第021話 人生最大の災難

「そろそろセシルが戻ってくる頃かな」


 グレインとハルナは、草原で捕縛したゲレーロ盗賊団を全員引き連れて、街道まで戻ってきていた。

 既に日は落ち、夜の帳が辺りを包み始めている。


 グレインたちは、ゲレーロ達を拘束した後、ギルドへの報告や、犯罪者引き渡しの手続きをするために、サランの町へ早馬を飛ばすことを決めたのだった。

 しかし、馬などは事前に用意していなかったため、移動手段はポップに乗せてもらうしかなかったのだが、ちょうどセシルが最も身体が小さく、そしてポップも非常に懐いていることから、セシルが使者になったのである。


『それでは、行って参りますわ……。わひゃぁーーっ!』


 セシルの身体がその場に置いてけぼりになるほどのスタートダッシュをポップが見せたのが、つい二時間前。


「グレインさま、そんなに早く戻ってくるのでしょうか?」


「サランからここまで歩いたって二時間ちょっとだろ? あのポップの足なら、五分とかからず着くだろうさ。そこからは、ギルドへの説明、衛兵への説明、衛兵の出動準備、そこから馬の足なら二時間とかからずに……ほら、噂をすればってやつだ」


 グレインが見ているのは街道の西側、サランの町がある方向だった。

 遠くから微かに松明の明かりがこちらへ近付いてくるのが見える。


「ゲレーロ、お迎えが来たぞ」


「ケッ、今回は不覚をとったが、次こそは貴様等全員ぶっ殺してやるから覚悟しとけよ」


「あぁ、待ってるよ。……次回があるといいがな」


「あるに決まってんだろ。鉱山での強制労働だろうがなんだろうが、俺たちは絶対に生き抜いてみせるぜ」


「……達者でな」


「うるせぇや。貴様等に会ったのが、俺の人生最大の災難だったぜ」


 こうして、ゲレーロ達は衛兵に連行されていった。



********************


「それでは、本当の本当にさよならですわね」


「ププルゥ……プーゥ」


 心なしかポップの鳴き声も寂しそうである。

 しかし、ポップはセシルの胸に軽く頭を擦り付けると、その背に生えている大きな翼で羽ばたき、上空へと舞い上がる。

 帰る方角を見据え、今度は一気に羽ばたきを強め、空を駆けるように、星が見え始めた空の彼方へと飛んで行った。


「セシル、俺達も帰ろう」


「セシルさん、ポップには聖獣としての生活が、セシルさんには人間としての生活があるんです。人間と聖獣は相容れないものとされています……。一緒にいられないのは寂しいですけど、しょうがないですよ」


 グレインとハルナが、ポップの飛び去った方角をいつまでも見ているセシルの背中に声を掛ける。

 セシルはこちらを振り返らず、夜空を見上げたまま応える。


「ハルナさん、ありがとう。……えぇ、分かってはいるのですわ。頭では理解しているのですけれど、心が理解してくれなくて、苦しいのです」


 そうして三人は、暗い夜道となった街道を、とぼとぼとサランに向けて歩く。

 一同はポップと別れたショックを抱えているのか、会話はない。

 そのような状態で、突如ハルナが口を開く。


「グレインさま、ちょっと遅めですけど、今夜夕飯ご一緒しませんか? セシルさんも! このパーティで初の依頼完了と、セシルさんの歓迎会の意味も込めて!」


「あぁ……そうだな! 派手に飲むか!」


「……まずはギルドに出向いて依頼の報酬をいただかないと、皆さん無一文だったのでは?」


「「あっ」」


「ふふ……皆さんいつも通り、間が抜けてますわね」


「セシル、俺達があまりに頼りなさ過ぎて、愛想尽かしたりしてないか? もしお前がこのパーティに嫌気が差したなら、いつでも抜けてもらって構わないから言ってくれよ?」


「いいえ、もう慣れましたわ。それに……わたくしがしっかりしていないと、このパーティは間違いなく瓦解しますわ。むしろ気合が入ったぐらいですの!」


 セシルがそう言ったタイミングで、ちょうど一行はサランの東門へと辿り着いた。


「さて、ようやく町まで戻ってきたなぁ」


「早速ギルドに向かいましょうっ! そして酒場で歓迎会!」


「あぁ、そうだな! お金お金! メシメシ!」


 セシルは、冒険者ギルドに向かって駆け出す二人を追い掛けながら叫ぶ。


「お二人とも、欲望丸出しで醜いですわよ! ところで……パーティ名はどうなりましたの!?」


「「あぁぁぁぁっ!!」」


「そ、その場のノリで良いんじゃないか?」


「ダメですわ! またその場で見たもので作るのでしょう? 『客のいない酒場』、『寂れたギルド』、『色気のない受付嬢』とかろくでもない名前しか出てこないに決まってますわ!」


「「セシルさん本音が」」


「ヒィッ!」


 突然ハルナが、ギルドの方を見て怯えだした。

 ギルドの入り口の外でナタリアが、不気味なほどにこやかに手招きを繰り返していた。


「あ、あわわ、あわあわ……」


 ハルナの声によってナタリアに気付いたセシルが、唇をわなわなと震わせている。


「セシル、あれはお前に向けられた手招きじゃない可能性もあるぞ? それに、さっきの声が聞こえてなかった可能性もあるだろ。とにかく行こう」


「やだやだやだ! 嫌ですわ! 絶対行かないィー!」


 セシルはジタバタと手足を振り回して暴れるも、グレインとハルナが協力して抑え付けたため、為す術なくナタリアのもとへと連行される。


「『寂れたギルド』へお帰りなさい、『名無しパーティ』の皆さん。『色気のない受付嬢』が依頼達成の手続きをしますので、その後は是非ギルド併設の『客のいない酒場』でお楽しみ……くださいね」


 ナタリアがセシルに向けてにこやかな表情を見せるが、セシルは有り得ない程全身をガタガタ震わせている。


「あ、それとセシルさんは犯罪者釈放の手続きがありますので、別室へどうぞ。お・ひ・と・り・で」


「……セシル、遺言はあるか?」


「セシルさん、治癒剣術の準備はしておきますねっ」


「ぱ、パーティですので連帯責任ですわぁぁぁん!」


 ナタリアはにこやかな表情のまま、今度は泣き出したセシルの襟首を掴み、ギルドの中へと引き摺っていった。

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