第044話 ここで会ったが百年目

「まずダラス、君は何者なんだ? 僕は君の素性の方が興味あるなぁ」


 トーラスは、セシルの持つ水晶を一瞥し、まだ光を放って作動している事を確認してから質問する。


「私は……しがない冒険者です。ラミアにギルドでスカウトされて、『緑風の漣』に加入しました」


 ダラスはその少し厳つい顔を目一杯に弛ませて、がっしりとした身体も両手を広げ、危害を加えないと必死でアピールしているように見える。


「闇ギルドについて知っていることはあるかな? そもそも君は暗殺者と言ったが、闇ギルドの関係者ではないのかい? ……闇ギルドはそのあたりのジョブを持っている者が非常に多いのでね」


 トーラスの質問に、ダラスは俯き沈黙する。

 その様子を見てトーラスは一言付け加える。


「君の危惧している通り、闇魔術には嘘を見破る術がある。僕に嘘は通じないからね」


「闇魔術、すごいですわ……」


 セシルが憧れるような眼差しでトーラスを見ている。

 これまで彼女が体験してきただけでも、転移魔法、防音魔法、魔力障壁があり、そして今度は嘘を見破る事まで出来るというのだ。


 トーラスは静かにダラスを見ているが、ダラスが口を開く様子はない。


「黙秘するならそれでも構わないよ。その場合はこちらで判断することになるけどね」


 トーラスが口角をつり上げたのを見て、ダラスは深く溜息を吐くと、観念したかのように語り出した。


「分かった……。俺は闇ギルドの者だ。ラミアとの連絡のため、ラミアにギルドで勧誘されたと偽って、『緑風の漣』に潜り込んだ。……当然、ラミアとあんたが敵対関係にあることも知っている」


 突然口調も態度も変わるダラスであったが、トーラスは驚かない。


「なるほどね……。ラミアとギルドの接触現場がなかなか見つからなかったのは君のせいか。まさか連絡役が同じパーティで、常に一緒に行動していたとはね。一応、パーティメンバーに協力者がいる想定もして調べたんだけどなぁ」


 トーラスは悔しそうに口を尖らせ、頭を掻く。

 が、一つの謎が解けたからか、どことなく清々しささえ感じられる様子である。


「俺は一応、魔法で遠隔地と直通会話が出来るからな。……あんたの魔法とは、比べ物にならないほど弱々しいものだが」


 そう言ってダラスは、掌の上に親指の先ほどの黒く小さな魔力球を作り出し、すぐに消滅させる。


「俺の魔力じゃこの大きさまでで、音を飛ばすのが限界だ。持続時間も長くはない。……あんたの魔力量が恐ろしいよ。あんたなら……きっとラミアも助けられるはずだ」


 ダラスはそう言うと、倒れ込むように床に土下座する。


「頼む! ラミアを……ラミアを助けてやってくれないか」


「……それはラミアの指示なのかい?」


 トーラスは口調こそ軽く、笑顔を浮かべてはいるものの、目だけは一切笑っておらず、鋭い視線がダラスを射抜き続けている。

 ダラスが少しでも不審な動きをすれば、たちまち殺される、そうセシルが思えるほどには。


「いや、あいつは絶対にあんたには助けを求めないだろうな。そもそも金のために殺そうとしてた相手なんだ。自分が困ったからって助けてもらえると思う方がおかしいさ」


「うん、そうだね。よく分かってるじゃないか。そんなの当たり前の事だと思うよ」


 相変わらずトーラスの目だけは一切笑っていない。


「更に、君は闇ギルドと繋がっている。僕はどちらかと言うと、天使のように気高く、尊く、美しく、可愛い妹の命を狙ってきた闇ギルドの方が憎いんだ。つまり、ここで君がいくら頼み込んだって、その願いを聞く筈がないし、ラミアが頼みに来るよりも可能性が低いんだよ」


 トーラスの言葉が通り過ぎ、応接室が静かになっても、ダラスは床に額を擦りつけている。

 見れば、ダラスの顔の下の絨毯がしとどに濡れている。

 ダラスは泣いていた。


「……ちょっとこのままじゃ埒が明かないなぁ。しょうがないからゲストに登場してもらおうか」


 トーラスは引き下がる様子のないダラスに少し困っているのか、イライラした様子で転移魔法を発動する。


「ラミア! ここで会ったが百年目! あの日の恨み、忘れたとは言わせんぞ! 恨みはないが、死んでもらおぅ〜!」


 転移魔法から現れたグレインは、青い蝶の仮面を、ハルナは赤い蝶の仮面を付けて、それぞれ目鼻を隠していた。


「イングレさま、それだと恨みがあるのかないのか分からない言い回しになってますよっ!」


 ダラスは、突如目の前に現れた蝶仮面の奇人達に土下座も忘れ、ぽかんとしている。

 応接室にいた唯一のパーティメンバーであるセシルでさえも、リリーと一緒に全力でドン引きだった。


「ちょっとごめん、判断を誤ったよ」


 そう言ってトーラスは、逆方向に転移魔法を発動し、グレイン達を洞窟へと強制送還する。


「「あぁぁぁ……」」


 グレインとハルナ扮する蝶仮面達は、為す術なく転移魔法の渦巻きに飲み込まれていく。

 二人が精一杯頭上に伸ばした手の指先までが、すっぽりと転移魔法に消えていった直後、全員が胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。


「わたくし、やはり加入するパーティを間違えてしまったのでしょうか……」


 セシルの呟きには、誰も答えてくれなかった。



********************


「イングレ、仮面はつけててもいいけど、あまりふざけないでくれよ? 次は手が滑って、出口を間違えて深い海の底とか火山の火口の中に、君達を放り出してしまいそうだからね」


 今度は先に声だけ伝えて釘を刺しておくことにしたようで、トーラスの掌には、先ほどダラスが出したものと同じような、小さな黒い球体が二つ浮かんでいる。

 トーラスによると、どちらも音声だけを送るものだが、一方は応接室の音声を洞窟へ、もう一方は逆方向になっているため二つ必要だと言う事だった。


「あ、あぁ、……分かったよ。今度はちゃんとやるさ。っていうか、うまく使えば転移魔法だけで簡単に人って殺せるんだな」


 球体の中から届くグレインの声を聞いてから、トーラスは再び転移魔法を発動し、グレイン達がその姿を表す。


「ここで会ったが百年目──」


「それ、またやるのかい?」


 グレインが見れば、明らかにトーラスは苛ついていた。


「いえ、もうやりません……」


 ふとグレインは、トーラスと向かい合っている、見慣れない黒装束の男に気が付く。


「あれ? あんた……ダラスだったか? 俺と入れ替わりに入った……いや何でもない気のせいだった人違いでしたすみません俺は空気です」


「そうか……あんた、あの時の! 生きていたのか!」


「イングレ……いえ、グレインさま、もうバレてるみたいですよ……」


 ハルナにまで言われて、グレインは渋々仮面を取る。


「ダラス、絶対に、絶対にラミアには、『緑風の漣』の奴らには内緒にしてくれ」


「あぁ。あいつらはあんたが死んだと思っていたし、俺もあんなのは二度と見たくない。絶対に口外しないと誓おう」


 そうしてグレイン達は、ダラスとトーラスから、経緯の説明を受ける。

 説明が終わった後、グレインはダラスに一つの質問をする。


「刺客ってのは何者なんだ?」


「恐らく……闇ギルドの手の者だ。将来的にラミアが闇ギルドの手に余ると判断したのだろうな。ラミアが、闇ギルドは味方だと信じている隙を突いて……」


「あいつらは? 他の『緑風の漣』の奴らはどうした?」


 グレインの質問に、ダラスは歯軋りをする。


「……逃げたよ。あくまで刺客の目標はラミアだった。だからあいつら……リーナス、アイシャ、セフィストは、その場で『ラミアを解雇する』と宣言して、刺客に見逃してもらって脱出したんだ。俺だけはラミアを守って戦ったが……敵わなかった。そうして逃げるうちに、ラミアと逸れてしまったが、刺客の手からも逃れることができた。だから助けを呼びにここまで来たんだ」


「類は友を呼ぶと言うか……確かにあいつらもラミアと同類だったな」


 溜息をつきながら、今後の事を考えるグレインであった。


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