第020話 生命線
「グレインさまぁっ! あああ……」
目の前で胸に氷の矢を受けて昏倒するグレインを見て、ハルナは右往左往する。
そんなハルナのもとにセシルが駆け寄る。
「ハルナさん、まずは敵を!」
「そ、それが……グレインさまに強化してもらわないと、自己治癒力が弱くて前線に立てないんです」
「えぇぇ……。じゃ、じゃあまずはグレインさんを治療しましょう! わたくしが援護しますわ」
「そ、それが……グレインさまに強化してもらわないと、治癒魔力の放出が弱くて治癒剣術が使えないんです」
「えぇぇ……」
セシルは呆然としているハルナを見て、あることに気が付く。
「……もしかしてこのパーティ、グレインさんが生命線なのでは? わたくし達は、必死でグレインさんを守らなければいけなかったのではないでしょうか?」
「そうかも……知れないです。私が偶然にも矢を避けてしまったせいでグレインさまに刺さっちゃいましたが、あれは私が刺さっておくべきだったのかも……」
「しかもご丁寧に、この矢には貫通力を増す為か、氷魔法が乗ってますわ。……は、ハルナさん、この矢は!」
セシルに言われてハルナはグレインの胸に突き刺さった矢を見る。
傷口の周囲は凍り付いており、血が少し滲み出ている程度で、流れ出しているような様子はなかった。
それよりも矢である。
見れば矢羽側から鏃の方に向けて、一筋の金属線が引かれていた。
「こ、これは魔導鉄!?」
「矢に魔法を込めやすいようにしているようですわ。これならグレインさんの強化無しでも治癒魔力を流せるのではありませんの?」
「は、はいっ! 元々使っていた、魔法剣用の剣と同じ構造ですから!」
「じゃあ……頼みますわ! わたくしは敵を……ヒール!」
セシルはゲレーロとその背後に潜んでいるであろう射手に向き直り、両掌を突き出してヒールを撃ち出す。
しかしその光弾は先ほど集団を殲滅した時のものより一回り以上小さく、連射性能も落ちていた。
ゲレーロは光弾を躱し、あるいは盾で受け止め、一つとして身体に受ける様子は無い。
射手が潜んでいると思われる茂みにも光弾は飛び込んでいくが、全く動きはない。
「グレインさんの強化がなくても、牽制ぐらいにはなりますわ。だからハルナさん、治療を急いで!」
セシルは振り返らないまま、背後のハルナに声を掛けるが、その額には玉のような汗をかいている。
ハルナは急いでグレインの胸に刺さったままの矢を握り、治癒魔力を流す。
「なァ、お嬢ちゃんたち、そこまでだぞ?」
不敵な笑みを浮かべたまま、悉くヒールを躱していたゲレーロが右手を上げる。
すると、セシルとハルナを取り囲むように五人の射手が、弓に矢を番えた状態で茂みの中から姿を現した。
「こ、こんなにいたんですの……!」
セシルは射手の一人に向かってヒールを撃とうと掌を突き出すが、同時に五本の鏃がセシルへと向けられる。
「おーっと、動くんじゃねぇぞ? そいつらはゲレーロ盗賊団の精鋭スナイパーだ」
セシルはハルナをちらりと見るが、まだ治療は終わっていないようだ。
セシルはゲレーロの方を向き、ふぅ、と小さく溜息をついてから言葉を発する。
「ねぇゲレーロさん、そろそろこのあたりで和解しませんこと? 先ほど負傷した剣士の皆様も、早く治療しないと手遅れになりますわ」
セシルはゆっくりと突き出していた手を下げる。
「手下共にこれだけの被害が出てんだ。今さら和解って訳にはいかねぇよ。嬢ちゃん方には悪いが、ここで死んでもらうぞ。あのモンスターの死骸も俺達が──?」
ゲレーロの言葉が途切れると同時に、セシル達を取り囲む射手の一人が吹き飛んでいった。
「ポップ!」
「ププ〜!」
セシルの傍らにポップが擦り寄り、甘い声を漏らす。
「あの女剣士の剣で仕留めた訳じゃなかったのか? ……てめえら、謀りやがったな!?」
次の瞬間、セシルとポップは逆方向に駆け出した。
「親方!」
「頭領!」
「団長!」
「お頭!」
「「「「どっちを狙いましょう?」」」」
四人の射手からゲレーロに同時に声が掛かる。
「なぁゲレーロ、呼び方ぐらい統一しとけよ」
ゲレーロにそう声を掛けたのは、ハルナによる治療を終えたグレインだった。
「なんだと……? 貴様、さっき矢で撃たれてたじゃねぇか。何でそんなにピンピンしてやがる!?」
「残念ながら、うちのパーティにはヒーラーしかいないもんでね」
そこでゲレーロはハルナを睨みつける。
「まさか……その『剣士』がずっとそこで蹲って矢を握ってたのは……」
「あぁ、俺の回復だ。だって彼女もヒーラーだからな」
「たかがヒーラーごときが、舐めてんじゃねえぞ! こちとら武闘派の盗賊団で通ってんだ!」
ゲレーロが、血走った目を見開いて激昂する。
「皆殺しだ! 野郎共、撃てぇ!」
しかし、誰一人として応じる射手はいなかった。
何も起こらないことに疑問を感じたゲレーロが周囲を見ると、吹き飛ばされたのか大木に打ち付けられた者、最初にやられた者のように手足が抉れて戦闘不能となっている者の身体が、そこかしこに転がっているだけであった。
「こ、これは……」
「ポップ、ありがとう。よく頑張りましたわ」
愕然とするゲレーロをよそに、セシルはポップを抱き締めていた。
「さて、あんたはどうする? 一人でも戦うのか?」
「……っ」
グレインはゲレーロに問い質すが、彼の反応は非常に薄いものであった。
「今降伏するなら、全員縛り上げてギルドなり衛兵に突き出すって条件付きだが、部下の命は全員助けてやる。傷跡一つ残さないぐらいに治してやる。さっきも言ったが、うちのパーティにはヒーラーしかいないからな」
その瞬間、ゲレーロの眼の色が変わる。
「その言葉に嘘はないな? こいつら、なんだかんだ言っても、俺を慕ってついてきてくれた奴らばっかりなんでな。ここで俺が個人的な意地を張って貴様等と戦い、こいつらの命を奪うわけにはいかねえんだ。……まぁ、盗賊団なんてみんな死刑になるのかも知れねぇが、それでも今ここで、俺がこいつらの人生を終わらせる訳にはいかねぇ。この戦争はもうあんたの勝ちだ。降伏しようじゃねぇか」
「分かった、降伏を受け入れよう。セシル、荷物の中に魔物用のロープがあったろ。あれでゲレーロと、治療の終わった賊を縛ってくれるか? ハルナは負傷者の治療と、同じく捕縛を頼む」
「……俺は……俺達は、どこで道を踏み外しちまったんだろうなァ」
てきぱきと指示を出すグレインを、ゲレーロは羨ましそうに眺めていた。
「ゲレーロ……敵ながら、その潔さには感心するよ。あんた、戦おうと思えば一人でも、俺達と互角かそれ以上に戦えるだろ?」
その話を聞いて、ゲレーロを縛ろうとしていたセシルが急に怯えた様子を見せる。
「チッ、やっぱり分かってやがったか。てめぇも、だからこそ手下の命を人質にしたんだろ?」
ゲレーロはそう言って、セシルが縛りやすいように腕を後ろ手に回す。
「あぁ、あそこで戦っていれば、どちらが勝つにしろ、俺もあんたも大事な仲間を失っていたに違いないからな」
「そうだな。仲間は……何物にも代え難い、宝だからな」
ゲレーロはぽつりと呟くのであった。
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