第094話 拒否権はないんだ

「ここなら殺してもいいらしいし、気を取り直して取り調べといこうか、リック執事長」


 トーラスが少しだけ弾んだ声で、空間上のあり得ない位置に手足を出しているリックの身体のうち、頭部に向かって話しかけている。

 ここは王都南の森の中。

 グレイン達とトーラスが初めて出会った場所である。


 最初、彼らはギルドへ戻り、ナタリアに『ギルドに人を殺してもいい部屋、場所はあるか』と聞いて大目玉を食らったのであった。


『馬鹿じゃないのぉっ!!? そんな場所あるわけないわよ! 訓練場とかも汚さないでよねっ! そもそも、殺人は犯罪よ?』


「まだ耳がキンキンするよな……」


「ナタリアさんは、本当に君を犯罪者にしたくないんだろうねぇ。可愛い彼女じゃないか。僕の場合、どんなに自分の手を汚そうとしても、最愛の妹でさえ止めてくれないんだぞ」


「こいつ……許せない。……こいつのせいで……私と兄様の生活が……狂わされたんだ」


 リリーはナイフを抜き、リックの眼前に突き出す。


「まぁ、リリーも僕と同じ考えだからね。リック……リリーが闇魔術奥義を使えるという事を闇ギルドにバラさなければ、少なくともリリーの命が狙われることは無かった筈だ。それは理解しているよね?」


 リックは、真っ直ぐに冷たい目で見つめてくるトーラスから思わず目を逸らす。


「じゃあ……左足から」


 トーラスは自らの足元に闇空間から突き出たリックの左足に手をかざす。

 すると、足の出ている闇空間の出入り口が閉じていき、最終的に鋭利な刃物で切断されたような断面の左足だけを残して出入り口は消滅する。


「……アガうあぁァァァァっ!! あ、あし、あしがあぁああぁあぁ! 分かった、知ってる情報を全部喋る! そっ、その代わり、身の安全を……うグゥぅっっぅう! ほ、保証してくれないか? 情報を喋ると、必ず闇ギルドからの報復がある。……そうなったときに守ってくれると約束するなら話そう。約束できないなら……俺の奥歯には自決用の毒薬を仕込んである。そいつを飲み込む事にする」


「(……街中でやらなくてほんと良かったな……)」


 早速起こった惨状に少しだけ顔を顰めるグレインたちを横目に、トーラスは少し考えて言った。


「なるほど……自決されるのは困るね。じゃあこうしようか」


 トーラスは右手を突き出し、新たに小さな闇空間の出入り口を作り出す。


「奥歯だったね」


 次の瞬間、闇空間が閉じて、そこから何本かの歯がこぼれるようにぽろぽろと落ちてくる。


「鏡面魔法も滅茶苦茶だと思ったが、闇魔術も何でもありかよ……」


 グレインが呆れたように呟く。


「さぁ、知ってる情報をすべて話してもらうよ。あなたに拒否権はないんだ」


「ぐっ……うぅぅ……」


 左足を失ったリックは、その痛みを堪えている所為なのか、獣のような目でトーラスを睨みつけている。


「あぁそうか、喋りやすいようにしてやろう」


 トーラスは再び闇空間の入口を生み出し、そこから現れた『左足がついていた場所』に黒霧を纏わせる。


「血と痛みを吸収する魔法だ。これで喋れるよね?」


 リックは静かに頷き、口を開く。


「お、俺が……誘拐犯の取り纏めだ。それは間違いない。この任務が成功したら……闇ギルドの幹部を約束されていた。そこのガキが奥義を使えることをギルドに連絡したのも俺だ。これで全部だ。他に何かあるか?」


 溜息をつきながら、脂汗まみれのリックを見るトーラスに代わり、グレインが質問すべくリックの頭部の前に歩み出る。


「なぁ、ミゴールってのは何者なんだ?」


「ミゴール様か? 闇ギルドの最高戦力の一人であり、副総裁だ」


「そいつはどこにいて、どんな奴なんだ?」


「……知らん。ニビリムにいらっしゃる時は常に姿が違うからな。本人に会ったことはないし、居場所も……性別すらも分からん」


 これにはグレインだけではなく、トーラス達も驚いていた。


「じゃあ、ミゴールの正体は誰も知らないのか?」


「ミゴール様の正体を知っているとすれば、唯一、総裁のギリアム様ぐらいだろうな」


「よく今まで正体不明な奴の命令聞いてたもんだよな……。じゃあもう一つ、リーナスって男を知っているか?」


「リーナス……? どこかで聞いたような名だが、分からんな。新入りかも知れん」


「なんでも、王宮騎士団を撃退した部隊長さまらしいぞ」


「部隊長ということは、覚醒者だな」


「覚醒者……? なんだそりゃ──」


 突如、ハルナがグレインに飛びかかり、地面に倒れ伏すグレイン。

 グレインは何事かとハルナを見るが、ハルナは別の物を見ている。

 それは、眉間に深々と矢が突き刺さり、身動き一つしないリックの頭部であった。


「グレインさま……危なかったですっ」


 確かにハルナの助けがなければ、リックの眉間の矢は、彼の正面に立っていたグレインの延髄に刺さっていたに違いなかった。


「ハルナ、助かったよ」


「グレイン、済まない。外部からの干渉を遮断すべきだったよ。森だから油断してた」


 トーラスはそう言うと、矢の飛んできた方へと駆け出す。


「あ、あれは、ゴブリンですわっ!」


 セシルが指差す方向から、ゴブリンの群れが姿を表す。

 中でも一際体躯の大きなゴブリンが口を開く。


『リック……キサマハ、シャベリスギタ』


「しゃ、喋った!? ゴブリンは人語を理解できない筈ですわ!?」


 慌てるセシルの隣で、トーラスが冷静に言う。


「あの気配に魔力……恐らくミゴールが憑依してるんだ」


 

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