第012話 君にも加入してもらいたい

「セシルさん、ここに収監されている事情はお姉ちゃ……ナタリアさんから全て伺いました。私達ならあなたをここから出すことができます。その代わり、私達と一緒に『ウサギ狩り』を手伝ってくれませんか?」


 セシルは、優しい口調で語りかけてくるハルナの方をじっと見つめた後、ゆっくりと口を開いた。


「わたくし、魔法で周りの方々を見るも無惨な姿に変えてしまいましたの……。私の傍にいる者を皆……。確かにここに閉じ込められているのは苦痛ですわ。すぐにでも出ていきたいと思っていますわ。でも、それは全てわたくしが悪いのです。きっと、この苦痛を感じながら、ここで余生を送るのが私の償いなのですわ」


「え……? セシルさん、それは私達と一緒に来てくれない、って意味ですか?」


「ハルナ、ちょっと待ってね……。セシル……罰を感じているところ悪いんだけど、そろそろ出ていってもらえないかしら? あなたの食費、全部ギルドの負担になってるのよね」


 戸惑うハルナの隣で、ナタリアは溜息を吐きながらそう告げた。


「……怖いんですの。外に出て、わたくしの魔法が再び誰かを傷つけてしまうのではないかと思うと……わたくしの魔法は傷ついた者を癒すために習った魔法ですのに……。今でも目を閉じるとあの時の光景が浮かんできますわ。わたくしのヒールが当たった彼らの傷は、一瞬で跡形もなく治癒したのですが、その直後、身体の内側から治療箇所が次々と膨張し、爆発四散していきましたわ……先ほどまで仲間であった者たちの手足や肩が、次々と血飛沫と肉片を飛び散らし、あたりにはたくさんの悲鳴が響き渡り……まるで地獄の有り様でしたわ」


「うわぁ……」


 グレインは思わず顔を顰めて目線をハルナの方へと逸らすが、ハルナは説明された光景を想像してしまったのか、卒倒しそうなぐらい顔が真っ青で、唇まで紫に染まっていた。


「わたくし、それで気が動転してしまって……更にその傷を癒やそうと追加でヒールを爆発した箇所に向けて撃ち込んだのですが……ただただ事態を悪化させるだけでしたわ」


「明らかに様子がおかしいんだからそこでやめて差し上げろよ」


「あの時、ギルドマスターと治療院の方々が通り掛かってなかったら、私は今頃九人の殺人犯で死罪になっていた頃合いですわ」


「そういえばナタリアも言ってたけど、この町のギルドマスターなんて一度も姿を見たことないぞ? もう五年近くも冒険者やってるんだけどなぁ」


 グレインが首を傾げる。


「あの子、フラフラしてるからね……他の都市にもよく遊びに行くみたいだし」


 ナタリアが苦笑しながらそう言った。


「ナタリアは知ってるんだな……まぁギルド職員だから当然か。……おっと、今はセシルを連れて行く話だった。そうだ、事件の被害者たちとは、その後どうなったんだ?」


 グレインは脱線していた話を無理矢理戻してセシルに話し掛ける。


「事件の二日後、私のもとにパーティメンバー全員の署名が入った解雇通知が届きましたわ。やはりヒールも満足に使いこなせないヒーラーなんて、存在意義が無いのですわ」


「……セシル、存在してる意味が無いとか、そんな悲しいこと言わないでくれ。……俺も前のパーティを追放された時に同じことを言われたんだ。でも、俺はまだここに生きていて、誰かの役に立てるかもって思って冒険者を続けようとしてる」


「グレインさま……」


 ハルナも少し寂しげな顔でグレインの横顔を見つめている。


「俺もハルナもパーティを追放されたけど、再び冒険者を続けようと立ちあがった。今日がその再始動の日なんだ! だからセシル、君にも加入してもらいたい。このパーティ、『カビの生えたパン』に」


 グレインが名乗った、あまりに適当過ぎるパーティ名を聞いて、ハルナとナタリアは目が点になっている。

 涙ぐんでいたセシルまでも、不思議そうに三人の様子を見ていた。


「……グレインさま、ちょっとそのパーティ名は酷すぎます。やり直してくださいっ!」


「コホン……セシル、君にも加入してもらいたい。このパーティ、『味のしないスープ』に」


「あんた、さっきから目の前にあるセシルの朝食を見て、適当に名付けてるでしょ。……ちなみにその料理、あ・た・し・が作ってるんだけど?」


 グレインは血の気が引いていくのを感じていた。


「なっ、ナタリア……! あー、その……ご、ごめんなさい」


「ちゃんとパンは焼き立てだし、スープも味見してるのよ。あんたにどうこう言われる筋合いはないわ! ……あぁそうだ、なんなら今度食べさせてあげるわよ? あんたをこの牢にブチ込んでね!」


「ひぃぃぃぃ!」


 ナタリアのあまりの迫力に悲鳴を上げたのは、グレインでもハルナでもなく、セシルだった。


「分かったら真面目にやる!」


「ゴホン、……セシル、君にも加入してもらいたい。このパーティ、『ejd@yhw$jw&y』に」


「……グレイン、今なんつった?」


 セシルに向いているグレインの背に、ナタリアから冷ややかな言葉が浴びせられる。


「え? えぇと……このパーティ、『pejf#)pzr+m』に」


「さっきと発音変わってんでしょうが! あんた本当に適当ね!? やる気あるの? ねぇ、いまここで死んどく?」


 ナタリアがグレインの背後から、彼の首を両手できりきり締めている。


「ごべんなざいやめでぐだざい」



「ふ……ふふっ……あははははっ!」


 二人のやり取りを見ていたセシルが、檻の中で笑い転げていたのを見て、グレインとナタリアはぽかんとする。


「あはは……はぁ……。何だかわたくし、すごく久しぶりに笑った気がしますわ」


「セシルは考え過ぎなんじゃないのか? たまには何も考えないで頭を空っぽにするといいぞ」


「あんたは少しくらい頭使いなさいよね」


 ナタリアはグレインの頭を手のひらでペシペシ叩いている。


「ナタリアさん、これまでお世話になりました」


 セシルは檻の中で座ったままナタリアに頭を下げていた。

 所謂土下座であった。


「ちょ、ちょっと待って。何で土下座なんてしてんのよ! 別にあたし……世話なんて何もしてないわよ」


「いえ、いつもこちらでいただくお食事が非常に美味しかったです! 本当にありがとうございました」


 セシルは満面の笑みで立ち上がり、グレインの方を見て、檻の隙間から手を差し伸べる。


「グレインさん、ハルナちゃん、ウサギ狩りだけの短い間ではありますが、よろしくお願いしますわ」


「あぁ、そのウサギ狩りについてなんだが……。まぁ後でいいか。こちらこそよろしく」


「お願いしますっ!」


「じゃあ、外へ出よう。ナタリア、頼んだぞ」


 グレインはナタリアへ目配せしてから、ハルナと小屋の外に出ていく。

 ナタリアはポケットから鍵を取り出し、セシルの檻の錠を外す。


「セシル、あの二人をよろしく頼むわね」


「はい、かしこまりましたわ。というか、ただのウサギ狩りのお手伝いですよね?」


「色々と誤解してるわね……。とりあえず外に出ましょう」


「いえ、その前にこちらの朝食をいただきますわ」


 そう言ってセシルはパンとスープを優雅に楽しんでいる。

 ナタリアは何度目か分からないため息を吐きながら、セシルが食べ終わるのを待って、一緒に小屋の外へ向かっていった。

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