第095話 ゴブリン以下だ

「あのゴブリンが、ミゴールに憑依されているんですの……? そ、それって……」


 セシルが口をわなわなと震わせている。


「あぁ、非常にまずいね……。ゴブリンは筋力が人間の比ではないほど強力なんだが、知能が低いせいでさほど脅威に思われていないモンスターだ。でも、あのゴブリンリーダーの中身はミゴール……つまり人並みの知能を備えているという事だからね」


「トーラス、それは間違ってるぞ」


 ハルナとサブリナを伴って、グレインがトーラスとセシルの傍へと歩いてくる。


「間違い……?」


「ミゴールの知能がゴブリン以下って可能性を考慮してないじゃないか」


 グレインはそう言って笑いながら、親指で地面を指差す。


「……あははははっ、そういう事か! 確かにそうだ! いいところに気がついたね。確かに僕の考えは間違ってたみたいだ」


「「ミゴールの知能はゴブリン以下だ」」


 その言葉を聞いていたゴブリンリーダー──ミゴールは顔を真っ赤にして怒り、群れを置き去りにしてグレイン達の方へと襲い掛かる。


「掛かったね」


トーラス達にあと一歩で届くというところで、ミゴールの足元が崩れ落ち、地面に生まれた巨大な穴にその身体がすっぽりと埋まり、身動きが取れなくなる。


「『暗黒奈落ダーク・フォール』」


「カッコつけて言ってるけど、落とし穴……だよな?」


「そうだね……地下の土を闇魔術で取り去って作った……。……いや、『暗黒奈落』だよ。」


「今ちょっと間があったよな。やっぱりトーラスもそう思って──」


「グレイン、ちょっと魔力が滑って、君の足元を火口に繋げてしまいそうだよ」


「ナンデモナイデス」


「……まあいいや。群れで来るならまだしも、挑発に乗って単騎で突進してくるなんて、本当にゴブリン以下だ。仕上げは頼むよ、リリー……直接接触しないように」


 今までどこに居たのか、気配を完全に殺していたリリーがゴブリンリーダーに飛び掛かり、瞬く間に両目を潰し、喉笛を掻き切る。

 ゴブリンリーダーの首筋から噴水のように吹き上がる血飛沫の中、リリーは振り返り、笑顔で告げる。


「兄様、グレインさん、終わりましたよ」


「あぁ、ミゴールの気配は消えたね。……それにしても……我が妹ながら尊い」


 確かにあどけない表情で笑うリリーは、まさに天使にも見えるほど可憐であった。

 ただし、血飛沫がなければ、であるが。


 ゴブリンの群れは、リーダーが暴走した挙げ句に落とし穴に嵌まり、瞬殺されたのを見て狼狽している。

 するとセシルが、ゴブリン達に一歩踏み出す。


「皆様は騙されていたのですわ! この愚かなリーダーに騙され、唆されただけなのです! わたくし達は無抵抗のあなた方に危害を加えるつもりはありませんわ。どうかこのまま森へ引き返していただけませんこと?」


「……セシル、言葉が通じるのか?」


 ゴブリン達の方を向いているセシルの背後から、グレインが声を掛ける。


「言葉は通じなくとも、きっと心は通じますわよ」


 セシルがそう言った時、ゴブリン達に変化が起こる。

 群れの中で一頭が何事かを吠えて仲間に伝えている。

 次第に周囲のゴブリンも合わせて吠えるようになり、その声は揃い、大きくなる。


「分かってくれたのでしょうか……」


 次の瞬間、ゴブリン達は一斉に駆け出す。

 彼らの目標は、間違いなくセシルであった。


「セシル、危ないぞ!」


「……分かっていただけないとは、残念ですわ。……『治癒濃霧ヒール・ミスト』!」


 セシルの突き出した両手から、光り輝く霧が勢い良く噴き出し、ゴブリンの群れを包んでいく。

 その霧に触れたゴブリンは、次々と体表から血を流すが、彼らの体格を鑑みると、とても致命傷にはなり得ない程度のダメージに見える。

 そして群れの戦闘を走り、霧の中から真っ先に出てきたゴブリンが、とうとうセシルの目の前までやってくる。


「くっ! セシル、危ない!」


 グレインが咄嗟に駆け出し、セシルの前に出てゴブリンの攻撃から彼女を庇おうとする。

 しかし次の瞬間、セシルの目の前のゴブリンは口と鼻から血を吹き出し、そのまま背中から地面に倒れる。


「ん? なんだ……これは……」


倒れたゴブリンの後方では、群れのゴブリン達が同じように、次々と血を吐き、倒れ力尽きていた。


「あのヒールの霧は、相手に吸い込ませて、身体の中から破壊するのが目的なのですわ。肺が潰れれば、いくら筋力があっても生きてはいけませんもの」


「えげつない……っていうか、もし風向きが悪くてその霧がこっちに流れてきてたら……」


「当然わたくし達が、ああなってましたわね」


 セシルはそこかしこに散らばる、ゴブリンの死体を指差す。


「あのー……なんの前触れもなしにいきなり超危険な魔法使わないでもらえます?」


「うふふっ、まぁ、風向きも計算してましたわよ?」


「どうだかな……」


「それよりも、さっきは庇ってくれてありがとうございます。……素敵でしたわよ」


 笑顔でグレインにそう告げるセシルであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る