第036話 コードネーム

「ふふっ、それにしても、偶々野原で遭遇した冒険者達が協力者だったなんて、運が良すぎるなぁ。君達のパーティには占い師でもいるのかい?」


 トーラスは笑顔でグレインに話し掛ける。


「残念ながら俺はジョブ無し、セシルとハルナはヒーラーなんだ」


「ジョブ無し……だって?」


「あぁ、神官様からジョブが見えないって言われちまってさ。ただ、味方の治癒能力を強化する……名前何だっけな? そういう特殊能力を持ってるだけなんだと」


「へぇ……それは面白いね」


 グレインは肩を竦めて苦笑するが、トーラスは興味深そうにグレインを見る。


「面白いか? おかげでラミアからは奴隷みたいな扱いを受けて、終いにはパーティ追い出されて殺されかけたんだぞ。……と言っても、暴行に加わったのはラミア一人じゃないんだけどな。まぁ、俺はあいつらに殺されかけた。いや、恐らくあいつらの中では死んだことになっている筈だ。だから今、ラミアと鉢合わせするのは……」


「彼女に君の生存が知られると、非常にまずいってことだね?」


 言い淀んだグレインの言葉を、トーラスが幾分か緊張を帯びた声で補う。


「あぁ、それだけは絶対に避けたいんだ。俺が生きてると分かったら、今度こそ本気で殺しに来るかも知れないからな。まぁ、興味のないゴミを棄ててった、ぐらいに考えて放置してくれれば最高なんだが」


「あははははっ! …………失礼。君をパーティから外すなんて、ラミアもそうだが、『緑風の漣』の面々も相当な間抜けだね」


 突然笑い出したトーラスに、グレインは疑問を覚える。


「そうか? ジョブ無しの役立たずだったら、みんな同じように棄てていく事を考えるんじゃないか?」


「君はそのパーティと相性が悪かっただけなんだよ。実際、今のパーティでは困っていないだろう? だから、ジョブなんて『些細な』問題は気にしなくていいと思うよ。それよりも、やっと得られた協力者なんだ。色々相談があるし、今夜はここに泊っていってくれないかな?」


「俺達の身の安全が保障されるなら、それでも良かったんだけどな。少なくともさっきみたいに、ラミアがふらりと立ち寄る可能性があるなら、別に宿をとるしかなさそうだ。それに加えて、今後はこの家では会わない方がいいな。次回からは外で……ラミアの知らない所で会うことにしよう」


「確かにそうだね……残念だけど。じゃあ宿代は僕が出すから、おすすめの宿屋があるよ。今一筆認めるから、その手紙を持っていくだけで泊まれると思うよ」


「いいのか? なんか悪いな」


「いや、元はと言えば僕が要請したんだし。それぐらいは当然だよ。……あ、打ち合わせを盗聴された時の為に、この計画中だけはお互いに偽名……と言うか、コードネームを使うことにしないか? 宿もそのコードネームで記帳すれば、どんな記録を追っても君達の名は登場しないから、当然ラミアにもグレインの存在がバレないと思うんだけど、どうだろう?」


「分かった。コードネームか……ちょっとワクワクするな」


「だよねだよね! ……じゃあ、なんて名前にしようかな」


 そう言ってトーラスは顎に手を当てて考え始める。


「まぁ、偽名だから何でもいいだろ」


「グレインは『ゾンビマッチョ伯爵』とかどうだろう?」


「却下だ」


 トーラスにジト目を向けながら非常な宣告をするグレイン。


「偽名なら何でもいいんじゃ──」


「限度ってものがある! 俺はゾンビでもマッチョでもないぞ」


 グレインは抗議するトーラスを遮って告げる。


「兄様……頭おかしい」


 リリーもグレインの意見を支持するようだ。


「ぐむっ……。じゃ、じゃあ『ゴリラゾンビ一号』はどう?」


 あたかも名案を閃いたかのように、人差し指を立ててドヤ顔のトーラス。


「却下! とにかくゾンビから離れてくれ。脳みそまで腐ってるのか?」


「グレインさんに……同意。兄様……たぶん脳みそ腐ってる」


「リリーまで!? さすがに今の一言は傷ついたよ?」


「兄様……真面目に考えて」


「うーん……」


 トーラスは腕組みをして首を傾げている。


「「「また名付けの流れ」」」


「トーラス、例えばお前は『ゾンビ脳』とか付けられて嬉しいか?」


「いいじゃん、それ! じゃあ僕は『ゾンビ脳』で決まりね!」


「「「「えぇぇ……」」」」


 予想外の決定に戸惑う四人。


「と、とりあえずトーラスは無視しよう。他に案はあるかな……?」


「はいはいはいっ! グレインさまは『血塗れ侯爵』で!」


 ハルナは元気に手を上げて提案する。


「却下だ! ……そんなハルナには『スプラッタークイーン』を贈ろう」


「きゃっ! す、素敵ですぅ」


「「「えぇぇ……」」」


 またもや戸惑うセシル、グレイン、リリーの三人。


「はい、ではグレインさまは『アリュストーミア・デポン・サクワリーム・ケミリ・──」


「セシルは『ロングネーマー』で」


 セシルは小さく手を上げて、つらつらと名前を生み出すが、途中でグレインに遮られる。


「うぐぐ……全部言い終わってませんのに……。まぁ、センス良い名前をいただいたのでいいですわ」


「「センス良い……?」」


 首を傾げるグレインとリリー。


「グレインさん……『知略猛獣』とか」


「ごめんな、リリー。その名前で宿屋に記帳すると、絶対問題になるから。……『沈黙天使』リリー」


「わぁ……ありがとう」


 頬を赤らめて顔を綻ばせるリリー。


「えっ」


「凄いな。あっという間にグレイン以外のコードネームが決まっちゃったねぇ。『ゾンビ脳』トーラス、『スプラッタークイーン』ハルナ、『ロングネーマー』セシル、『沈黙天使』リリー。……さて、それじゃあ残るグレインのコードネームを何にするか、を次回の議題にしようか。次回は明日、僕たちが初めて会った場所の近くに小さな洞窟があるからそこで。では……」


「ちょっと待ってくれ! 俺は今夜、宿屋になんて名前で──」


「「「「かいさーん!!」」」」


「……自分で考えるか」

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