第019話 ある時は、またある時は
男達は剣を抜き、グレインに躙り寄る。
グレインは軽く後ろを振り返ると、ハルナは蹲った状態のポップを治療している最中で、セシルはヒールのための治癒魔力を練っている。
「(ポップ、痛いけどもう少し我慢してくださいね。それと、傷が治っても絶対に動いちゃ駄目ですからねっ)」
ハルナはポップに小声で話し掛ける。
「なぁ髭、実際のところ、こいつはいくらに──」
グレインは自分の後ろの仲間達に注目されないよう、態と両手を広げて、髭の男に声を掛けた。
「ゲレーロだ」
「ん?」
「俺の名前だよ」
「あぁ、ゲーロな。それで──」
「ゲレーロだ! 次間違えたらぶっ殺すぞ!」
髭の男──ゲレーロは額にはっきりと青筋を浮かべて、グレインを怒鳴りつける。
「あぁ、すまん。ゲレーロだな。それで、実際のところ、こいつは幾らぐらいになるんだ? 俺も百億は少し言い過ぎだと思ったよ」
「なんだ? 今更命が惜しくなったのか? それともビビったのか?」
「そういう訳じゃないけどな、興味本位だ」
「まぁ、正直なところ、俺もいくらになるのか分からねぇ」
「「「えっ」」」
グレイン達の驚きは尤もだった。
なにしろ、幾らになるか分からない物の為に、自分達は殺されそうになっているのだから。
「ただ、十万ルピアは軽く超えるはずだと確信している」
「「「査定が大雑把」」」
「それぐらいの査定しか出来ないほど、そのモンスターは規格外に珍しいんだよ。……俺だって、生まれて初めて見たんだぜ?」
ゲレーロはニヤリと口元を歪めて、そう付け加える。
「それなら自分達で捕まえりゃ良かったんじゃないか? わざわざ依頼を出して冒険者を雇って、そいつらから買い取るなんて面倒な事をせずに済むだろ」
「俺達だってそんな事はとっくにやってんだよ。これまで八人も怪我で戦線離脱していったんだ。それぐらい、そいつを仕留めるのが難しかったんだ」
ゲレーロはうんざりした顔でそう呟く。
「その八人ってもしかして、被害者の事ですか?」
ゲレーロと対話するグレインの後ろに、いつの間にかポップの治療を終えたハルナが立っていた。
「おう、ハルナ。息の根を止めてきたか?」
グレインがハルナに目配せしながら話し掛ける。
「はい、完璧ですっ! しっかり仕事はこなしましたよ」
ハルナもウインクで応える。
「それで、被害者ってのは、あの依頼書にあった怪我人のことか? でもあれってみんな、山菜取りの住民とか街道を通り掛かった商人、冒険者じゃなかったか? ……まさか」
「剣士の嬢ちゃん、鋭いな。あいつらの身分を偽るのにはホント苦労したぜぇ! ハッハッハッハ!」
ゲレーロはそう言いながら豪快に笑う。
彼の目には、未知のモンスターが既に死骸となって転がっているように見えているため、巨万の富を半ば手に入れた気になっているのかも知れない。
ポップはハルナの指示通りに、蹲ったまま微動だにしていないだけなのだが。
「なるほど……そうすると、この依頼は最初から仕組まれてたんだな。依頼を受けた冒険者がこいつを仕留めれば、死骸を安く買い叩いて大儲け、冒険者も達成報酬とは別に金がもらえるから、お互い損はしない。もし万が一、冒険者が逆らったら、今の俺達のように、皆殺しでモンスターに罪を着せる、と。ギルドへの依頼費用だって、こいつの死骸に比べりゃ微々たるもんだ」
「まぁ、そういうこった。そして、貴様等にここまで全部話すってことは……わかるな?」
「最後に一つ聞かせてくれ。あんたらは結局、何の集団なんだ? 盗賊団か?」
「よくぞ聞いてくれたな! 俺達は盗賊団なんかじゃない! ある時は山賊、またある時は野盗、またまたある時は空き巣、人呼んで『ゲレーロ盗賊団』とは俺達の事だ!」
「「「結局は盗賊団」」」
「はぁ……。とりあえず、ろくでもない奴らだって事は理解した。セシル、ハルナ、頼めるか?」
「「はいっ!」」
ハルナは一度納刀していたレイピアを再び抜き、盗賊団の男たちに向けて構える。
ゲレーロは数歩後ろに下がり、代わりに盗賊団の戦士たちが剣を抜いてハルナに殺到する。
「なんだぁ? こんなかわいい娘が俺達の相手をしてくれんのか?」
「いったい何の相手だよ。ヒャハハハ!」
「おじさんの方が弱いからこっちへ掛かってきなよぉ。ガハハハッ!」
男達はハルナに下卑た笑いを浴びせるが、ハルナは決して動じない。
なぜなら彼女は、囮なのだから。
「ヒール!」
突如、ハルナの背後から無数の光弾が、盗賊団の男達目掛けて飛来する。
彼等は突然の事に為す術もなく、手足を光弾に晒されていく。
一瞬の後、光弾は全て霧散して消滅する。しかし、男達に見たところ変化はない。
「おいおい、何だァ? お嬢ちゃん、魔法にしちゃ威力無さ過ぎだぞ? 戦うつもりな──ァァァァッッッ! ギィィィァァァ!!」
セシルを嘲っていた男の右腕が突然膨らみ、そして血飛沫と共に弾ける。
男の右腕は骨が露出するほど抉れており、もはや武器を持つどころか、戦闘すら出来ない状態であった。
その男の悲鳴を皮切りに、あちこちで血飛沫や悲鳴、嗚咽が上がり、長閑な草原は一瞬で血塗れの戦場に姿を変える。
「さぁ、あとはあなた一人ですわよ? もう降参したらどうですの?」
セシルが掌をゲレーロに向けている。
しかし、ゲレーロは涼しい顔をしている。
「二人とも……警戒を怠るなよ」
しかし、この状況にグレインはただ一人違和感を覚えていた。
「グレインさま、どうされました?」
ハルナがグレインの方を振り返る。
「敵はあいつだけじゃない。他にもいるはずだ。セシルのヒールで斃れた盗賊団の男たちは皆、剣を持った戦士だった。だが、ポップは何にやられた?」
あっ、と小さく声を上げて、ハルナは思わず両手で口を押さえる。
「弓を持った敵が、どこにもいない……」
「あぁ、どこか茂みの中に潜んでる可能性が高そうだ。この状況で狙い撃たれると非常にまずいな」
「じゃあみんなで左右に小刻みに動くことにしましょう!」
「いや無駄だろ」
突然ハルナは反復横飛びのように左右にステップを踏んで小刻みに往復し始める。
「ほらっ……やって……みないと……はぁ……はぁはぁ……わからないじゃ……」
「明らかに無駄に動きすぎて疲れてるじゃないか」
「いえっ、まだ……はぁっ、はぁっ……だいじょう──」
次の瞬間、ゲレーロの真後ろの茂みの中から、ハルナの背に向けて氷の矢が飛来する。
「……はぁ、はぁ……大丈夫……ですから……ってグレインさま!? きゃぁぁぁぁ!!」
氷の矢は左右に往復していたハルナには当たらず、そのままグレインの胸に突き刺さることとなった。
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