第010話 刃傷沙汰
「それじゃ、説明するわね」
コホン、と軽く咳払いをして、ナタリアが説明を始める。
「その娘の名前はセシル。二十歳のエルフ族よ。彼女は先月、洗礼を受けて冒険者になるためにこの町のギルドへやってきました」
ナタリアはそう言って、手元にあった厚紙をグレイン達に見せる。
そこには手描きで『セシル』と銘打たれた人型の何かが、崩れそうな山の斜面に足を突っ込んでいる図が描かれていた。
「これはナタリアの手描きか?」
「そうよ。イメージ図があった方が分かりやすいじゃない」
微妙にドヤ顔のナタリア。
「お姉ちゃん……なかなか味のある絵だね……」
ハルナは慎重に言葉を選んで発言する。
「ハルナ、こういうのは下手くそって言うんじゃないのか?」
そしてグレインが盛大に地雷を踏む。
「グレインさまっ! だ、駄目ですよ! せっかく曖昧な表現で誤魔化したのに! ……あ……」
「あ・ん・た・た・ち!!」
「「なんでもないですごめんなさい」」
「それで、この人型の絵がセシルだよな? セシルが足を突っ込んでる崖崩れ山はなんだ?」
「……このギルドの……建物よ……」
ナタリアは静かに告げるが、グレイン達は周囲の空気が揺れているのを感じ取る。
その時、ハルナがグレインに耳打ちする。
「(まずいです、お姉ちゃんキレる寸前ですよぉぉぉ! なんとか褒めちぎって機嫌を取るしかないです!)」
「な、なるほどな。な、なか、なかなか上手いんじゃないか」
「ホントにそう思ってる?」
この時グレイン達は薄々感じていた。
今対峙しているのは、これから戦う事になるであろう、まだ見ぬホーンラビット変異種よりもヤバい存在であるという事を。
「ああああああぁ、もちろん本当だとも。な、ハルナ?」
「ええええぇぇ、本当ですよ、お姉ちゃん。見たところセシルさんがギルドの建物に……埋まって……いや建物を蹴飛ばして……? あ、つま先をぶつけ──」
「ハルナ、もうそれ以上言うな……」
「イメージ図はなかったことにするわ……」
そう言ってナタリアは手元の絵が描かれた紙を力任せに引き裂いていく。
どうやら全部で十枚ほどあったようだが、彼女は全てを重ねた状態で一息に破り捨てていた。
「「ひぃぃぃっ!」」
グレインとハルナは思わず悲鳴を上げた。
言わずもがな、ここはギルドのカウンターである。
この悲鳴で周囲のギルド職員や冒険者の視線は、彼らに釘付けとなった。
「……説明、するわね?」
ナタリアは、自らの力作をこの世から消し去る作業を一頻り終えたところで、本来の目的を思い出したのか説明を再開しようとするが、彼女の目の前にいたのは無言で首を縦に振るだけの人形のようになった二人と、固唾をのんで見つめるギルド職員と冒険者達の観衆であった。
「みんなこっち見てるけど何なのよ……。まぁいいわ、セシルのジョブはヒーラーでした。パーティ募集中の彼女に応対したのがあたしだったの」
「またヒーラーかよ」
「グレインさま、一応最後まで聞いてみましょう」
後衛しかいなくて困ってるパーティにヒーラーを紹介するなんて、とでも言いたげなグレインをハルナが小声で窘める。
「そんな彼女をパーティに、と言ってくれたのがセインというパーティリーダーよ。それでセシルはセインのパーティに加入しました。そして、ここからが重要なんだけど、セインのパーティは『アルティメット・セイント・ブラスト・オブ・トルネード・パージ・サンダー』という名前で──」
「なげーよ」
「さすがに長いですぅ」
「あたしだって困ったけど、説明のために覚えたんだから!」
そこでハルナが何かに気付く。
「もしかして、寝室から毎晩聞こえてくる呪文って……」
「覚えるために、寝る前に暗誦してたのよ」
「あぁ良かった! お姉ちゃん、あまりにモテなくて縁結びの黒魔術の呪文でも唱えてるのかとおもっ」
ハルナが、口にしてはいけない事を口走っている、と自ら気付き動きを止めるが時既に遅し。
ナタリアは顔を真っ赤にしてハルナを睨みつけていた。
「あ、あぁ、あぅぁぅぁ……」
ハルナは小動物のように怯えてカタカタと震えていた。
「「「「あのお嬢ちゃんが危ない!」」」」
観衆達にとってはナタリアが完全に悪役である。
ハルナの異常を察知したグレインが、ハルナとナタリアの間に割って入る。
「落ち着け! ナタリア」
「「「「いいぞ! そのお嬢ちゃんを助けるんだ!」」」」
「ナタリアはどうしてそんなにモテないんだ?」
「「「「違うぅぅぅぅ!! それ言ったら駄目なヤツぅぅぅ!!」」」」
「……!」
ナタリアは無言でカウンターから奥に入っていく。
「「「「お……おさまった……のか?」」」」
次の瞬間、観衆達はそれが誤りだった事を理解する。
カウンター奥の武器庫から大量の剣を抱えたナタリアが姿を現したのだ。
「グレイン……あんただけは許さないわ……」
「「「「あぁぁぁぁ!」」」」
観衆達はこの時点で、刃傷沙汰で血が流れることを覚悟した。
「お、おいおい落ち着けって! なんでお前はそんなにかわいいのにモテないのか、本当に疑問に思ったんだよ」
「え……」
「「「「と、止まった……」」」」
「……いや、分かったぞ。その粗暴な性格のせいだな?」
「「「「バカヤロー!!」」」」
「ふ……ふふ……死にさらせぇっ!!」
ナタリアは小脇に抱えた武器の中からショートソードを右手に持ち、グレインに投げ付けようと振りかぶる。
「そ、そうだよお姉ちゃんっ!」
ナタリアは不意に声を出したハルナの方を見る。
「お姉ちゃんは美人なんだから、その性格さえ直せば男の人から寄ってくるよ! ……あ、でももうグレインさまからプロポーズされてるから、別に性格直さなくてもいいのかな」
「「「「結局ブレーキかけてねぇぇぇ」」」」
「ぷ、ぷ、プロポーズ!? された!?」
しかしナタリアは、予想外の言葉に驚いて動けなくなっていた。
「そうだよ! グレインさんがお姉ちゃんに、『貰い手がいなかったら俺が貰ってやる』って言ってたじゃない! あれってそういう意味に決まってるよ!」
「そ、そう……なの?」
ナタリアが急に大人しそうに上目遣いでグレインに確認するが、今更そんな仕草をしても手遅れであることは、この場に居合わせた全員が感じていた。
「い、いや、あれは言葉の綾ってやつで……。確かに『誰も貰ってくれる人がいなかったら』とは言ったけど……その前に俺はここでお前に殺されそうになってるじゃねぇか」
「そっか……やっぱりあたしにはなんの魅力も無いわよね。あたしに寄ってくる人なんて誰もいないのよ……。特に親しい友達もほとんどいないし……あたしなんて……ぐすっ」
ナタリアは突如として涙ぐみ、抱えていた武器をその場に力なく取り落とした。
「ハルナ……これは一体……」
「あー……つい先日、ギルドで親しかった年下の同僚が寿退社したそうで、お姉ちゃん最近ちょっと情緒不安定みたいなんですよね」
「ハルナ、そういう大事なことは最初に言おうな」
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