第009話 二人の秘密

「それじゃ、この依頼を受けよう」


 グレインが掲示板から剥がしたのはホーンラビットの討伐依頼書だった。


「そうですね。私こっちに来て日が浅いので、ホーンラビットって見たことないですけど、ウサギ系のモンスターなんですよね?」


「あぁ、単に角の生えたウサギだ。つまらなくて誰も受けないのか、報酬額がやたらと高いぞ」


 二人はナタリアの元へ依頼書を持っていく。


「やっぱり……そんな身体でモンスターと戦ったら死ぬわよ!?」


 ナタリアは依頼書を見るなりグレインを怒鳴りつける。


「しかも、よりにもよってこの依頼を……これ、普通のホーンラビットじゃないわよ?」


「ん?」


「この依頼、内容の割に推奨ランクと報酬額が高くておかしいと思わなかった? あんた、依頼書よく読んでないでしょ?」


「おかしいと思ったけど、ちゃんと読んだぞ。……タイトルと報酬額だけ」


「この馬鹿! 本文をよく見なさい」


 ナタリアが指し示した場所には『詳細は裏面に』との記載があった。


「何だこれ……表に全部書いとけよ」


「表に書くと、それこそ誰も受けてくれないのよ」


「どれどれ……『おそらく突然変異種と思われる大型個体の存在を確認。被害者はこれまでに八名。主に山菜採りの住民や付近を通り掛かった商人や冒険者など。死者は出ていないが、いずれも骨折などの重症を負っている』……ってこれ明らかにホーンラビットの仕業じゃないだろ」


「私は見たことがないのですが、ラビット系のモンスターは、だいたい手に乗るぐらいの大きさのかわいいモンスターですよね?」


「あぁ、俺の中のホーンラビットもその認識だ」


「えっ……じゃあどうしてみんな骨折とかしてるんですか?」


「全く分からんが……続きがあるぞ。『被害者はみな、白いモンスターに襲われた、と証言している。毛並みの色はホーンラビットの白毛が一番近い』って……似てるのは毛の色だけ!?」


 二人のやり取りを見ていたナタリアがドヤ顔で告げる。


「ね? だから言ったでしょ? これ、間違いなくホーンラビット『以外』のモンスターなのよ」


「「タイトル詐欺ですけど」」


「しょうがないじゃないの……。『正体不明の大型モンスター討伐依頼』って書いてあったら受ける人いると思う? こっちだって依頼受けてもらわないと困るのよ。でも、あんたたちは別よ。悪いことは言わないから、この依頼を受けるのはやめときなさい」


「受けるなって言われると余計に気になるな……じゃあ調査だけ! まず調べてきて、正体がヤバそうなやつだったら受けるのやめるから」


「……いけそうだったら?」


「その場で討伐する」


「だからそれが危ないから駄目だって言ってるんじゃない!! そもそもあんた達Fランクでしょ? それCランク向けの依頼よ?」


「あ、ホントだ」


「グレインさま、推奨ランクは一文字なので、それぐらいは読んで下さい……」


「申し訳ない……。ハルナはこの依頼どう思う?」


 ハルナにまで窘められたグレインだったが、諦めてはいないようだった。


「このままだと被害者は増える一方でしょうし、なんとかしてあげたい気はしますが……私達二人だけでは、ちょっと危険過ぎないでしょうか?」


「あ!」


 カウンターの中でナタリアが声を上げた。


「ねぇ二人とも、もう一人サブメンバーを連れて行ってくれないかしら? その娘の帯同はホーンラビットの件とは別でギルドからの依頼にするから、連れていってくれればボーナス出すわよ」


「お、それはいいな」


「まぁ、依頼については全部自己責任だから、最終判断はあんたに任せるけど。その娘も連れて行ってくれて、調査だけでもこなしてくれるとこちらとしても助かるわ」


「お金がもらえて戦力アップ! いいこと尽くめですが、グレインさま……」


「あぁ、分かってる。……ナタリア、そいつは何者で、何を企んでるんだ?」


「企んでるなんて……人聞きの悪い事言わないでよ。た、ただ、ギルドで身柄を預かっている犯罪者ってだけよ」


「ほーらな。やっぱり何か裏があると思ったんだ」


「ですよねー。そんなうまい話ある訳ないですもんね」


「一応、説明だけさせてもらえるかしら?」


 ナタリアは冷や汗を垂らし、ビクビクしながら話を進めようとするが、


「犯罪者を連れていくつもりはないのでパスで」


「そうですね。寝首を掻かれちゃたまりませんし」


 グレイン達は拒否する気満々である。


「お、お願い! 話を聞くだけでも〜〜っ! 早く牢から出してあげたいし、このままだとギルドの負担も嵩むのよぉっ!」


 ナタリアが、青い顔をしてカウンターの中で必死に頭を下げていた。


「はぁ……おい、お前のそんな姿を見せられちゃ聞かない訳にはいかなくなるだろ」


「そうですね……お姉ち……ナタリアさん、話を聞かせて下さい」


「そ、そう? 聞いてくれるなら助か──」


「ちょっと待った。ハルナ、今ナタリアのこと何て呼ぼうとした?」


 グレインの言葉に、ハルナだけでなくナタリアも肩をビクッと震わせていた。


「いえ、あの、それは……ふ、二人の秘密ってことで!」


 ナタリアも無言ではあるが物凄い速さで頷きを繰り返している。


「……分かったよ。じゃあ話を続けてくれ、『お姉ちゃん』」


「「……っ!」」


 いたずらっぽい笑顔を浮かべるグレインの傍で、青い顔をしていたナタリアは今度は真っ赤になっていた。


「結局聞こえてたんじゃないのよっ!」


「いや、俺は別に他人の性癖についてどうこう言うつもりはないから、気にしないでくれ」


「せ、性癖って何よ! 性癖って!」


「今はハルナと一緒に暮らしてるんだし、家の中だけはハルナに自分のことを『お姉ちゃん』って呼ばせてるとか、そんなところだろ? まぁまぁ、それについてどうこう言うつもりはないって。大丈夫だよ」


 あたりを見れば、三人のやり取りを見ていた冒険者やギルド職員がナタリア達の方をチラチラ見ながらひそひそ話をしている。


「……変な噂が立ったら、あんたのせいだからね」


 ナタリアはグレインをジロリと睨む。


「気にするな。嫁の貰い手がいなかったら俺が貰ってやるって言っただろ?」


「っ! ちょっ! 何もこんな所で言う話じゃないでしょ!」


 先程までひそひそ話をしていた群衆は、今度はキャーキャー色めき立っている。

 主にギルドの女性職員だが。


 ナタリアはまだ午前中だというのに憔悴しきった顔で呟く。


「……あんた達、あたしに恥をかかせに来た訳?」


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