第037話 リベンジ

 ソルダム邸での話し合いは強制的に打ち切られ、グレイン達はトーラスに紹介された宿屋に向かって大通りを歩いている。


「よく考えると、ラミアと街中で遭遇する可能性もあるよな? むしろソルダム邸にいるよりも危険だったりして……」


「グレインさま、そんなことを言っていたら、ラミアさんがこの世にいる限り心配が尽きないですよ。そもそも、仮にラミアさんと遭遇したとして、グレインさまを殺す動機があるのですか?」


「いや、思いつかないな。パーティ組んでた時の鬱憤なら、あの『送別会』で晴らしただろうから」


「それなら、遭遇しても何の問題もないのでは?」


「いや、死んだと思った奴が実はぴんぴんしてて、可愛い女の子を二人も侍らせて王都を歩いてたら、絶対びっくりするだろ? その勢いで、殺意ぐらい湧くかもしれないぞ」


「か、可愛いなんて……。あ、ありがとうございますっ」


「……グレインさんはわたくし達をそういう目でご覧になっていたのですか?」


 顔を赤らめるハルナとセシル。


「いや、勘違いしないでくれ。客観的に見て、だぞ? 俺は別に二人に対してそういう感情は持ってないから、安心してくれ。……ひっ! あー、人違いだった。あの人ラミアかと思った」


「……グレインさま、そんなに挙動不審にしてたら逆に目立つと思いますよ。堂々と歩いていればいいのではないでしょうか」


 大通りを若干ビクビクしながら進むグレインの右隣にハルナ、左隣りにセシルが並び歩いている。

 ポップは一度棲み処に戻るということで、トーラス邸の庭で別れたが、セシルが呼べばいつでも駆けつけてくれる、という事らしい。


「それにしてもセシルはすっかりポップに懐かれたよな。サランへの帰り道でもポップを呼んで手伝ってもらおうか」


「そうですわね、何と言っても楽ですし」


「そうだなぁ。馬を何頭も世話しなくていいんだから、楽だよなぁ」


「あの調子なら、わたくし達は何も荷物を持たなくてよさそうですわ」


「まぁ、持たなくていいよなぁ。馬車に積むし」


「それに……何と言っても速いですわ」


「確かに、サランの街中を進むときも普通の馬に引いてもらうよりも速かった気がする」


「ただ、問題もありますわね」


「今度はとにかく安い馬車を探さないとな」

「全員で一度に乗れない事ですわ」



「「ん?」」


 二人の言葉が重なった瞬間に会話は途切れ、グレインとセシルは目を見合わせる。

 ここでようやく、二人の話が噛み合っていないことをお互いが認識したのだった。


「セシルは一体何の話をしてるんだ?」


「グレインさまこそ、どうするおつもりでしたの?」


「……行きのプランが中止に終わったから、帰りにそのリベンジをしようと思って。普通に馬車借りて、のんびり一週間かけてサランに戻るつもりだったが」


「それは依頼と別件で、みんなで遊びに行けばいいことではございませんこと?」


「まぁ、それでもいいけどな。でもせっかく来たんだし……」


「そうは仰いますが、ポップに乗ればたかだか一時間の距離ですわ」


「ちょっと待て……。まさかセシルの考えは──」


「往路と同じですわ。ポップに飛ばしてもらうのが一番速いですもの」


「いや! 絶対嫌だ! また死にたくないよ!」


「グレインさま、落ち着いてください! まだ一度も死んだこと無いじゃないですか!」


「ハルナ! ハルナもあんな思いするのは嫌だろ!?」


「うーん……、あれは確かにセシルさんの言う通り、馬車も含めてですが、荷物が多すぎたんだと思います。荷物を極限まで減らせば、今度こそ大丈夫ですっ!」


「そこはリベンジするところじゃないでしょ!? リベンジするなら釣りと温泉と山菜採りでしょ? でしょでしょ?」


「グレインさまは、一刻も早くお姉ちゃんに会いたいとは思わないのですか?」


「その流れもうやめませんかね」


「とにかく、帰り道についてはわたくしが考えておきますから、お気になさらず。少なくとも『飛んで行く』ことだけは確定ですわ」


「セシル、リーダーは俺なん──……はい、分かりました」


 セシルが左手の平の上でヒールの球体を浮かべ、抗議しようとするグレインを笑顔で見ていた。



********************


「地図によると、このあたりで逆さ髑髏の看板を掲げている店がトーラスおすすめの宿屋らしい」


「まぁ、このキノコ『珍妙ダケ』ではございませんの? こんなところで売っているのですか?」


「あっ、グレインさま、あちらにありましたよっ!」


「あぁ……いい香り……。一つくださる?」


「うお、ほんとだ。髑髏とか宿屋にあるまじき看板だな。逆さにして逆の意味を表してる……のかな?」


「はふはふ……宿屋の名前は……『安らかな眠り亭』と書いてありますわね……もぐ」


「それって全然逆じゃないんじゃ? っていうかセシルは何でキノコ食ってるんだよ」


「そこの露店で焼いたものを売っていましたわ。非常に珍しくておいしいキノコで、エルフの里ではものすごく貴重ですのに……。王都おそるべしですわ」


「と、とりあえず入ってみましょうっ!」


「みんな、人前ではコードネームだからな。俺の名前は……どうしよう」


 戸惑うグレインをよそに、一行は宿屋のドアを開ける。


「黄泉の国へようこそいらっしゃいませ!」


「「「「「いらっしゃいませ黄泉の国~!」」」」」


 グレイン達が入った玄関ホールには、あちこちに墓石を模した置物が置かれ、床には血溜まりのような赤い塗装がそこかしこに施され、カウンターのベルは髑髏の形をしていた。

 そして並んで挨拶した従業員はみな、黒いローブをすっぽりと被り、髑髏の仮面をつけていて、まるで物語に出てくる死神をモチーフにしたような恰好であった。


「ナニコレ……」


「ワカリマセン……わ、わたくしの理解を超えましたわ」


「すみませーん、ここって宿屋さんなんですか?」


 目の前に広がる異空間のような状態に固まるグレインとセシルに対し、何も考えていないのかいつも通りに振る舞うハルナ。


「はい、こちらは表にあったシンボルマーク『転がった生首』看板が表している通り、死後の世界をモチーフにしたアミューズメント宿屋、『安らかな眠り亭』でございます。玄関ロビーはこの世、つまり墓場をイメージしておりまして、客室はあの世として華やかな黄泉の国をイメージしたものになっております。お客様はこの世でチェックインしていただきあの世に旅立ち、チェックアウトの際は再びこの世に転生されるという設定になっております」


 カウンターにいた男がハルナに詳しく説明をする。


「看板はただの転がった生首だったのか……。全体的に趣味悪いけど、まぁ泊まれるならこの際どこでもいいか」


 そう呟きながら、グレインはトーラスに貰った書状をカウンターの男に見せる。


「こ、これはオーナーのサイン! 確かに承りました! こちらの書状にあります通り、お客様の部屋は二部屋ご用意させていただきます」


「二部屋? あぁ、男女別か」


「こちらの書状によりますと、『ロングネーマー』様がスイートルームを一名一室で、『スプラッタークイーン』様と『イングレ(仮)』様でスーパースイートルームとなっております」


「きゃーっ! グレイン……じゃなかった、イングレさまと同じお部屋ですぅ!」


「何でわたくしだけ、一人ぼっちなんですの!?」


「えぇぇぇぇっ! なんで俺の名前適当に決められてんだよ!?」


 『安らかな眠り亭』のロビーに三人の叫び声が響き渡るのであった。


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