第084話 家みたいなもんだからな

「あ、あのサブリナ様が……愚かで下劣で狡猾で意地汚く、矮小な下等生物と婚姻なさるつもりだと……そう仰るのですか!?」


「あぁ……そうじゃな……。」


 リッツにそう答えたサブリナは、グレインの腕に抱きつくように寄り添う。

 しかしその身体が小刻みに震えている事にグレインは気が付く。


「なぁ、リッツ、と言ったか。……少し話がしたいんだが」


「チッ、虫けら風情が、俺に口をきくつもりかよ?」


「……あんたは、俺達全員殺すつもりなのか? それとも……その身体の持ち主、ミスティを道連れに自害するのか? どっちなんだ?」


 グレインはリッツに問い掛けるが、その内容にセシル達は戸惑いを見せる。


「グレインさん、この方はやはり……敵、ということですの?」


 セシルの問いに答えたのは、グレインではなかった。


「あぁそうだ、敵に決まってるじゃねぇか。 そもそもだ、貴様等下等生物と俺達を一緒の括りにするんじゃねぇよ!」


 リッツの言葉に、サブリナの表情が一層悲しげに歪むのをグレインは見逃さない。

 武器を構え、戦闘態勢をとる一同に対し、グレインは片手を突き出して制止する。


「待て、こいつはまだ敵じゃない。かといって……味方でもない、ってところだろうがな。……なぁリッツ、頼む。一旦事情を話してくれないか? 俺は、あんたと無闇に敵対したくないんだ。俺とあんた、どちらが死んでも……サブリナが悲しむのは変わらない。俺はそんな彼女を見たくないんだ」


 リッツはどきりとして、未だグレインに寄り添っているサブリナを見遣る。

 彼女は、リッツの目を見つめながら、静かに頷く。

 それはまるで、グレインの言う通りにして欲しいと懇願しているような眼であった。


「わ、分かった……。ただし妙な真似をしたら、こちらもそれなりの対処をさせてもらうからな」


 するとグレインは自らの剣を抜き、リッツの足元に放り投げる。


「あんたが危害を加えられそうになったと判断したら、いつでもこれで俺を叩き斬ってくれて構わない。……じゃあいくつか質問させてくれ。まず、何故ミスティの命を狙った? 彼女が死ねば、あんたがその身体を乗っ取れるのかと思ったが、そうでもないようだったしな」


 リッツは足元の剣を拾いながら、渋々といった感じで答える。


「……あぁ、この宿主が死ねば、俺も一緒に死ぬさ。……魔族が……下等な虫けらの身体に共生してまで生き延びてるなんて……。……そんな生き恥を晒すぐらいなら死んだ方がマシだろ!」


「でも、あんたには何か目的があったから、そこまでして生き延びようとしたんじゃないのか?」


「もう死ぬかも、って時に、脳裏に浮かんだサブリナ様が……どうしても忘れられなくてな。最後に一目だけでも会いたい……そう思ったら……な」


「なるほど……。惚れた女のために何としても生き延びたかった、と」


「てめぇっ! そう易々と『惚れた』なんて口にするなよ! 我らが女王陛下、サブリナ様だぞ!? 一介の侍従がそんな感情を持つなんて、到底許されることじゃないんだからな!」


 自らの想いを暴露されたことが恥ずかしかったのか、顔を赤くして騒ぎ立てるリッツ。

 グレインは上を指差しながらリッツに告げる。


「とりあえず、サブリナに会えてよかったじゃないか。じゃあ安心してさっさとあの世に行けよ」


「冷たいなおい」


「だってそうだろ? 堂々と身体を乗っ取っておいて、何が『シェアハウス』だ? ミスティにどれだけ迷惑を掛けたか分かってないのか?」


「魂にとって、身体は家みたいなもんだからな。言い得て妙だろ?」


 リッツはケッケッケと笑う。


「そういう事を言ってるんじゃない! とりあえず……ミスティに謝ってもらおうか」


「この俺に、虫けらごときに謝れと言うのか!? サブリナ様の顔を立てて言う事を聞いていれば調子に乗りやがって……!」


「リッツ! もういい加減にせんか!! まず、妾は正式な女王ではないぞえ? 正式に王座を引き継ぐ前に家族が皆死んでしまっただけじゃ! それに、ダーリンが言っていることは至極真っ当な理屈じゃ。お主の考え一つでミスティ殿の一生が歪められて良い理由なぞ、あるわけがなかろう!」


「ぐっ……。……サブ……リナ……様……。……そもそも、謝るって言ったって、俺がこうして表に出てこられるのは、宿主が寝ている間だけなんだから……無理だろ」


 悔しそうに唇を噛み締めるリッツを横目に、グレインはニヤリと笑ってアウロラの方に振り返る。


「今の世の中、便利な水晶があってな」


 その言葉で、アウロラははっとして懐から水晶を取り出す。

 ナタリアはそれに驚いたようで、アウロラに聞く。


「アーちゃん、もしかして……それいつも持ち歩いてんの……?」


「いつ何どき、決定的瞬間が訪れるか分からないからねー。あ、さすがにお風呂のときだけは持ってないけどね。……あ、閃いた! 今度、公衆浴場にこれ持っていって中の様子を記録すれば、凄い値段で売れるんじゃ──」


「あんたそれ犯罪よ! この罪人ギルマス!」


 ナタリアがアウロラの頭を叩いている。


「でも、サランのギルドがあまりにも貧乏だから……」


「やっていい事と悪い事があるわっ!」


「なぁそこの芸人コンビ、とりあえず映像記録をお願いするぞ?」


「一億ルピアまでなら出せるかも──」


 トーラスがそう呟いた瞬間、リリーのナイフがトーラスの首筋に突きつけられたのであった。



********************


「なっ、何これぇ~!」


 目覚めたミスティが見せられたものは、自分の身体が知らない何者かに操られ、自分に対して土下座して謝る自分自身の姿であった。


「面白い! ミスティちゃんがミスティちゃんに土下座して謝ってるって、めっちゃウケるんですけど! ……でも……そっか……。あの魔族さんは結局あのまま亡くなって、魂だけミスティちゃんの中に潜んでいたのだね~。……ん? もしかして……」


 ミスティは突如魔力を集中させ、自分の目の前に片手を差し出す。

 すると彼女の目の前の空間に、魔力で輝く板が現れる。


「ありとあらゆる魔法に適性が無かったヒーラー魔法使いのミスティちゃんが、唯一使える属性の魔法……『鏡面反射ミラー・リフレクション』」


 ミスティの目の前の板は、鏡となり、ミスティの姿を映し出す。

 しかし、鏡の中にいる鏡像のミスティは、現実のミスティと異なる動きをしている。


「なんだ? これは?」


 グレインは初めて見る魔法に驚くが、トーラスは冷静に説明する。


「これは……鏡面魔法だね。存在だけは話に聞いたことはあるけど、使い手は初めて見たよ」


「魔族さん、こんにちは! こうやってお話しするのは、あの日以来だね」


「こ、これは……こんなこと出来んのかよ。あ、……本当に、申し訳ございませんでしたぁっ!」


 ミスティと向かい合う鏡の中のミスティが、再びミスティに土下座している。

 その様子を嬉々として水晶に記録しているアウロラ。


「この珍しい鏡属性魔法と、自分が自分に謝ってる面白映像水晶、いくらで売れるかなー……」


 この時、アウロラの背後から、顔を引き攣らせたナタリアが忍び寄っていたのだが、皆それを見て見ぬ振りをするのであった。


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