第035話 協力者

「どうにも広すぎて落ち着かないな……」


 グレイン達は応接室のソファに座っていた。

 リリーが紅茶を淹れていて、その香りが部屋の中に充満している。


「グレインさま、このクッキー美味しいですよっ!」


 紅茶と一緒に出されたクッキーをもしゃもしゃ食べるハルナを見て、グレインは呆れ返っていた。

 グレインがセシルの方を見れば、彼女はキョロキョロと落ち着きがない。


「ポップ……ポップはどこへ行ったのでしょう?」


「ポップは……家に入れられないから……外にいるわ」


 リリーに言われてセシルが応接室の窓に張り付くと、ちょうどポップが庭の草花を食んでいるところだった。


「良かった……元気に庭草を食べていますわね」


「あそこの花……高いやつじゃ……なかったかしら」


 リリーがセシルの隣に立って呟く。

 それを聞いてかトーラスも二人の背後から窓の外を見る。


「あぁ、そうだね……。まぁ、聖獣に食べてもらったのなら、花も本望だったんじゃないかな」


 にこやかに笑うトーラスの前で、セシルは真っ青になって冷や汗をだらだらと流し、固まっている。

 そのままだとセシルが可哀想なので、グレインは立ち上がり、トーラスと目線を合わせて話を始めることにした。


「まず最初に聞きたいことがあるんだ。トーラス、君はラミアから命を狙われているのか?」


「ちょっと待っててくれ」


 そう言いながらトーラスは掌を頭上に翳し、魔法を発動する。

 たちどころに黒い靄が掌から天井へと駆け上り、天井から周囲の壁へと広がっていく。


「これは……防音魔法か? アウロラの魔法と随分違う感じだけど」


「っ! き、君達はもしかして、サランから来た冒険者なのかい?」


 それまで落ち着き払っていたトーラスが、突然慌てた様子を見せる。

 隣のリリーがそれを見て、額に手を当てて天を仰ぐ。


「あぁ、俺達はサランを拠点にしているパーティなんだ」


「ああああうあうアウロラ様……」


「「「一体どうした」」」



********************


 一同はソファに腰掛け、紅茶を飲んで落ち着く。


「えっと、どこからだったっけ……。トーラスはラミアに命を狙われてるのか? って聞いたところからだな」


「その質問の答えはイエスだ。あいつはこれまで、ありとあらゆる手で僕の命を狙ってきたんだ。最初の頃はラミアが首謀者だって気付かなくて、使用人も何人か巻き込まれたりしたよ。本当に……忌々しい」


 トーラスは下唇を噛み締めていた。


「なんで命を狙われるんだ?」


「順を追って話すと、ソルダム家は元々両親と僕とリリーの四人家族だったんだ。ところがある日、病弱だった母が亡くなってしまってね。父の再婚相手……僕にとっては継母の連れ子がラミアだったのさ。そういう訳で突然姉ができたんだけど……彼女はとてもじゃないが、姉と呼ぶのも汚らわしいほどの性格を持った人間だった」


「あぁ、なんとなく分かるな」


「僕やリリーは、ラミアから使用人と同然に扱われていたよ。そんな数年前のある日……今度は父が継母と旅行中に、事故で二人揃って死んでしまったんだ。今、ソルダム商会は僕とラミアの二枚看板で何とか経営を保っているんだけど、ラミアは僕を殺し、この商会を、この家を、全てを乗っ取ろうとしているんだ」


「あの女……、何処までも救えないな。その事故ってのも怪しいもんだ」


 トーラスの話に、グレインは若干の怒りを覚える。


「あぁ、僕もそう思うよ……。だから僕は、あの女に乗っ取られるぐらいなら、その前にこの商会と家を潰したい。僕は財産に興味がないが、あの女には一銭たりとも渡したくはないし、ソルダムの家名があの女に使われるのが耐えられないんだ。……それで僕は……商会で得た伝手を使って、秘密裏に協力者を募った」


 トーラスは紅茶を一口含む。


「そこで協力を申し出てくれたのが、あ、あ、アウロラ様だったんだ」


「「「だから一体どうした」」」


「トーラス、さっきから一体何なんだ? アウロラがどうかしたのか?」


「えっと……その……何と言うか……あ、あ、アウロラ様……あぁぁぁぁ!」


 グレインの質問に、さっきまでの話とは打って変わって一気に歯切れが悪く、挙動不審になるトーラス。

 隣のリリーが仕方なく口を開く。


「兄様は……アウロラ様に……一目惚れしたの」


「「「えぇぇっっっ!」」」


「リリー、何で喋っちゃうのさ!」


「……いつまでも……話が進まないから」


「俺もリリーを支持するぞ。アウロラが登場するところでいちいち話が止まってたらキリがないだろ!」


 グレインの言葉で、兄に咎められて少し悲しそうな顔をしたリリーに笑顔が戻る。


「分かった……、話を続けよう。協力を申し出てくれたのが麗しきアウロラ様で、『信頼できる冒険者をギルドから派遣する』と仰ってくれたんだ。それで、麗しき絶世の美女アウロラ様がマスターを務められている、サラン冒険者ギルドから派遣されてきたのが……君達『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』だった、という訳だね」


「「「そんな事情聞いてない」」」


「俺たちは、ソルダム家について『あること』を調査して欲しいと依頼を受けただけなんだ。その『あること』っていうのは──」


「商会と闇ギルドとの繋がり……かな?」


「あぁ、そこまで把握してるのか」


「冒険者ギルドと……いや、正確には麗しき絶世の美女神アウロラ様と、ソルダム家崩壊までのシナリオは立ててあるんだ。君達の調査によって、関わりを持つこと自体が世間的に御法度とされている闇ギルドとソルダム家が蜜月の関係にある事が実証されて、あぁ……もう言葉で言い表せないほど美しいアウロラ様が──」


「「「「そろそろウザいよ」」」」


「……コホン。失礼、ちょっと取り乱してしまった……。っていうか今リリーまで言ったね!? ……まぁいいか。それで、君達の調査結果をアウロラ様が公表する。そうすれば一気にソルダム商会の評判は地に落ちて、商売は立ち行かなくなり、そう遠くないうちに廃業になるさ。そして僕達はしばらく身を隠した後に、また一から商会を興す予定だ。既に計画は動き出していて、信用できる取引先には今後起こる事を連絡済みだし、この屋敷の使用人達には退職金を前払いしてある」


「じゃあ、俺達が調査結果を持ち帰れば、それで商会はお終いか。……なぁ、そもそもの話なんだが、商会と闇ギルドは繋がってるのか?」


「僕達が調べた限りでは、商会と闇ギルドが繋がっているのは間違いない」


「その言い方だと、トーラスは関わっていないって事だな」


 はぁ、と短く溜息を吐いて、グレインは続ける。


「……そうするとラミアか」


 トーラスは無言で頷く。


「ラミアと闇ギルドは、相当深い関係にあるみたいだよ」

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