第018話 自慢の剣士だ

「ハルナ! セシル! 二人を強化するから、ハルナはポップの治療に向かってくれ! セシルは俺と来てくれ!」


「分かりましたっ!」


 ハルナはポップの落下地点に向かって飛び出していく。


「セシル、俺達も行こう!」


 ほぼ同時に、グレイン達も走り出す。


「……許せませんわ。それ相応の報いを受けていただかないと!」


 セシルは怒りを滲ませたままひたすら走り、草原の外れの方までやってきた。


「おそらく矢を撃った奴はこのあたりを通るはず──」


 そうグレインが言いかけた時。


「お、さては貴様等が依頼を受けた冒険者か? しくじりやがって」


 草原の外縁近くでまばらに増えてきた背の高い茂みの中から、大層な髭をたくわえた大男と、その手下と思しき屈強な七人の男達が姿を現す。


 すかさずセシルが怒りに任せてヒールを発動しようと手をかざすが、グレインが彼女の前に歩み出て止める。


「(セシル、少しだけ我慢してくれ。相手は八人、こっちは二人。さらに相手の戦力が分からない)」


 グレインはセシルに聞こえるぐらいの声で話した後、男達に向き直る。


「まず、どういうことか説明してくれないか? いきなりしくじったって言われても何の事だか」


「貴様等が受けた依頼はモンスターの討伐だろう? 討伐対象の獲物を逃がすって事は、大失敗じゃねぇか」


 髭の大男がグレインにそう告げる。


「依頼内容を知ってるってことは……あんたらが依頼に関わってるのか?」


「だったら何だってんだ! 貴様等がちゃんと仕留めねぇから、こっちは折角のお宝を逃がすところだったんだぞ」


 髭の男が憤った様子でグレインに詰め寄る。


「あー……、すまなかった。俺もいきなり空に逃げられて驚いてたところだったから、あんたらの矢が当たって助かったよ。」


「っ! グレインさん、いきなり何を言い出すんですの? ポップは──もがもが……」


 グレインはセシルの口を手で塞ぎながら、彼女の耳元で囁く。


「(一旦ハルナと合流しよう)」


 グレインに口を塞がれたままのセシルは小さく頷く。

 それを合図に、グレインは彼女の口から手を離す。


「お話の邪魔をして申し訳ございませんでした。今後は注意して行動しますわ」


「あぁ、よろしく頼むぞ」


 訝しむ男の前で、グレインに向かって下げられたセシルの頭を、グレインは軽くぽん、と撫でた。


「ふぁあっ」


 予想外の出来事にセシルは変な声を漏らすが、幸い髭の男たちには聞こえなかったようである。


「なぁ、俺達も冒険者のはしくれだ。依頼失敗のまま終わる訳にはいかないんだよ。一緒にあのモンスターのところまで同行させてくれないか?」


 グレインは髭の男に頭を下げて頼み込む。


「チッ、しょうがねぇな。ただし、次にヘマやらかしやがったら、貴様等全員奴隷として売り払ってやるからな! ……そっちの嬢ちゃんは俺が買い取ってやってもいいぞ。へへ……」


「ひぃ……」


 髭の男は下卑た笑みを浮かべており、それを見たセシルは全身に鳥肌を立てていた。


「とりあえず行こう」


 グレインとセシルは、男達と距離を取りながら一緒に移動する。


「(セシル、ハルナと合流したら、ハルナを盾にしてヒールを撃ってくれ)」


「(……っ! そんなことしたらハルナさんが殺されてしまいますわ)」


「(あ、そういえば見せてなかったな。ハルナは自分で自分を治癒できるから大丈夫なんだ)」


「おい、貴様等何をコソコソ相談してるんだ?」


 髭の男が訝しむような眼差しでグレインを睨みつける。


「いやなに、あいつが撃ち落とされた場所はそろそろだろ? うちのパーティから仲間を一人だけ、モンスターのところに先行させてるから、そいつが無事か心配してたのさ」


「なんだ、パーティは貴様等二人だけじゃなかったのか。ふん、まぁいい」


「おい、こっちにいたぞ!」


 男達のうち一人がポップを見つけたようで、声を上げる。

 グレイン達が駆け付けると、ちょうどハルナがポップを治療するため、レイピアを突き刺しているところだった。


「おぉ、ハルナ! やったじゃないか! ついにそいつを仕留めたか!」


 グレインが大袈裟に両手を広げ、セシルと共に駆け寄る。


「あのモンスターを一突きとは……なかなかやるじゃねぇか」


「だろう? うちのパーティの主戦力! 自慢の剣士ハルナだ」


 グレインがそう言って胸を張っている間も、ハルナはポップに治癒魔力を流し続けている。


「よし、それじゃあここからは商売の話に移ろうじゃねぇか。お前さん方、そのモンスターの死骸を十万ルピアで俺達に売らねぇか?」


 髭の男が笑みを浮かべてグレインに提案する。


「何だって?」


「心配すんな、角とか羽根とか、討伐の証拠になる部分だけは残しといてやるから、お前さん方の依頼失敗にはならねぇよ」


「(十万ルピアって事は、宿屋が一泊だいたい五千ルピアだから二十泊分か……幻とか言われる聖獣にしては随分安くないか?)」


 グレインは小声でセシルに相談する。


「(上質のパンが一個二百ルピアですから……五百個分ですわね。……よく分かりませんわ。そんなに食べ切れませんもの)」


「(何故パンで計算した)」


「(グレインさま、最近開業した安い宿屋をご存知ですか? 何と一泊三千ルピア!)」


 ハルナが器用にも治療の手を止めることなく、突然会話に入ってきた。


「(おぉ! それは安いな! どこにあるの?)」


「おい、随分長い相談だな? 一体何の──」


「ちょっと待ってくれ! 今一番大事なところなんだ」


 髭の男がしびれを切らして催促するが、グレインは掌を髭の男に向け、話を切る。

 するとハルナが場所を説明し始めた為、グレインは慌てて足元の草を剣で刈り取り、地面に地図を描き始める。


「なるほど、このあたりにあるんだな。ありがとう、ハルナ」


 グレインは忘れまいと地図を目に焼き付ける。


「貴様等、値段の相談をしてる訳じゃねぇのか? おい、なんだその地図は?」


「いや、こいつはずいぶんと珍しいモンスターだから、たった十万で売る訳にはいかないな」


「「「「「地図は」」」」」


「なんだ、吹っかけようって腹か? じゃあいくらなら売るんだ? 言ってみろ」


 周囲の男達と対象的に、髭の男は冷静に言い放つ。


「いやいや、吹っかけてる訳じゃなくて、適正な価格を言っているだけだ。こいつは百億ルピアでも迷うぐらいだぞ」


「ひゃ、百億……だと!?」


 髭の男は呆気にとられている。


「(グレインさん、さすがに吹っかけ過ぎですよ)」


 傍らに立つセシルが目を細めながら、小声でグレインを咎める。


「(あー……。俺も言ってから後悔してる。桁間違え過ぎたよ……)」


「分かった……そんな有り得ねえ額を要求して、俺達に売るつもりがねぇってのは良く分かった」


 髭の男の眼はいつの間にか怒気を孕んでいた。


「「(そうなりますよねー)」」


「それじゃあ力尽くで奪うだけだ!」

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