第013話 未来は自分で選びなさい
「えぇ!? それではウサギ狩りというのは……」
小屋の外に出てから、ナタリアはセシルに依頼内容の詳細を説明していた。
「全部嘘ではないけど、正確な情報でもないわね。そもそも『ホーンラビットの突然変異種』と書かれてはいるものの、正体は不明なままなんだし」
「わたくし、早速後悔し始めていますわ」
「まぁ、危険なら調査だけで退却すると思うわ。あいつだってそこまで馬鹿じゃないし、ハルナもセシルもいるんだしね」
少なくとも、そうあって欲しい、とナタリアは希望を込めて呟いた。
「おーい、セシル、こっちへ来てくれ!」
小屋を出たところに立っている練習用の木人の傍で、グレインがセシルを呼ぶ。
「はい、ただいま参りますわ」
セシルがグレインのもとへ駆け寄ると、グレインはハルナとセシルに告げた。
「早速なんだが、二人の能力を見せてもらいたい。セシルのヒールと、ハルナの『治癒剣術』だ」
「グレインさま、私の剣術は魔力を通しやすい剣がない限りは使えないです」
ハルナが申し訳なさそうに口をはさむ。
「あぁ、それについては考えがある。とりあえず今からその剣に治癒魔力を流してみてくれるか?」
「はい……わかりました」
そう言うとハルナはレイピアを抜いて構える。
ハルナの身体が酒場で自己治癒を見せた時と同様、仄かに金色の輝きを帯びる。
それに合わせてグレインも自らの能力を発動し、淡青色のオーラを発する。
その瞬間、ハルナのレイピアが彼女の身体と同じ輝きを放ち始め、彼女は驚愕の表情を浮かべる。
「これは……剣に治癒魔力が流れています……。これなら治癒剣術をお見せできますっ!」
「俺の能力で強化すれば、普通の剣でも使えそうだな。この木人を壊すと、怖いねーちゃんに弁償しろって言われるから、俺が実験台になろう」
そう言い終えたところで、グレインの肩に何者かの手が置かれる。
「怖いねーちゃんで悪かったわね?」
グレインは後ろを振り返ることができなかった。
何故なら、目の前でグレインを見ている二人──ハルナとセシルが、ひどく怯えた目でグレインの方を、正確にはグレインの背後を見ているからである。
「い、いや、俺はギルドの備品を守ろうとしただけでな? ……あいたたたたたっっ!」
グレインの肩に置かれた手が、ギシギシと音を立てるほど彼の肩を握っている。
「お、お姉ちゃん。もうそれぐらいで……! グレインさんがまたボロ雑巾になっちゃうからぁぁぁ!」
「ぼ、ボロ雑巾……! ナタリアさん、怖ろしいですわ」
ハルナが言ったボロ雑巾とは、『緑風の漣』にやられたグレインの状態の事であったのだが、それを知らないセシルはナタリアに多大なる恐怖を抱くのだった。
「とっ、とりあえず始めるぞ! ほら、ナタリアも死にたくなければどいてくれ」
グレインに促され、ナタリアが渋々離れたところで、彼は剣を抜き、自らの左腕を斬りつける。
「ぐっ……うぅ……ハルナ、頼む」
「はいっ!」
ハルナはグレインの左腕の傷にレイピアを突き刺した。
「ぎゃあぁぁぁ! いだだだだっ!」
ハルナは、痛みに耐えきれず身体を動かすグレインから、傷口に突き刺したレイピアが外れないように必死に剣を握り、突き刺し続けていた。
そのうち、グレインがおとなしくなり、傷口を興味深く覗いている。
「いきなり痛みがなくなったぞ」
「傷が……みるみるうちに塞がっていきますわ!」
すぐ横で見ていたセシルが驚愕の声を上げる。
そしてハルナがレイピアを手元に引き寄せると、グレインの腕の傷は完全に治っていた。
「これは……治癒能力は凄いのかもしれないけど……それ以上に痛みが凄まじいぞ」
「は、はい……。傷口に追い打ちをかけるように剣を突き刺していますので……。その……前のパーティを追い出されたのもこれが原因なのです。解雇間際には、戦闘で傷ついた仲間に近寄っただけで『治療しないでくれ』と泣いて懇願されるようになっていました」
「この剣術、使いどころが難しいんだな……少し考えてみるよ。じゃあハルナはこれでお終いだ。次はセシルだ」
「はい、かしこまりましたわ」
セシルがおずおずと前に出てくる。
「セシルのヒールなら木人には影響ないだろうから、木人対象に頼む。俺の想像通りであれば、面白いものが見られるはずだ」
「あぁ、皆様が驚かれる『あれ』ですわね。というか、グレインさんはもう気が付いてらっしゃいますの?」
「あくまで予想だが、な」
「そういえばあたしもセシルのヒールは見たことないけど、ただのヒールじゃないの?」
ナタリアもハルナと並んでセシルの様子を見ている。
「セシル、限界まで連発してみてくれ。俺の強化も使ってみる」
言うが早いか、グレインは再び能力を発動する。
「承知いたしました」
セシルは両手のひらを前に突き出し、魔力を込める
「「ヒールを……連発?」」
この状況に付いていけないハルナとナタリアがぽかんとしている。
「ヒールッ!」
その瞬間、セシルの手のひらから二十個ほど、人間の頭くらいの大きさの光の玉が飛び出し、木人に殺到し、弾けて霧散する。
「「は!?」」
「こ、こんなのヒールじゃないわよっ!」
「そ、そうです! ヒールって手のひらに治癒魔力を集めて、傷口に当てて治癒する魔法のはずですよ!」
今まで見たこともない魔法を見て驚くナタリアとハルナ。
「やはりな……セシルのは『飛ぶ』ヒールだ。彼女が前に説明してただろ? ヒールを『撃ち込んだ』って。その時、もう普通のヒールじゃないって薄々感付いてたよ」
「確かに……普通じゃない、とよく言われますわ。あと、この魔法は今まで成功したことがありませんの」
「ん? ということは、前の仲間達を爆発させたのが通常運転ってことなのか? テンション上がってたからとかそういうの関係なし?」
「は、はい! あれが『いつも通り』のヒールですわ。あの時初めて人間相手にヒールを掛けました……。対象が人間ならちゃんと掛かるかと思いましたが、やはり駄目でしたわ」
「人間相手、しかも仲間にぶっつけ本番でやるってどうなの……。いや、しかし……、うちのパーティにいるなら今のヒールが成功なのかも知れない」
「どういう事ですの?」
「セシル、やっぱり俺は、君をこのパーティの正式メンバーとして迎えたい。君のヒールは非常に強力な火力になり得る。君さえ良ければ、今回の依頼が終わった後も、ずっとうちのパーティに所属してくれないか?」
笑顔でセシルに加入を要請するグレイン。
セシルはふとハルナとナタリアの方を見たが、彼女たちもグレインの考えを知っていたかのように、柔らかな笑顔を浮かべていた。
「え……と……わたくし、どうすればいいのか」
突然のことで動転しているセシルと対象的に、ナタリアはセシルに歩み寄り、優しく話し掛ける。
「グレインの事だから、きっとそうすると思ってたわ。グレインもハルナも、元々自分達のパーティを追い出されて、しかも別れ際にひどい暴力まで受けてるの。追放される側の気持ちは、痛いほど理解している筈よ。だからこそ、パーティをクビになって、一人牢屋で泣いてたあなたの事を放っておけないんだと思うわ」
ナタリアの言葉に、セシルは無言で俯く。
「もしあなたがさっき、パーティに帯同しない道を選んでいたとしても、グレインはきっと、あなたが帯同したって虚偽の報告をギルドにでっち上げて、牢屋からあなたを解放したはずよ」
「お前、何でそんなとこまで分かるんだよ」
これにはグレインも驚きの表情を見せる。
「五年も続いた腐れ縁よ? あんたの考えなんて大体お見通しなの。まぁ、分かりたくもないけどね」
ナタリアは肩を竦めて答える。
「一時加入か永続加入か、依頼達成まで結論を先延ばしにするか、色々道はあるけれど、セシル、あなたの未来は自分で選びなさい」
そう言ってナタリアは、『仕事があるから後はパーティメンバーだけで』、と訓練場を後にしてギルドの中へ戻っていった。
訓練場に残ったセシルは、砂埃が舞う中で立ち尽くしていた。
グレインとハルナは、セシルの考えがまとまるまで、木人相手に剣の練習をして時間を潰している。
「わたくしが……選ぶ……わたくしの未来……」
「あぁーっ! ハルナ、寸止めだって言っただろ!? 木人の腕が一本斬れちゃったぞぉぉぉ!」
「違いますよぉー! 私のレイピアは突き刺す剣なんですから、切れたのはグレインさまの剣のせいですよ!」
「うう……こ、これはパーティの連帯責任だろ? ハルナも一緒に謝りに行こう! いや付き添って下さいお願いします」
相変わらず騒がしいグレイン達の様子を見ていたセシルが、何かを思い付いたようにゆっくりと彼らの方に歩みを進める。
「ふふっ、それでは一緒に参りましょう」
「ん? どこに行くんだ?」
「もちろんナタリアさんに木人の腕を切り落とした事を謝りに行くのですわ。『パーティの連帯責任』なのでしょう? わたくしセシル、『火力担当ヒーラー』として、本日よりこちらのパーティに永続加入させていただきますわ」
グレインとハルナは顔を見合わせ、互いに笑顔で両手を突き出しハイタッチしてから、それぞれがセシルに手を差し出した。
「セシル、これからよろしく!」
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