第058話 滅多にない貴重な体験
「そうだ、この依頼のついでにみんなの武器を調達しよう」
依頼の受注後、サランの町を歩きながら旅程の確認をしている最中に、突如グレインが提案する。
「リリーはひと揃いの装備は持っているけど、俺とハルナはギルドの装備品だけだ。ハルナにはそもそも魔法剣用の剣が必要だろうし、セシルもステッキぐらい持ってた方が格好が付くだろ?」
「グレインさん、ステッキ……つまり魔法の杖は集中力を高めて、魔力の制御力を上げる効果があるのですわ。決して格好が重要ではありませんのよ?」
セシルはやれやれといった感じで肩を竦めている。
「じゃあ、そこら辺に落ちてる木の枝でもいいのか?」
ほらよ、とグレインは目の前に偶然落ちていた枝切れをセシルに手渡す。
「無いよりはマシかも知れませんが、……格好悪い……ですわ」
セシルはその枝を持ち、手の中でくるりと一回転させたあと、再び道端に投げ捨てるが、自らの発言が自己矛盾している事に気が付き、しまったという顔をするセシルに、勝ち誇るグレイン。
「だろだろ? ほーら見ろ、やっぱりセシルもそれなりに格好良い武器の方がいいだろ? ふふふん」
セシルはグレインの態度に少しだけイラッときたのか、右手の人差し指から極小サイズのヒールをグレインに向かって飛ばす。
それは小指の爪ほどの小さな光球であり、グレインも気が付いていないほどであったが、光球がグレインの足に触れると、彼の肉体が弾け飛び、拳大の穴が穿たれる。
「あがぁぁぁぁぁっっ!」
「ヒッ!」
セシルは、自らの軽はずみな行為がグレインに与えた被害の大きさを見て、驚き青ざめる。
「グレインさま、今治療しますっ」
ハルナは慌てて治癒剣術の矢を突き刺す。
セシルがヒールを飛ばした部分から、一部始終を見ていたリリーは何も言葉を発さず、ただ狼狽えて泣きそうになっているセシルを無表情で見ている。
「今のは……セシルのヒールなのか……?」
グレインが彼女の名を呼ぶと、それを呼び水にセシルの目からは涙が流れ出す。
「グレインさん、申し訳ありません! わたくし、また仲間を傷付けてしまいました! かくなる上は、このパーティを脱退させていただきたく存じます」
「いや、早まるなって! それはもう治してもらったから別に構わないぞ。 そもそもだ、これぐらいでガタガタ言ってたら、リリーが『いざという時』に躊躇うんじゃないか? 俺達はリリーに殺されても構わないと宣言したんだ。つまりそれは、セシルに魔法で手足を吹き飛ばされても構わないってこととほとんど同じ意味だろ?」
リリーは、セシルだけではなく自分も気遣ってくれているグレインの優しい言葉に微笑む。
「それはまぁ……そうですわね……。でも、ごめんなさい!」
セシルはグレインに頭を下げて謝っているが、グレインはその頭をポンポンと軽く撫でている。
「大丈夫だ。追い追い慣れていけばいいさ。たかが冗談で手足を吹き飛ばされたり、殺されるパーティに所属できるなんて、滅多にない貴重な体験だと思うぞ?」
「それはそれで……嫌ですわ……ふふっ」
冗談か本気か分からないグレインの言葉に、思わず笑みをこぼすセシル。
「それよりもだ、セシル。今の魔法は使えるな! 俺は全然気が付かなかったぞ? あれを大量に出したり、もっと一つ一つを細かくしたりできるか?」
「グレインさんに強化していただく前提で……あとはステッキがあれば出来そうですわね」
「よし、今回の依頼中のセシルの課題は決まったな。ステッキの入手と……新魔法の開発だ!」
歩きながら右手でセシルの左手を握り、高々と掲げるグレイン。
「私は魔法剣の入手ですっ!」
ハルナが同じように握り拳を天に掲げて続く。
「……私は……もしかして……いやまさか……」
リリーの不安を打ち消すように、グレインが答える。
「俺達を躊躇なく殺せるように訓練するのと、俺達もすんなり殺されるようになる訓練かな」
「「「えぇぇぇ!?」」」
これには流石にリリー以外のメンバーも異を唱える。
「いや、敵の意表を突くために、絶対必要になる場面があると思うぞ!? まぁ、無くても訓練だ。そもそも、一回死んだら終わりの世の中で何度も死ねる機会なんて、滅多にない貴重な体験だと思うぞ?」
「「「さっきも似たような話聞いた」」」
********************
そうこうしているうちに、一行はサランの西門へ着く。
時刻はもう夕暮れ時になっていた。
「じゃあ最終確認だ。このまま俺達は西門からまっすぐ西へ進み、墓地へ向かう。恐らく着く頃には真っ暗になっているはずだから、そのまま墓地の幽霊を調査する。調査が終わったらそのまま北の森へ向かい、三日月ダケを採取。北の森をまっすぐ東に突っ切って、東の町ヘレニアに向かう。盗賊団の出没場所は、北の森とヘレニア間になってるから、おそらく途中で出没するはずの盗賊団を殲滅。そのままヘレニアに入り、町で話題になっている『神隠し』について調査しながら、ヘレニアの武器屋でステッキと魔法剣があれば調達する。……どうだ、割と完璧な計画だろ?」
「えぇ、そうですわね……全てが完璧にいけば、ですが」
「セシル、何を心配しているんだ?」
「計画は……得てして狂うもの……。大事なのは……臨機応変に対応できる……判断力と決断力……それに……チームワーク」
セシルの代わりに答えたリリーの言葉をぼんやりと考えながら、グレイン達は西門を出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます