第072話 恩人
「じゃあサブリナ、悪いが誘拐犯を取り押さえるまで、俺達と一緒に来てくれないか?」
グレインは少し申し訳なさそうに、サブリナに告げた。
「何を言っておるのじゃ! 妾は王都に連れて行かれた者達を助け出すまで、共に戦うぞえ」
サブリナは威勢よく言い放つ。
「でもサブリナさん……戦うと言っても『武力がない』と仰ってたじゃないですかっ」
ハルナの言葉にサブリナは微笑み、軽く目を閉じて左右に首を振る。
「妾一人では戦えぬ、というだけじゃ。お主達が戦ってくれれば、妾はその後方支援をしようぞ」
「「「「まさか……」」」」
「妾はヒーラーじゃからな」
「「「「やっぱり!」」」」
「魔族の存亡の危機に、妾は同胞達と共にパーティを組んで、モンスターや他種族を相手に戦ってきたのじゃが、飢饉なども重なり、その同胞達が次々と斃れ……終には魔族の生き残りは妾だけとなってしもうたのじゃ。そして妾は決心した。枯れた魔族の土地を捨て、人間族の領域に落ち延びているかも知れん同胞を探す旅に出たのじゃ」
「で、ヘレニアまで来て空腹で倒れたと」
腕組みをしてサブリナの話を聞いていたグレインは、意地悪い顔で話に割り込む。
「ぐむむ……ええい、うるさいわ! この町に来たのは何年前じゃったか……。まだその頃は出来たての農村といった感じであったが、長閑で本当に良い町じゃった。子どもたちも元気で、妾を恐れることなく一緒に遊んでおったものよ」
その時、『あぁ!』と町長夫人が声を上げた。
「一昨年、ボウイさんのところのミクルちゃん、あの子が村の外に出ていって迷子になって、村人総出で探したけど見つからなかった事あったでしょう?」
ドノバンもはっとした表情で、夫人を見る。
「そう言えばあったな! ミクルちゃんが五つの頃だったか? あれは本当にボウイさんも奥さんも気の毒で気の毒で……。でも、三日後にひょっこりと戻ってきたんだよな」
「えぇ、確か早朝に、誰かがボウイさんの家のドアを激しくノックして……ボウイさんが出たらミクルちゃんだけがドアの前にいたっていう……」
夫人は既に泣きそうな顔で、サブリナを見ながら話を続ける。
「ミクルちゃんはね、『迷子になって、森で怪我して動けなくて泣いてたら、お姉ちゃんがやってきて治してくれた』って言ってたのよ。あのドアのノックも、ボウイさんが『ミクルじゃあんなに激しくノック出来ない』って言ってたわ。……その時のお姉ちゃんって……あなたなのね?」
「さ、さぁ? 妾はそんな些細な事なぞ覚えておらんわ」
斜め上を見ながらそっぽを向こうとするサブリナの両手を、夫人は正面から握りしめ、
「貴女は私達の……いえ、この町、村の恩人だわ……。ずっと見守ってくれていたのね。ありがとうねぇ」
そう言って夫人は堪え切れずに涙を流す。
「わっ、妾は……この町の子どもが好きだった故、ここに留まっておっただけじゃ。……だからこそ、誘拐犯を許せぬのじゃ。ミクルもガッタもレミィもレイクも……みんな妾の目の前で……」
そう言って、サブリナも涙を流す。
これでは話が一向に進まないので、グレインはサブリナに問い掛ける。
「なんで王都にいるって分かったんだ? 尾行したのか?」
サブリナは涙を拭いながら答える。
「いや、実行犯がそう言うておったのじゃ。実際にどうやって運んでいるのかは妾にも分からなかったが……。まぁ、転移魔法でも使えば一瞬じゃろうし」
その言葉を聞いて、グレインはリリーを見る。
「まさか……兄様! 幼女好きが高じて……そんな事まで」
「いや待てリリー、転移魔法を使える人なんて、トーラス一人じゃないだろ? 子どもの運搬手段が転移魔法と決まった訳でもないし」
「次に会ったら……殺す……」
誰ともなく、殺気を放つリリー。
「……とりあえずほっとこうか。じゃあ誘拐犯をとっちめに行こうぜ。サブリナ、言い忘れてたが俺達のパーティ、俺以外全員ヒーラーだからな? そして俺は、ヒーラー強化しか出来ない無職だ」
これにはサブリナも驚いたようだった。
「なっ、何じゃと!? 全員ヒーラーなどと……そんなパーティ聞いたこともないわ!」
「それでも……協力してくれるか?」
グレインはそう言うと、静かに右手を差し出す。
「お主の仲間になれば、妾の能力も強化されるのかの? ……まぁそれは追々分かることじゃな。よろしく頼むぞ」
固く握手を交わす二人。
それを見て呟くセシル。
「グレインさん……この町ではわたくしがリーダーなのでは……」
「あっ、忘れてた!」
既に深夜という時間帯にも関わらず、一同は、ドノバン達まで含めて大声で笑い出すのであった。
********************
「この家……なのか?」
グレイン達は、サブリナの案内で誘拐犯のアジトまでやって来ていた。
そこは町外れにある小さな一軒家である。
「下手人は三人組。男二人に女が一人じゃ」
「室内じゃこっちが不利だ。できれば外で戦いたいんだが、どうやって誘い出すかな」
グレインが考えを巡らせていると、リリーが声を掛ける。
「私が……囮になる」
確かにリリーは誘拐された子ども達と一番年齢が近いが、トーラスから『頼む』と言われている妹を囮に使っていいものか、グレインは答えあぐねていた。
「私が囮になって……忍び込んで……」
「「「「ん?」」」」
「全員殺してくるから」
「「「「それ囮じゃない」」」」
「相手の戦力が分からないのに大丈夫なのか?」
「寝首を掻くだけ……問題ない」
「その後のことも……考えているのか?」
リリーは小さく頷く。
「ま、待て、殺してしまっては──」
事情を知らないサブリナの言葉が終わらないうちに、リリーは高速移動でその姿を消す。
リリーが忍び込んでいる間にグレインは、サブリナにリリーの能力を説明する。
「蘇生じゃと……? そんなことが可能なのか」
「でも……魔力と体力消費……激しい」
「きゃああああっ! ……お、驚かすでない」
背後からリリーに声を掛けられ、悲鳴を上げるサブリナ。
「婆ちゃんでも悲鳴は若いんだな」
グレインがふざけて言った言葉に、サブリナは怒り出す。
「こらぁっ! 誰が……誰が婆ちゃんじゃ! 妾はまだ二十五じゃぞ」
「「「えぇぇぇぇ!!」」」
あまりの衝撃に唖然とする一同。
「俺達と大差ない……。さっきの話と計算合わないんじゃないか?」
「魔族の存亡をかけた戦いは二十数年前じゃった。ヘレニアにやってきたのが十五年ほど前じゃったかの」
「人生経験半端ないっすね、先輩」
グレインはただただ呆れる。
「二十年前としても、五歳から戦線に立っていたとは……わたくし達には到底できっこない話ですわね」
そう言ったセシルやハルナも驚いた様子であったが、傍らの少女だけはもじもじしていた。
「あの……全員……殺したよ……?」
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