第041話 闇ギルド

「はぁ……美味しいですわ」


 前日と同じソルダム邸の応接室で、セシルが一人優雅に紅茶を嗜んでいる。


「おはよう、ロングネーマーさん!」


 応接室のドアが開き、トーラスとリリーが入ってくる。

 セシルは立ち上がり、会釈をする。


「おはようございます、ゾンビ脳さん、沈黙天使さん」


 トーラスに促され、三人はソファに座る。

 セシルとトーラスが向かい合い、リリーは勿論トーラスの隣である。


「昨夜はお楽しみだったようで……」


 トーラスが初っ端からとんでもないことを口に出す。


「なっ、なっ、なっ、……何を仰っているのですか! 何もありませんでしたわっ!」


 セシルは顔を真っ赤にして答える。


「あはは、冗談だけどね!」


「兄様……笑えない。……それと……やっぱり脳みそ腐ってる」


「リリ……じゃない、沈黙天使……冗談キツイよ……」


 冷たい目で兄を一瞥する妹に、大層なダメージを受けた様子のトーラスは、真面目な口調で話を再開する。


「さて、ロングネーマー、今日は一人でどうしたの?」


「えっと……会談は何時からでしたか? 『そういえば時間を聞くの忘れた』とイングレからの言伝がありまして、それをお伝えに参りましたの」


「そっか! そういえば決めるの忘れてたね!?」


「兄様……溶けた脳みそ……流出してる?」


「ははは……沈黙天使は悪魔みたいな事を言うなぁ」


 隣の妹に冷たい視線を向けられ、乾いた笑い声を発するトーラス。


「ゾンビ脳さん、未定なのであれば、今決めてしまいたいですわ」


 セシルは軽く溜息をつきたい気持ちを抑え、冷静に話を進める。


「ちなみに他のメンバーはどこに?」


「約束の場所に向かっていますわ。わたくしだけなら、仮にラミアさんに見つかっても面識ありませんので、ただの客人として押し通せるから、と。スプラッタークイーンはイングレさんの護衛で一緒に居ますわ」


「そっか、じゃあ今から一緒に行こう。 ちなみに……朝食は食べたかい?」


「えぇ、宿でいただきましたわ。『根菜の火葬焼き』は大変美味でした」


「お、やった! あそこのメニュー、僕がアイディア出したのもいくつかあってね! いやぁ、嬉しいなぁ」


「兄様の……趣味全開メニュー……」


 にやけるトーラスと、相変わらず冷めた目をしているリリー。


「しゅ、趣味……? た、確かに個性的なメニューでしたわね……。とりあえず向かいましょう」


 セシル達は互いに頷き合い、立ち上がる。

 突然トーラスが手を叩き、応接室のドアから使用人が入ってくる。


「お呼びでしょうか」


「僕とリリーはこれから出掛けてくるからね。客人の予定は無いはずだから、誰かが来ても留守だと言って出直してもらってくれ」


「かしこまりました」


 使用人は礼をして応接室から出て行く。


「じゃ、行こうか」


 しかし、トーラス達が応接室を出ていく気配はなく、彼は静かに目を閉じて立っている。

 セシルは首を傾げながらトーラスに尋ねる。


「行かれないのですか?」


 その質問に答える代わりに、トーラスは目を開き、セシルにウインクをしてから床に向けて腕を伸ばすと、掌から黒い靄が吹き出し、応接室の床に集まって黒い渦を生み出す。


「さぁ、繋いだよ。この中に入って入って!」


 唖然とするセシルにリリーが駆け寄り、手を繋いで渦の中へと促す。

 セシルが渦に片足を踏み込むと、そこにはもはや床板の感触はなく、ずぶり、と泥沼に踏み込んだような感覚を得る。

 不安そうな目でリリーを見るセシルに対し、リリーはニコリと笑って言う。


「大丈夫……じゃあ私が先に」


 リリーはそう言うと、渦の中へと吸い込まれていった。

 それを見て、セシルも一思いに渦の中に飛び込む。

 泥沼に沈むような全身の感触は、いつしか上下も分からなくなるほどの浮遊感へと変わり、最後にどこかへ落下していく感覚が伝わってくる。


「きゃあっ!」


 思わずセシルは声を上げるが、それと同時に彼女の足がゆっくりと地面へ着地する。

 辺りを見ると、そこはグレイン達が待っているであろう洞窟の入り口であった。


「これは……転移魔法……?」


「まぁ、そんなものかな。伝承されている転移魔法とは全くの別物で、僕のオリジナルなんだけどね」


 セシルが驚愕して口をあんぐりと開けていると、遠くから聞き慣れた声がする。


「えぇぇ!? ロングネーマーか!? なんでそっちの方が早いんだ?」


「私達、宿から真っ直ぐここまで歩いてきたんですけど……」


 それは王都へと続く一本道を、王都側から歩いてくるグレインとハルナであった。


「これは丁度いいタイミングだったね! じゃあ早速、会議を始めようか!」



********************


 グレイン達は洞窟の中で、蝋燭の明かりを取り囲むように座っている。

 勿論、トーラスは防音魔法を発動していて、さらに洞窟の入り口が気付かれないように、魔法で認識を阻害している。

 そんな中、トーラスが最初に口を開く。


「僕達が置かれている状況について、実はもう一つ話さなきゃいけないことがある。ソルダム家の事情は昨日話したよね。今度は闇ギルド側の事情についてだ。まず、ソルダム家は代々闇魔術を継承している、闇魔術師一家なんだ。それで──」


「さらっと凄い事を言った気がするんだが」


 いつも通りの爽やかな笑顔のトーラスに対し、グレインは『闇魔術』と聞いて一気に怪訝な表情を浮かべ、思わずトーラスの話を中断してしまう。


「イングレ、君の言いたいことはなんとなく分かるよ。闇魔術師なら、闇ギルドと何らかの繋がりがあるんじゃないか、って事だよね? その予想は、残念ながら半分は正解なんだ。……闇ギルドは、元々ソルダム家に所縁のある闇魔術師の一人が、ソルダム家から離反して作った裏組織なんだ。結成当初は『闇魔術の真髄を究める』という目的だった筈なんだが、いつしかそれは副次的なものとなり、闇魔術の強大な力を利用した反社会的行為を生業とする、ただの外道集団に成り下がった」


 トーラスは奥歯を噛み締め、歯の軋む音が洞窟の中に響く。


「つまり、裏稼業でヤバい仕事をするためにはそれ相応の力、つまり強力な闇魔術が必要になる。だから闇魔術を研究する、っていう流れになったってことか」


 グレインの言葉に、トーラスは無言で頷く。


「そんな中、妹が闇魔術の奥義とも言える魔法に適性がある……というか既に使える事がバレてしまってね。このままでは、彼女は恰好の研究対象になって……最終的には殺されてしまう。だから僕は出来る限り妹の傍にいて、闇ギルドが手を出せないように守っているんだよ」


「つまり二人は、闇ギルドとラミア、どちらからも命を狙われているってことなんだな……。そして今、そいつらが手を組んだ」


「うん、僕は闇魔術を応用した独自魔法を、沈黙天使は暗殺術を一通り修めているが、それでも奴らが手を組むと厄介でさ。だから僕達も商会を、家を潰す計画を実行に移すことにしたんだ。そうすればラミアにとって、闇ギルドに協力するメリットは完全に失われるだろうからね。そして……君達が来てくれた」


 グレイン達は、トーラスとリリーの置かれている苛酷な状況を知り、暫し沈黙してしまう。


「「……お願いします。私達を……助けて下さい……」」


 トーラスとリリーは、涙を流してグレイン達に頭を下げている。


「いや、こんなの断れないだろ? スプラッタークイーン、ロングネーマー、いいよな? この依頼、絶対成功させるぞ。そして、俺達の目的はあくまで調査だが、ゾンビ脳と沈黙天使の身に危険が迫った場合には、彼らの護衛を最優先とする」


「「はいっ! 勿論です!」」


 やる気に満ちた顔で返事をする彼女達の頬にも、涙の流れた跡が残っていた。


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