第073話 家宅捜索
「リリー、いつも嫌な役ばかり押しつけて済まないな……。セシル、ハルナ、死体の処理は俺達でやろう」
そう言ってグレインはアジトの家に入る。
「妾も手伝うぞ。たかが人間族の死体なら見飽きておるわ」
涼しい顔でサブリナがグレイン達についてくる。
「一階に……女が一人、……二階に残り……」
「なるほど、じゃあ一階からやろうか」
そう言って、グレインは物音を立てないよう、慎重に一階の寝室へと向かう。
「……グレイン殿、そんなに恐る恐る歩く意味があるのかの?」
「そうですよ。相手は全員死んでるんですからっ! 明かりもつけましょう」
そう言ってハルナは、家に備え付けのランプに次々と火を灯していく。
「あぁ、すまん。なんか忍び込んでいる感じがしてな。……これは正式に村長から依頼を受けた『家宅捜索』だったな」
「……グレインさま、『町長』ですっ」
ハルナの人差し指がグレインの脇腹に刺さる。
「もうどっちでもいいだろ……。町長の奥さんだって散々『村』って言ってたぞ? あの人達には、そういう国の制度なんてどうだっていいんだよ。大切な……この場所が守れれば」
グレインは両手を広げて大仰にそう言った。
「気障ったらしいセリフで誤魔化しましたわね……。まぁ、わたくしもどちらでも良いのですけど」
特にメンバーの反応はなく、セシルが冷静にそう告げただけだった。
「うぅ……最近みんなが俺に冷たい気がする」
「お主の発言が寒いんじゃろうて」
サブリナの反応でさえも冷たいものだった。
「では、開けますわね」
セシルが寝室のドアを開けると、薄暗い中でも分かるほど、鮮明な血飛沫が壁に散っていた。
「これは……結構悲惨な感じですね」
「見慣れてるとはいえ、あまり良い気分はせぬものじゃのう……」
ハルナとサブリナは、寝室の惨状に一瞬部屋へ踏み込むのを躊躇うが、グレインとセシルは血飛沫の発生源であるベッドへ向かう。
「よし、じゃあロープで縛ろう……っ!」
グレインはベッドの死体を見て動きを止める。
「グレインさん、どうかされたのですか?」
「……ハルナ……ランタンに明かりをつけて持ってきてくれるか?」
ハルナは慌ててランタンを持ってくる。
「グレインさま、どうぞ」
グレインはその明かりで死体の顔を照らすと、溜息をつく。
「この死体は一旦このままにしておいてくれ。先に二階を見に行きたい」
一同は話が見えないまま、グレインの言う通りに二階へと移動する。
二階の死体は、階段を上ってすぐの寝室にあった。
グレインはランタンを持って部屋に飛び込むと、何事か溜息を吐きながら部屋から戻って来る。
「やっぱりか……」
その様子を見ていたサブリナがグレインに問う。
「知り合いか?」
グレインは一瞬戸惑うも、首を小さく縦に振る。
「あぁ……。『緑風の漣』っていう、俺が前に所属していたパーティのメンバーだ」
「えぇっ! グレインさま……」
途端にハルナはグレインの心境を慮ったのか、沈痛な面持ちになる。
「ただし、リーダーだけはいないけどな。一階にいたのは女騎士のアイシャで、二階にはヒーラーのセフィストと、もう一人は知らない男だ。つまり、戦士でパーティのリーダーだったリーナスがいない。……全員……用心しておいてくれ」
グレインはそう言って、深い吐息を漏らす。
「グレインさま、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫……だ」
疲れた様子のグレインに寄り添うハルナ。
「今のグレインさまの仲間は私達なんですからねっ! 前の仲間の死に姿を見たからって、同情なんかしちゃ駄目ですよ? ……あの日の事をお忘れですか?」
ハルナはそっと、グレインの頬に手を添える。
「私達を見て下さい。……そして、今やるべき事を、考えてください。そうすれば、私達はあなたの手足に成り代わって、あなたの考えの通りに動きます」
いつになく真剣に、グレインの瞳を真っ直ぐに見つめるハルナ。
グレインが暫しの間見惚れてしまうほど、彼女は美しかった。
「この二人、デキておるのかの?」
二人の様子を見ていたサブリナが、セシルに小声で尋ねる。
「いえ、グレインさんの仮の婚約者の義理の妹がハルナさんらしいですわ」
「何じゃその、仮とか義理とか……。要するに、この二人が結ばれる可能性もあるって事じゃな? くふふっ……」
サブリナは楽しそうに口元を歪める。
「えぇ……まぁ……。ただしその仮の婚約者が、滅茶苦茶怖いですわよ……。わたくし指導を受けて……あの方の近くに寄ると手が震えるようになってしまいましたわ」
「気にすることはない、グレイン殿が全員囲ってしまえばいいのじゃ! この『縁結びのサブリナ』と呼ばれた妾の、本領を発揮する時が来たようじゃな!」
「……サブリナさんご自身には、ご縁はあったのですか?」
「うぅ……それだけは言わないでおくれ……」
セシルの素朴な疑問によって大ダメージを負うサブリナであった。
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