第082話 握手してください

 グレイン達が訓練場で話をしていると、小屋からナタリアが出てくる。


「ほんっとにもう! なんなのよあいつ……」


 ナタリアは見るからに機嫌が悪いが、グレインは意を決して声を掛ける。


「な、なぁ、ナタリア……話があるんだ」


「んんっ! 何よ!」


 ナタリアはグレインを睨みつける。


「な、何でもない……よ」


 後ろでずっこける一同。


「まぁ、そんな目で睨まれたら妾でも怖いぞえ。……おー、怖っ」


 サブリナは大袈裟に身震いする仕草を見せる。


「グレインさま! 今言わなくてどうするんです! ビビっちゃだめですよっ!」


「そうですわ! 今こそ……その心に秘めた想いを伝える時ですわ!」


 両手の拳を握りしめ、グレインを応援するハルナとセシルだったが、明らかに方向性を間違えているようである。


「な、なに? グレイン、そんなに改まって。……なんかドキドキしちゃうわね……」


 ハルナとセシルの応援で何かを勘違いし、頬を赤くするナタリアに対し、グレインはヘレニアの神隠し騒動の顛末と、トーラスに連絡を取りたいこと、転移魔法で王都に行きたいことを相談する。


「あ……そうね……。そうよね、仕事の話よね。……トーラスには……連絡しとくわ……ぐずっ……ぐすん……」


 泣きべそをかき出すナタリアを見て、ハルナとセシルがグレインに怒る。


「グレインさま! 今のは酷すぎますよっ!」


「期待させてから落とすとは……最低の仕打ちですわね」


「グレインさん……殺す?」


 いつの間にかリリーまで話に参加している。


「えぇ……。俺は悪くないだろ……。とはいえ、なんか期待させたみたいで済まなかったな、ナタリア。……で、何を期待してたんだ?」


「……う、うわぁぁぁぁぁぁん……」


 ナタリアは泣きながらギルドの中へと駆け出して行ってしまった。


訓練場に残されたのは、グレインを白い目で見る三人の少女と、ケラケラと笑っている魔族の女だけであった。



********************


「──やぁ、久しぶりだね、グレイン。ちゃんと聞こえるかな?」


 グレイン達はギルドの会議室で、アウロラ、ナタリアと共に通信魔法でトーラスに連絡をしている。

 ナタリアは先ほどの訓練場での一件以来、ずっとむくれたままだ。


「あぁ、色々と情報が手に入ったんで共有しようと思ってな。それと……俺達を王都まで転送してほしいんだ」


「──分かったよ。……少しだけ待っててくれないか? 一度通信は切るよ。後でまた連絡するから」


 そういってトーラスとの通信魔法は切れてしまった。


「アーちゃん、切れたぞ」


「ちょっと待ってて、って言ってたからねー。そのうち連絡がくるんじゃないかなー?」


 アウロラがそう言った瞬間、会議室の壁に黒い渦が現れる。

 その場の全員が驚く中、渦の中からトーラスがやって来た。


「やぁ、正真正銘の久しぶり。……と言っても数日振りかな。魔法で話すよりも、直接来た方が話が早いと思ってね。それに……、屋敷だと誰が聞いてるか分からないし」


 そう言ってトーラスは指を鳴らすと、彼の後ろの壁に渦巻いていた靄が散り散りになって消滅する。


「あれからラミアの様子はどうだ? 挙動不審なところはないか?」


 トーラスが単身でやって来たことを確認してから、グレインが尋ねる。


「全く問題ないね。まるで憑き物が落ちたように、別人に生まれ変わったよ」


 あぁ、なるほど、とグレインは顎に手を当てて思い出す。


「そういえばパーティ結成当初のラミアは、いたって普通の人間だったな。あんなに性格は歪んでなかったぞ? 確か……ジョブを授かってから次第におかしくなっていったような印象があるな」


「……まぁ、ラミアにしか分からないような、色々な事情があったのかもしれないね」


 トーラスがその言葉を紡ぐ瞬間、ナタリアはトーラスの視線が一瞬、自分を向いたのを感じた。


「と、とりあえずグレイン、トーラスさんに事情を説明しなさいよ。……トーラスさん、今お茶をお出ししますからね。……アーちゃん、お茶」


 ナタリアはその動揺を紛らわすかのようにグレインに話を促し、アウロラにお茶を淹れて持ってくるように言いつける。


「はい、粗茶ですがー」


「ああああうあうろろらアウロラさんっ……!」


「いつもトーラスさんが飲んでらっしゃるお茶よりは、確実に、間違いなく、相当な安物ですけど、どうぞー」


「「「どこまで遜るんだ」」」


「それに、なんでギルマスがサブマスターに顎で使われてるんだよ……」


「さすが第一夫人、ギルドマスターすらも超越した存在であったか」


 呆れるグレインと、よく分からない関心をしているサブリナであったが、この言葉でトーラスがサブリナの存在に気付く。


「そういえば、そちらの方は初めてで……っ! その尻尾に翼は……魔族! 初めて見ました! 握手してください!」


「どっかの誰かと全く同じ反応じゃの……」


 サブリナはトーラスと握手しながら、グレインにジト目を向けている。

 グレインはサブリナから目を逸らしつつ、何かを思いついたように口を開く。


「あ、ナタリア、それにハルナも。済まないが、牢屋からミスティを連れてきてくれないか?」


「どうしてよ? ミスティがこの件に何か関係あるの?」


「いや、別件で、ちょっとトーラスにお願い事があってな」


 グレインの目的が分からない二人は、首を傾げながら会議室を出ていったのであった。

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