第042話 スパイ
「なぁゾンビ脳、いくつか質問させてもらってもいいか?」
そろそろお昼時になろうとしている頃だったが、グレインはまだ洞窟の中で会議を続けるつもりのようで、口寂しく感じてきたハルナがやや不満そうだった。
「いいよ、イングレ。僕に答えられることなら何でも」
「聞きたいことは二つだ。ラミアと闇ギルドの接触現場を押さえる案はあるのかって事と、……内通者の目星はついてるのかって事だ」
「……っ! 気付いていたのかい?」
トーラスは余程驚いたのか、目を見開いてグレインを凝視する。
「ん? あぁ、さっきゾンビ脳が闇ギルドの話をした時にな。『何で昨日この話をしなかったのか』って思ったんだ。ソルダム家のお家事情と闇ギルドの件を絡めて一緒に話せば、もう少し状況が分かり易かったのになって」
「それは話したくても……できなかった……。つまり、あの場は何者かが盗聴していた、ということですの?」
セシルはそう言いながら、自身が全く気付いていなかったことに冷や汗を流す。
「扉の向こうか天井裏か床下か、はたまた魔法で遠隔地から会話を聞いている可能性もある。あの時ゾンビ脳は防音魔法を部屋全体に張っただろ? 確かに部屋の外には音が漏れないが、あの結界の中に入っちまえば聴き放題だからな。部屋の中の物に盗聴魔法を仕掛けてるとか、屋根裏から細い筒でも結界の中に差し込んで耳をくっつけりゃ聴こえるさ」
グレインは肩を竦めて
「イングレさんは、あくまで原始的な盗聴方法が捨て切れないようですわね……」
「いや、その可能性の方が高いかも知れないよ。僕の周りで盗聴魔法を仕掛けるなら、魔法で何重にも隠蔽しない限り、大抵見つけられるからね」
トーラスはセシルにウインクしながらイングレの考えを支持するが、当のセシルは不意に向けられた目配せの意味を考えあぐねてどぎまぎする。
「兄様……女性と見れば……すぐ色目を使う」
リリーがぴしゃりと言い放つ。
「コホン……あの防音結界も、『僕がスパイに気付いていない』と油断させるために、わざと部屋中に張っているんだ。冒険者ギルドから協力者を招いた事を知られるリスクは承知の上でね。ちなみに、目星はついていないし、何人いるのかも分かっていないんだ。……それにしても、昨日初めて会ったばかりの君が、そこまで気付いているとはね」
「まぁ俺も、今この洞窟での話を聞いて分かったんだけどな。それで、ラミアの方は」
トーラスはぎくり、としたのが目に見えてわかるほど身体を震わせる。
「じ、実はまだ何も……。そもそも、ラミアがいつ、どこで闇ギルドの人間と接触しているのかが分からないんだ」
「……なぁ、さっき言ってたスパイは、ラミアと闇ギルド、どっち側と通じてるんだ?」
トーラスは顎に手を当てて、暫し考え込む。
「断定はできないけど、これまでの情報の漏れ方からすると、おそらくは闇ギルドの方だと思うよ。部屋の中で外出先を話してただけで、闇ギルドの刺客が先回りしてたことが何度かあったし」
「……なるほどな。よし、じゃあそろそろ反撃しようか。……全員ここからは危険な任務になるだろうから、自分たちの命を最優先に守ってくれ。特に俺達は、駆け出しのDランクパーティだからな。戦闘力もほとんどと言っていいほど無いし」
「そこで相談があるんだけど」
突然トーラスが、右腕で隣のリリーの肩を抱いてグレインの方を見る。
「僕は一人でも十分に戦えるから、君達には沈黙天使の護衛をお願いできないだろうか。共闘すれば分かると思うが、沈黙天使は君達にとってそれなりの戦力になるはずだ」
「それは、沈黙天使が俺達のパーティと一緒に行動するってことか? お前と離れて行動する事になってもいいのか?」
「あぁ、構わない。今から沈黙天使と僕は別行動をとるよ。覚悟の上だ」
二人で話し合っていた事なのか、トーラスの腕によってグレイン側に押し出されたリリーも異論を唱えることはなく、静かに成り行きを見守っている。
「分かった。じゃあ今から沈黙天使は『
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洞窟での会談を終え、外に出ると、辺りはすっかり夕暮れになっていた。
トーラスとリリーは洞窟の内部から直接別の場所に魔法で転移し、そこから帰宅するということで、洞窟から出てきたのは『災難治癒師』の三人だけだ。
「夕飯っ! 夕食っ! 晩ご飯っ!」
「洞窟の中であんな事があったのに、スプラッタークイーンは平常運転だよな……」
グレインはハルナとセシルの目をチラチラと見て、視線をぶつける。
それに合わせてセシルとハルナは軽く頷き、洞窟内でのグレインの言葉を頭の中で反芻する。
『洞窟を出たところは要注意だ。……十中八九、この会議の内容を聞きたくてうずうずしてるスパイが潜んでいるはずだからな』
「あー、それにしてもむしゃくしゃする。トーラスの奴め! 自分で助けを呼んだ癖に、一方的に協力関係を解消して、会議途中で帰りやがって」
グレインは肩を怒らせて三人の先頭を歩く。
「イングレさん、コードネーム忘れていますわよ」
すかさずセシルがグレインに近寄り、声を掛ける。
「いいんだ、もうあんな腰抜けは仲間じゃないだろ! 俺達はさっさとラミアを殺しに行くぞ! そしてトーラスの奴から目玉が飛び出るぐらいの報酬をぼったくるんだ」
「しーっ! 声が大きいですわ! 仮にも暗殺なのですから、もう少し静かにしてくださいませ」
セシルが人差し指を立てて唇に添える。
「遅かれ早かれラミアは死ぬんだ、暗殺だろうが堂々と殺しに行こうが構わないだろ?」
「でも……わたくしはトーラスさんの気持ちも分かりますわ。仮にも家族ですもの。命だけは助けたい、そう思っても不思議ではありませんわ」
「そんなの関係ないね! 俺にはあの女に積年の恨みがあるんだ! 絶対に後悔するほど残虐な方法で殺してやる!」
「イングレさん! 落ち着いてくださいませ! 一旦宿に戻って、今夜もう少し冷静にお話しませんこと?」
「あぁ、構わないぞ? 俺がどんなにあの女を憎んでいるか、夜通し話してやるよ」
『そしてスパイには、俺達がラミアを暗殺しに行くこと、トーラスがラミアを助けたいこと、俺達とトーラスの協力関係が消滅したことを聞かせる。そこからは、さっき言った手筈で。……全てはセシルの……ロングネーマーの演技力にかかってる』
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