第011話 彼女が犯罪者になるまで
「全然説明が進まないぞ……。もうこの際、口頭説明じゃなくていいから紙に書けよ。あ、絵は無しで」
「いえ、ちゃんと最初から説明するわね。文書にすると冒険者がろくに読まないから、口頭で説明する規則になってんのよ」
武器庫から引っ張り出してきた武器を片付け終えたナタリアが、説明を再開する。
「冒険者を志すエルフのセシル。彼女はサランの冒険者ギルドで、冒険者の若者セインに誘われて彼のパーティ『アルティメット・セイント・ブラスト・オブ・トルネード・パージ・サンダー』に加入した。しかし彼女を待ち受けていたのは、非常に過酷な運命だった──」
「なんの予告編だよ」
「ゴクリ……何が起こるのかハラハラしますね……。お姉ちゃん、続きをお願いしますっ!」
「ハルナは乗り気なんだな」
「ある日、『アルティメット・セイント・ブラスト・オブ・トルネード・パージ・サンダー』のメンバーは、冒険者タクト率いるパーティ、『ゴライアス・リンデンホーク・トルネード・クラッシャー・シン』と諍いを起こして、町の外へ出てパーティ同士で決闘したの。最終的には双方和解して仲良くなったところで町へ帰還。セシルが両パーティで唯一のヒーラーだったので、決闘でボロボロになった全員にヒールを掛けたのよ。」
「「パーティ名長い」」
「そういう名前で申請されたんだから、しょうがないじゃない」
「おいナタリア、最近こういうの流行ってるのか?」
「名付けなんてパーティによってバラバラよ。別に流行とかないんじゃない?」
「とりあえず、ギルド側で文字数制限はつけた方がいいんじゃないか?」
「そうね……考えとくわ。誰かさんには黒魔術の呪文と間違われるぐらいだしね?」
ナタリアはハルナに目を向けると、ハルナはびくっと全身を震わせる。
「どうせ下らない事だと思うが──」
グレインは咄嗟に、ナタリアを牽制するように前置きを述べる。
「一応聞くぞ? そのパーティ同士で喧嘩になった原因は?」
「両方のパーティ名に『トルネード』が入っていて、使うのをやめろ、とかどっちが相応しいか、みたいな話だったわね、確か」
「予想以上に下らないというか、程度の低い理由だった」
「なるほど! パーティ名が絡むから、さっきパーティ名のところで重要だって言ってたんですねっ!」
ハルナは続きが気になるのか、目を輝かせてナタリアの話に食いついている。
「大事だと言いつつ、諍いの理由を省いたら意味ないんじゃないのか?」
「なんか、もう全てが面倒臭くなっちゃって……。どうせあたしなんか、ギルドでこんな説明してても、結婚には結びつかないのよ……」
ナタリアの瞳がどんよりと濁っていた。
「と、とりあえずだ。アルティメットなんちゃらとゴライアスなんたらのライバル同士が激突した結果和解して、友情を確かめ合った後に町へ戻ってきたところで、セシルに全員回復してもらったんだな?」
「いえ、セシルに全員ヒールを掛けてもらったのよ」
「ん? 同じじゃないのか?」
「違うわ。二つのパーティメンバーの身体はヒールを受けて爆散したの」
ナタリアの話を聞いて、ハルナがひぃ、と小さく悲鳴を漏らす。
「……どういうことだ?」
「セシルは、まだ魔力のコントロールがうまくできないみたいなのよ。パーティが和解してテンションが上がってたのか、ヒールに過剰な魔力が供給されたの」
「なるほど、治癒魔力を注ぎ込みすぎて、過剰な治癒力が身体に流れ込んで悪影響を及ぼしたか」
「えぇ、治療院の人たちも同じ見解だったわ。そして、『町の中で攻撃魔法を使用した』という罪でセシルは衛兵に逮捕されたの」
「ヒールなのに攻撃魔法とは……なんか不運だな」
「回復したかっただけなのに……かわいそうです」
ハルナもグレインに同意する。
「そうなのよ。それで、見るに見かねてギルド側から衛兵に、状況と故意ではなかった旨を説明して、ギルド側で身柄を引き受けたの。でも、犯罪を犯したという認定が覆る訳ではないから、彼女は犯罪者のまま。だからギルドで身柄を引き受けても、何もせず無罪放免にすることもできないのよ」
「あぁ、読めたぞ。俺たちに帯同させて、依頼達成の助力をしたとか手柄を立ててやって、その事実を使って釈放しようって魂胆だな」
「……あんたって、そういうところ鋭いのよね」
「ちなみに被害者達、例の二つのパーティメンバーは全員死んだのか?」
「現場にたまたまギルドマスターと治療院のルビス先生が通り掛かって、治療院と冒険者の治癒師が総出で治療にあたって、誰一人後遺症も残さず、元気に回復したわ」
「運が悪いと思ったけど、悪運は強いんだな……。まぁ、まずはセシルに会わせてくれないか? 俺とハルナで面談して、それから連れていくか決めよう」
「そうですね、最初は絶対断ろうと思ってましたけど、今のお話を聞いたら連れて行ってもいいかなって思い始めてきました」
「よかった! あんた達ならそう言ってくれると思ったわ! じゃあ案内するわね」
そう告げてナタリアは、二人をカウンターの中に通した。
そのままギルドの建物自体を通り抜けるように奥へと進むと、ギルドの裏口ドアに突き当たる。
ナタリアがそのドアを開けると、ギルドの裏の空間に出た。
そこは四方を建物に囲まれた小さな訓練場で、その端には小さな小屋が建っている。
ナタリアはその小屋の入口まで二人を連れて行く。
「訓練場に併設されてるってことは、この小屋もギルドの施設なのか」
「冒険者達が捕まえた盗賊なんかの犯罪者を、衛兵に引き渡すまでの間、拘留しておく檻があるのよ」
四方を建物に囲まれているため、犯罪者が仮に檻から脱出したとしても、ギルド裏口からギルドの中を通り抜けなければ町には出られない。
非常に理想的な立地であった。
ナタリアはためらうことなく小屋のドアを開け、中に入っていく。
小屋の中には、入り口から真っ直ぐ奥へと続く通路の両脇に、入口の開いた空っぽの檻が並ぶ作りだったが、突き当たりの檻だけが施錠されていた。
その檻の中には、一人の少女が膝を抱えて座り込んでいた。
その少女は、とても先月、洗礼を受けてジョブを授かったばかりの二十歳には見えない、十代前半ぐらいの見た目をしており、明るいセミロングの緑髪の隙間から、エルフの特徴である尖った長い耳たぶがひょっこりと見えている。
「俺達と同じような歳っていうから、エルフ換算するとものすごい幼女なのかと思ってたが、割と普通の見た目なんだな」
「そうですね。私の妹と言って通じるぐらいの年齢には見えそうですね」
「てっきり這い這いが終わってギリギリ二本足で立てるぐらいの見た目かと」
「どんだけ幼女よ! っていうかむしろそんなの赤ん坊じゃない!! 第一そんなんだったら冒険者としてやっていけないでしょうが」
三人の話し声──主にナタリアの声が聞こえたのか、セシルはビクッとこちらを見て、再び抱えた膝の間に顎を滑り込ませる。
「さっき大雑把に説明したけど、彼女がエルフ族のセシル。冒険者ランクはFランクで、現在は犯罪者としてギルドで身柄を拘束中。罪状は九名に対する魔法傷害罪よ」
「分かった、ありがとう」
グレインはそう言って檻に向かって数歩近付く。
「セシル、まずは自己紹介をさせてくれ。俺はグレイン、彼女はパートナーのハルナだ。あとは、知ってると思うがギルド職員のナタリアだ。一応俺が似非婚約者ということにされている」
「パ、パートナー!?……パ、パーティ仲間のハルナですっ!」
「似非ってなによ似非って……いやそれより婚約者って!? あの言い方だとこっちから脅したみたいじゃないのよ」
「だって俺に刃物を突きつけて結婚を迫ったじゃないか」
「結婚を迫ってなんかないわ。あんたを殺そうとしただけよ」
「もっとダメだろ」
セシルは膝を抱えたままグレインたちの方を一瞥した後、無言のまま再び自らのつま先を眺めている。
「なぁ、とりあえず……ここから出たい……か?」
そうグレインが問いかけると、セシルはグレインの方を振り向き、無言のまま頷いて涙を流した。
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