第040話 家族みたい

 『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』の面々は食堂での夕食を終え、ロイヤルスイートルームに戻ってきてソファに腰掛け、他愛もない話をしている。

 彼らにとって、分不相応なほど豪華な部屋で過ごす時間は、あっという間に過ぎていくように感じられた。


「いやー、夕飯が名前と見た目によらず、めちゃくちゃ美味かったな!」


 グレインは上機嫌な様子で腹をさすっている。


「そうですわね。特に『海藻の溺死体サラダ』と、『山菜の行き倒れサラダ』が非常に美味でしたわ」


 セシルは目をキラキラと輝かせながら、夕食を思い出しているようだ。


「私は『賽の河原ハンバーグ』です! 大きさの違うハンバーグステーキがたくさん積み上がっていて……あぁ、思い出しただけで幸せになれますぅ」


 ハルナも両頬に手を添え、涎を垂らしそうなほど蕩けた顔で、目を閉じたまま陶酔している。


「味も量も大満足だったんだが……なんで食欲を削ぐような名前と見た目のメニューばっかりだったんだろうな……」


「この宿は『死後の世界』モチーフだから、仕方ないんですよっ」


「イングレさんのメニューは……『肉片ソテーの血溜まりベリーソース』でしたかしら? わたくしお肉はあまり得意ではないのですが、あれは美味しそうでしたわ」


「さて、明日はトーラス……じゃなかった、……ゾンビ脳との会談だから、早めに寝ような」


「……誰がどこに寝ますの?」


 グレイン達にとって、それがこの部屋で最大の問題であった。

 この部屋にあるベッドは、キングサイズのものが一台置かれているだけなのである。


「みんなで並んで寝ればいいんじゃないでしょうかっ!」


「わたくし、スプラッタークイーンと一緒のベッドなら構わないのですが、イングレさんと同じベッドに寝るのはちょっと嫌ですわ……」


 あっけらかんといつもの調子で、あまり考えてなさそうな提案をするハルナと対照的に、妙に敵愾心のこもった目でグレインを見るセシル。


「ロングネーマーは俺の事信用してなさそうだし、スプラッタークイーンはそういう事何も考えてなさそうだよな……」


「もしイングレさまが襲ってきたら、戦うまでですっ!」


 ハルナは腰のレイピアを握り締めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。スプラッタークイーンは、それ持ったままベッドに入るのか?」


「剣士たるもの、愛剣を肌身離さず持ち歩くものですよっ!」


「あぁ、そういえば剣士なんだったな。最近は矢を刺してばっかりだから、すっかり忘れてたよ」


 グレインはぽんと手を打つ。

 それに対してハルナは、目に力を込めてグレインに言い放つ。


「たとえ得物が矢でも、心は剣術なのです!」


「矢はどう頑張っても剣にはならないし、その愛剣とやらはギルドからの借り物だし。スプラッタークイーンの言ってることボロボロだろ」


 グレインは溜息交じりにそう答えたその瞬間、ハルナのレイピアがグレインの右太腿に突き刺さっていた。

 当然、ハルナは治癒剣術を発動しているのだが。


「あぐぅっ、あぎゃぎゃあァ!」


「イングレさま、以前お怪我をされたところのアフターケアをさせていただきますねぇ」


「わ、悪かった! ちょっと揶揄い過ぎた! 謝るから!」


「分かっていただければいいのです。剣士たるもの、このように一点の曇りもない心を剣に乗せて、相手の心に直接思いを伝えるものです」


「それを俺達は『武力行使』と呼ぶんだけどなギャァァァァァ!」


 笑顔のハルナが握っているレイピアが、今度はグレインの左太腿をとらえている。


「右足だけヒールしていると、左右の足でバランスが悪くなりますから、たまにはこうして逆足にもヒールを掛けてバランスをとらないとっ!」


「ひえぇ……スプラッタークイーンって、見た目と違って案外性格が悪そうですわ……。……本当に、わたくしはこのパーティで良いのかしら……」


 ハルナにドン引きするセシルであった。


「もう降参、降参だ! 俺が一人でソファで寝るから降参!」


「いつの間にそんなルールが決まってましたの!?」


「ではグレインさまは島流しということで、お気をつけてっ!」


 ハルナがやや適当な感じで、王都の門番がしていた敬礼のようなポーズをとる。


「いやいやいや、同じ部屋だし、何なら目の前だろ?」


「あぁっ! きっとわたくし達が寝付いた頃を見計らって、こちらへやってくる腹積もりに違いありませんわ。スプラッタークイーン、一緒に戦いましょう! 今こそ、悪の化身イングレを打ち滅ぼす時!」


 セシルは両手で口元を覆い、ハルナに寄り添っている。


「ロングネーマー、頭は大丈夫か? まだキノコの毒が抜けてないんじゃないのか?」


「失礼な! わたくしは本気ですわよ!」


「そっか。……んじゃおやすみ」


 グレインはそう言い残し、ハルナ達の目の前でソファに横たわる。

 余程疲れていたのか、あっという間に寝息が漏れ聞こえてくる。


「疲れてたんですかね……。私達も、寝ましょうか」



********************


「セシルさん……。まだ起きてます?」


 明かりを消した部屋の中で、ハルナは同じベッドで横になっているセシルに小声で話し掛ける。


「はい、起きていますわ。……わたくしの事は呼び捨てで構いませんわよ。あと、コードネームは……」


「大丈夫、小声だから盗聴されないよ、きっと。じゃあセシル……ちゃん、って呼ぶね! さっき、セシルちゃんはグレインさまのこと色々言ってたけど、彼はそんなことする人じゃないよ?」


「えへへ……分かっていますわ。ちょっとだけ、揶揄ってみただけですわ」


「ふふ、……セシルちゃんは意地悪だなぁ」


 ハルナがセシルを肘でつつく。


「ハルナさんには敵いませんわよ? ……ふわぁぁ……」


 セシルも肘で応戦しながら、小さく欠伸をする。


「セシルちゃん、もう眠たいの?」


「そうですわね……今日一日だけで、色々な事がありましたから」


「セシルちゃんにとって、このパーティはちょっと騒がしすぎる? 大変じゃない?」


「……大変なことは大変ですが、退屈しませんし、物凄く楽しいですわ!」


「そっか。なら良かったっ! ……前にグレインさまが、私達の居場所であるこのパーティを、全力で守るって言ってくれたの覚えてる?」


「えぇ、覚えてますわ。あの時はまだ、そんなに実感していなかったのですが、わたくしがお風呂から上がった後のグレインさんの言葉を聞いて、その思いが理解できましたわ。確かに私達は、このパーティーは……」


「「家族みたい」」


 そして暗闇の中で、二人は目を見合わせて笑う。

 豪華な部屋での一夜は、こうして過ぎていった。


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