第059話 破綻

「そういえばグレインさま、依頼の詳細内容は読まれましたか?」


 とっぷりと日も落ちて、あたりが暗い中、手にランタンを持っているグレインを先頭に、『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』一行はサランの町から西へ続く街道を進んでいた。


「いや、見てないぞ? あぁ、タイトルと目的地を読んだぐらいかな」


「グレインさま、またですか? 推奨ランクとかも全部無視したんです? もう……とりあえず、依頼書を渡してくださいますか」


「ほい、全部で四枚。……なんか、済まないな。どうも依頼詳細とか文字が多い部分は読み飛ばす癖が付いててなぁ」


 文字読まないとか子どもですか、と頬を膨らませているハルナに四通の依頼書を手渡したグレインは、再びランタンを手に歩き出す。


「うーん……暗くてよく見えないですねぇ」


 ハルナは目を凝らして依頼書とにらめっこしているが、グレインの持つランタンの明かりが無ければ、あとは月明りぐらいしか頼るものがない。


「ハルナさん、どうぞ」


 そう言ってセシルは、自らの人差し指の先に、先ほどグレインに撃ち込んだものと同程度のヒールを浮かべる。


「わぁ、すごいっ! これなら読めますぅ! セシルちゃん、ありがとっ! ええと、……うーん……」


 依頼書を見てハルナは唸り声をあげる。


「ハルナさん、どうされたのです?」


「セシルちゃん……実は推奨ランクがね……」


 そう言ってハルナは顔を上げ、隊列の先頭を歩いているグレインを見る。


「グレインさま、推奨ランクなんですが、幽霊がDランク、盗賊団と三日月ダケがCランク、神隠しがBランクですよっ! 私達のような、Dランクになりたてのパーティが同時に受注していいレベルではなさそうなんですが」


「盗賊団は倒せばいいだけだろ? 幽霊なんて実在しないだろうし、キノコは摘むだけ。神隠しだけは厄介そうだが……なんで全体的にランク高いんだ?」


「「「だから受注前に見て」」」


 全員にジト目を向けられるグレインであった。


「はぁ……。えぇと、まず盗賊団は……竜巻盗賊団という名前らしいです。冒険者崩れのごろつき達が集まった集団らしく、これまで数々の有力な冒険者パーティが討伐に出て失敗したとか。……えっ、討伐失敗のパーティにはBランクパーティも含まれてますよっ!」


「ま、まぁ冒険者はランクじゃ一概に実力を測れないからな」


「……だとしたら何のためのランクですの? わたくし達冒険者の実力を測る物差しとしてのランクなのでは……?」


「げふぉげぇーっほ、うほん……ハルナ、キノコはなんでランク高いんだ?」


 セシルの指摘を受けて、グレインは突如大袈裟に咳込み、ハルナに話の続きを急かすのだった。


「はい、三日月ダケの依頼は、生息地域の周辺が、先ほどの話にあった竜巻盗賊団が出没するから難易度が高いんだそうです。キノコ採りに行った人は、毎回盗賊団に身ぐるみ剥がされて帰ってくるんだとかで」


「そんなキノコ諦めりゃいいのにな」


「三日月ダケは独特の香りと強烈な塩味があるそうで、ハマる人はとことんハマるらしいですわ。……前に所属していたパーティで、人生が崩壊しそうなほど三日月ダケにハマっていた人を見たことがありますもの。稼ぎのほとんどをあのキノコにつぎ込んで、毎日のように食べていましたわ」


「たかがキノコにそこまでハマるのか……」


「本当に、人間の食欲というのは恐ろしいものですわ……」


「そうだな……食いしん坊か……」


 その時、自然と全員の目が、ゆっくりとハルナの方を向くが、それに気づいたハルナは慌てて依頼書の続きを読む。


「え? ……えーっと、他の依頼も見てみますねっ! 幽霊がDランクなのは『いないかも知れないからこんなもん』、神隠しのBランクは『神と名の付くものに人間が抗えるはずがないから、最低限Bランクぐらいからじゃね?』ってことみたいです」


「「「最後適当か」」」


「まぁ、実際問題、推奨ランクが分かったからって計画を変えるつもりは微塵もないんだけどな」


 セシルが少し考えを巡らせてから、一つの提案をする。


「でもグレインさん、竜巻盗賊団が物凄く手強いのであれば、一旦北の森周辺を飛ばして、先に東の町ヘレニアに向かい、装備を整えてから北の森へ向かうのが良いかと思いますわ」


「なるほどな。確かに、セシルのプランの方が理にかなっているかもな。……よし、計画変更しよう! 墓場、ヘレニア、装備、竜巻、キノコの順で回ろうか。ちょっとだけ遠回りになっちゃうけどな」


「賛成ですわ」


「賛成ですっ!」


「メンバーの意見で計画を変更する……いい判断」


 グレインの計画変更は、パーティメンバー達にもすんなりと受け入れられたようだ。


「みんな、とりあえず最初に墓場に行って幽霊の調査をするのは確定なんだし、まずはそれに集中しような。そろそろ……墓場が見えてくるぞ」


 サラン近郊の共同墓地は、その名の通りサランだけではなく、周辺の町や村の住民も利用する墓地であった。

 その墓地が目の前に近付いてくるに従って、グレイン達は違和感を覚える。


「もうこんな暗くなってるのに、ちょっと墓参客多くないか?」


「確かに松明がたくさん蠢いてますね……」


 グレイン達から見える墓地は、まだぼんやりとそれらしき場所が見える程度であったが、そこにふわふわと動いている松明の明かりについては例外である。


「あ……、あわ……あわわわ」


 セシルが唇をわなわなと震わせている。


「どうした? セシル」


「ああああの松明、誰も持っていないですわ」


「……何だって!?」


 グレイン達もよく目を凝らして見ると、確かに松明の明かりの下に人影らしいものは見当たらない。


「セシル、落ち着け。確かに人の姿は見えないが、松明の動きを見ていると、歩様に合わせて上下しているから、誰かが持って歩いているのは確実だ。……もう少し近付いてみよう」


 そう言ってグレインはランタンの火を吹き消す。

 仮に敵だった場合、ランタンを目印に奇襲を掛けられる恐れもあるためだ。


 ランタンを消したグレイン達は、墓地の近くの茂みまで移動してそこに身を隠す。

 すると目の前をちょうど松明を持った男が通過する。

 彼は覆面から手袋に至るまで、全身黒ずくめの服装をしていた。


「(これが人影の見えないからくりだな)」


「そうだよ。さぁ、両手を上げて立て、不審者ども」


 グレインが小声でハルナ達に話し掛けると、後ろから知らない女の声がする。

 グレインが慌てて振り返ると、黒ずくめの服装をした女がハルナの首筋に槍の穂先を突き付けている。


「おーっと、変な事するとこの嬢ちゃんの命がないよ?」


「はわわわ……」


 ハルナがいかに強力な自己治癒を持っているとしても、首などに致命傷を負った場合は生命の保障がない。

 そのためグレイン達は、仕方なく両手を上げて立ち上がり、降参といった感じで口を開く。


「まさか松明を持ってない奴が紛れていたとはな。松明が陽動になって気付かなかったよ」


 立ち上がったハルナに、相変わらず槍を突きつけている女が鼻で笑う。


「そうさ。アタイ達『竜巻盗賊団』を舐めんじゃないよ」


「「「「えっ」」」」


 まだ遭遇する予定の無かった盗賊団との遭遇により、グレインの立てた計画は完全に破綻したのであった。


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