第083話 ジョーク
グレインの依頼でミスティをギルドの会議室に連れてきたナタリアとハルナを見て、グレインは首を傾げる。
ミスティがハルナの腕にべったりと抱きついているのだ。
「ハルナ、何があったんだ?」
「おね……ナタリアさんに檻の鍵を開けてもらったんですが、ミスティさんは『牢屋から出たくない』と言い出しまして」
ハルナは困った顔でグレインの質問に答える。
「それで、少しばかり『教育』を……。そうしたらこうなってしまいまして」
「お姉さまぁ……ハルナお姉さまぁ……。もっと厳しくしてくださいませぇ〜」
ハルナの隣でナタリアがドン引きしている。
「こいつホント気持ち悪いわねぇ……。ねぇミスティ、ハルナから離れなさいよっ!」
ナタリアはミスティをハルナから引き剥がそうとする。
「お姉さまとの睦み合いを邪魔すんなクソババア!」
「う、うぐっ……ぐ……」
ナタリアは涙が出そうになるのを必死で堪えている。
「トーラス、このミスティなんだが、しばらくの間預かってくれないか?」
「……構わないけど、それはどうしてかな?」
「ミスティと契約を交わした正体不明の魔族が、命を狙ってくるかも知れない。こいつをギルドに置いとくと……」
「えっ」
驚いたように声を上げるミスティ。
「……先日ミゴールが襲ってきた時の、二の舞になる事を恐れているんだね?」
グレインはナタリアの事を思い出したのか、暗い顔で静かに頷く。
「確かに、それなら僕も賛成だ。この世で最上の美貌を誇る女神と言っても過言ではないアウロラ様の儚い御命も心配だからね」
「「長いわ!」」
「トーラスさん、嬉しい! ありがとっ!」
そう言ってアウロラがトーラスに抱きつく。
「あああうあうあうあうあうあうあ……」
トーラスは慌てふためき、半ば放心状態になっている。
そこへ、アウロラの行動を見ていたナタリアが叫ぶ。
「ああっ! アーちゃん! 玉の輿! 抜け駆け! 裏切り者!」
そう叫びながらトーラスの元へと駆け出そうとするナタリアを、グレインが抱き寄せるように引き止める。
「とりあえず文章で喋れ。お前は動物か!」
「動物! 喋らない! あたし人間! 玉の輿!」
「あああうあうあうあうあ……」
「ナタリアもトーラスも……こいつらもうダメだな」
直後、取り乱している全員にグレインのゲンコツが落ちるのだった。
********************
全員が落ち着きを取り戻した後、トーラスがグレインに訊く。
「ねぇグレイン、その娘って犯罪者なんだよね? ……僕のところに匿わなくても、魔族に狙われる前にこっちで処刑……つまり、先に殺すっていう選択肢はないのかな?」
トーラスの言葉は、グレインの背筋に寒気が走るほど冷たいものだった。
「兄様……それ、本気?」
すかさずリリーがトーラスに詰め寄る。
「……いや、ただのジョークだよ。ブラックジョークってやつ」
「それは……違う。……冗談ではないし……笑えない」
リリーが冷たい視線をトーラスに送っている。
グレインは重たい空気を取り払うように咳払いを一つして、ミスティに問い掛ける。
「ミスティ、お前はどうしたい? 魔族に殺されるのを怯えながら待つか、それとも──」
「なっ、仲間にして下さい! 皆様と対等の立場でなくて構いません! むしろ奴隷にして下さい!」
食い気味に答えるミスティ。
彼女は自分が魔族に命を狙われるとは露程も思っておらず、グレインの説明で初めて自らの身に危険が差し迫っている事を察したのであった。
「とは言っても、このパーティも結構大所帯になってきててな……。ハルナ、セシル、リリーに……サブリナも入るんだったか。そうなると、俺を含めて既に五人だ」
グレインが指折り数えていると、ミスティの顔が青くなっていく。
「ど、奴隷は物ですからっ! 五人パーティと奴隷が一個というカウントでどうにかっ!」
ミスティはそう言って土下座を始める。
「お願いします! 今、こんなところで死ぬわけにはいかないんです!」
グレインは少し困っている。
「ミスティ、うちのパーティはこれから闇ギルドに喧嘩売りに行こうとしてるんだ。そんな状態でお前をうちのパーティに入れると、変な魔族からも狙われることになるだろ? そしたら俺達は……間違いなく壊滅する。リーダーとして、そんな判断はできないな……。そもそも、なんでそんなにしてまで冒険者やってるんだ? 他の仕事すりゃいいじゃないか」
「他の仕事、この娘にはできなかったのよね……」
土下座をしたまま動かないミスティの代わりに、ナタリアが口を挟む。
「前に言わなかったっけ? この娘は『お荷物』だって。冒険者への依頼って、たまになんでも屋みたいなの来るでしょ? そういうのばっかり受けるんだけど、悉く大失敗してるのよね。料理店の手伝いで店を全焼、山菜採りで落石起こす、羊の毛刈りで羊全頭逃がす、漁の手伝いで網を絡ませ、最後に漁船同士をぶつけて沈没……限りないわよ。この娘はお金がないから、それ全部、ぜーんぶギルドが損害賠償を肩代わりしてるのよ!」
一気にまくし立てたナタリアは、肩で息をしている。
「サランギルドが貧乏な理由の一つだよねー……」
アウロラが遠い目をして、溜息混じりに呟く。
「やっぱりミスティは皆の為にも殺した方が……」
トーラスがそう言い掛けるが、傍らのリリーに睨まれてすぐに口を噤む。
「ぐー……むにゃ……むにゃ……」
ミスティの方から変な音が聞こえる。
「ん?」
グレインは土下座したままのミスティを見ると、彼女は床に額をくっつけたままの状態で眠っていた。
「こいつ……ふざけてんのか」
グレインもそろそろ堪忍袋の緒が切れそうであったが、トーラスが声をかける。
「グレイン、気を付けてくれ! ……今のそいつはミスティじゃない。気配と、魂の色……オーラが変わったよ。ミゴールではなさそうだが、誰かに乗っ取られている感じだ」
その言葉を聞き、一同はミスティから距離を取る。
と、同時に、ミスティの身体が起き上がる。
「あぁーっ! いてて……ようやく起きられた……ってここ何処よ? ん? んん? そこにいらっしゃるのははサブリナ様!! サブリナ様ではございませんか!」
「お主は……その口調はもしかして………リッツか?」
「おぉ、分かりますか! 流石は我等の女王サブリナ様! このリッツ、朽ち果てる寸前だった魔族の身体を捨て、今はこのゴミクズと共生しております! サブリナ様……ところで周囲のダニどもはいかがなされたのですか?」
「こいつ、人間を見下しすぎだろ……」
「魔族は元々人間を見下す傾向があるが、リッツは特にそれが強かったからの……」
呆れたグレインに、サブリナがそう言いながら歩み寄る。
「サブリナ様! そんな塵芥と口をきいてはなりませんぞ!」
「リッツ! その無礼な口を閉ざすのじゃ! この方は……妾のフィアンセであるぞ。妾はこの方の第二夫人となることを心に決めたのじゃ」
「えっ」
あまりの驚きに、ミスティの身体を動かしているリッツはしばらく固まってしまうのだった。
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