第060話 いざという時、今がその時

「(ぐ、グレインさん、これって非常にまずい気がしますわ)」


 ハルナを人質に取られ、手を上げて茂みから立ち上がったグレイン達は、駆けつけた盗賊団の仲間たちに取り囲まれた状態で墓地の中を連行されている。

 人質のハルナだけはグレイン達のさらに後ろから、その首筋に剣を突きつけられ、後ろ手に縛られた状態で歩かされている。


「(あぁ、相当ピンチだよな……)」


 グレインは、泣きそうな顔で話し掛けてきたセシルにそう答える。


「おい貴様等、余計な話をするな!」


 その発言が聞き取られたのか、グレイン達を取り囲んでいる男の一人が、剣の柄でグレインの頭を打つ。


「があっ!」


 グレインは頭に受けた衝撃で地面に叩きつけられ、額から血が流れるが、周りの男たちに促されるまま、黙って歩を進める。


「グレインさ──ひっ!」


「おっと、嬢ちゃん、次に何か叫んだらその頭が胴体から離れちまうぜ?」


 グレインが殴られる瞬間を見て思わず叫んだハルナの首筋には、男の持つ剣が薄っすらと傷をつけており、その月明かりに照らされた白い肌に血が滲み出ていくのが見える。

 一同は無言のまま、墓地の中央までやって来た。


「さて、着いたぞ。ここに座れ」


 グレインはゆっくりと地面に腰を下ろす。

 次いで、セシルも座るが、恐怖のあまりグレインの背中にしがみつくような体勢になってしまっている。

 さらにセシルの後ろにぴったりくっつくようにリリーが座る。


「よし……。リーダー! 侵入者を連れてきました!」


 グレインを殴りつけた男がそう叫ぶと、その声に応えるように、墓場の木陰から二人の、やはり全身黒ずくめの男が姿を表す。

 一人の男は槍を持ち、もう一方の男は剣を帯びていた。


「「「リーダーが二人もいる」」」


 グレイン達を取り囲んでいた男達は、相変わらず少し遠巻きに包囲を続けているが、さらにその外側には人の気配が全くしないため、今ここでグレイン達を取り囲んでいる者達が、竜巻盗賊団の総員であると思われた。

 リーダーの周囲と、包囲している者達の数人だけが松明を持っているため墓地は薄暗いのであるが、グレインがなんとか目を凝らして数えると、リーダーという二人の人物を含めても、総勢十人に満たないほどの小さな盗賊団のようだ。


 グレインはリーダーの男達に質問する。


「なぁ、あんた達二人居るけど、どっちがリーダーなんだ? どっちの方が偉いんだ?」


 槍を持ったリーダーが答える。


「俺がリーダーだ」


 すぐさま剣を持ったリーダーも答える。


「俺もリーダーだ」


「「二人揃って、リーダーだ」」


「(あー……、こいつら馬鹿だ)」


 グレインは小声で呆れるしかなかった。


「さて……お前達には、俺達をここで見たことは忘れてもらわなきゃいけないんだが、忘れると約束してくれるか? 刃向かうなら全員死んでもらうし、忘れてくれるというなら命だけは保証しよう。まぁ、命を保証すると言っても、特製の秘薬と少しの魔法で廃人同然にして、異国に奴隷として売っ払うがな」


 槍の男がそう言うと、もう一方の剣を持つ男の前にハルナが連れてこられる。


「ハルナ!」


 グレイン達は武器を持って立ち上がるが、すかさず男は腰の剣を抜き、ハルナの首筋に刃を当て、グレイン達の前に押し出す。


「動くな! さっさと武器を捨てろ! この女がどうなっても良いのか?」


「(ハルナさん……!)」


 セシルはグレインの背中に顔を埋めて涙を流しているが、グレインとリリーは冷静だった。


「みんな……戦うぞ……。ハルナ一人の命の為に、武装放棄なんてしてたまるか」


 それはセシルにとっては信じられない言葉だった。

 あのグレインがそんな事を言うはずは無いと、彼女は目を丸くしてグレインを見るが、グレインは続ける。


「ちょうどいい、ハルナには食費ばっかり掛かっていてな。アクシデントって事で厄介払いしちまおう。みんな! 『いざという時』の話をしただろう? 『今がその時』だ。……リリー、『殺れ』」


 グレインがそう言うと同時に、リリーがナイフを連続で投げ、ハルナの胸に突き刺さる。

 その数、三本。


「かっ……はっ……ごぶ……」


 ハルナは、盗賊団のリーダーの眼前で胸に大量のナイフを刺され、口から血泡を吹いてその場で崩れるように倒れる。


「あ? な、仲間じゃねぇのか!?」


リーダー二人の傍に控えていた男がハルナに駆け寄る。


「ダメです……もう、死んでま──げぇぅ」


 ハルナに近付いた男の首筋を、音もなく近付いたリリーが、一本だけ手元に残していたナイフで切り裂く。

 同時に、ハルナの死体からナイフを二本引き抜き、二人のリーダー達に一本ずつ投擲し、三本目のナイフを引き抜き、そのまま空いている左手に持つ。

 ハルナの死に動揺していたのか単に反応できなかったのか、盗賊団のリーダー達はナイフへの反応が遅れ、鎧の上からそれぞれ胸部にナイフが突き刺さる。


「ぐはぁぁぁっ! くっ、てめえら、囲んでやっちまえ!」


 胸に刺さってはいるものの、鎧を貫通しているためナイフは致命傷に成り得なかったようで、槍のリーダーが全員に命令を出す。

 それを受けてグレインもパーティメンバーに叫ぶ。


「こっちも戦うぞ! ハルナの弔い合戦だ! こいつらに無惨に奪われたハルナの命、無駄にしてたまるか!」


「「待てよ! 殺したのはお前だろ!?」」


 グレインの理不尽な言いがかりに抗議する、盗賊団のリーダー二人組であった。


「今だ、あれを頼む」


 グレインは背中の少女に短く声を掛け、彼女を守るべく剣を構える。

 グレインの背中から静かに離れたセシルは、周囲からこちらに駆け寄る男達に向けて、非常に小さなヒールの光粒を両掌から大量に生み出し、粉でも振りかけるように放っていく。

 その光粒は、大して強くもない風に乗って、ふんわりと周囲の空間に広がっていく。

 剣を抜き、セシルに切りかからんとする男が一人、その空間に入った瞬間、体表が幾度となく破裂を繰り返し、その身体中から大量の血液を吹き出したまま力なく頽れた。


「『小粒治癒マイクロ・ヒール』……ですわ」


「な、な、なっ! あの女はセシルじゃないか!」


 その声と姿でセシルを認識して慄いているのは、剣のリーダーであった。


「何故……わたくしの名を!?」


 セシルは覆面の男達に、突然自分の名前を呼ばれてぽかんとする。


「まずいぞ! 敵には『悪魔の巫女』がいる! 慎重にかかれ!」


 リーダーは周りの者達に改めて注意するが、その声を聞き、セシルははっとして剣のリーダーを見る。


「…………もしかしてその声……セインさん?」


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