていたリリーが、満面の笑みを浮かべてそう言ったのであった。
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