第008話 どっちが前衛?
「うーん……どの依頼にしようか……」
グレインが退院した日、一同はそのまま冒険者ギルドに直行していた。
ナタリアはギルドの業務に戻り、グレインとハルナは依頼掲示板の前にいた。
「グレインさま、さっき退院されたのに、本気で依頼を受けるつもりなのですか?」
「あぁ、そりゃそうだろ。ハルナはナタリアの家があるからいいけど、俺はこのままだと野宿になっちゃうし、ナタリアにも早く借金返したいしな」
「では薬草を摘みますか」
「あれさぁ、腰痛くなるんだよね……モンスター討伐とかはどうだろう」
「私達、装備ないんですよ? 装備を買おうにもお金は無いですし……。丸腰でモンスターと戦える訳ないじゃないですか」
「いや、そういう訳でもないぞ」
そう言ってグレインは、カウンターにいるナタリアのもとへ向かう。
「ナタリア、ギルドで貸し出してる装備を見せてくれないか」
「っ! あんた、病み上がりでモンスターと戦う気なの!?」
「俺は生きていくために稼がなきゃならないんだ。それに、採集するのだってナイフとか必要だし、採集中にモンスターと遭遇したらどうやって身を守るんだ?」
「むむー……。分かったけど、無理するんじゃないわよ!」
そう言ってナタリアは、カウンターの裏に二人を入れて、ギルド奥の小部屋に案内する。
そこは武器庫だった。
「ギルドで武器を貸してくれるなんて知りませんでした」
「たぶん全国でもここだけね。伊達に初心者の町のギルドやってないわよ。ただし、レンタル料は装備品の数に関わらず、依頼達成報酬の半額だから気をつけてね」
「俺はこれと……これにしよう」
グレインは革の鎧とショートソード、ナイフを選ぶ。
「私は……このレイピアいいなぁ……これにしますっ」
ハルナは革の胸当てとレイピア、ナイフを選んだ。
二人とも明らかに初心者剣士のような格好である。
「私が後衛、グレインさまが前衛でいいですか?」
「ん? 俺は本職の剣士じゃないから、相当弱いぞ?ハルナが前衛の方がいいんじゃないのか?」
「え? 私もただのヒーラーですから、攻撃はからっきしです」
「えぇ!? ハルナはヒーラーなのか?」
二人は驚き顔を見合わせた。
「と言うことは、つまり私達は……」
「「二人とも後方支援!」」
「あんた達、そういうのって普通はパーティ組むって決める前に確認するもんじゃないの?」
ナタリアは呆れて額に手を当て、天を仰いでいた。
********************
まずは戦略を立てるのが先決と言うことで、武器庫からギルドに併設されている酒場へ戻ってきた二人。
まだ午前中だからか、酒場にはほとんど人がいない。
一方、ナタリアは既にカウンターへ戻って働いている。
「そもそも疑問なんだが、ハルナがヒーラーなら、俺の治療を手伝ってくれればもう少し早く退院できたりしなかったのかな?」
グレインが軽い調子でハルナに疑問をぶつける。
「いえ、パーティを抜けた際に剣を取られてしまいまして……。私は治癒魔力が弱いので、普通の剣では治癒できないのです」
「……なんか話が噛み合ってないな。治癒と剣は何か関係があるのか? 普通にヒール使ってくれればいいかと思うんだが」
「私の治癒は『治癒剣術』です。剣に治癒魔力を通して、その剣で対象を貫くことにより、対象を体内から癒やすのです。ジョブはヒーラーなのですが、その……普通のヒールは……使えなくて」
ハルナはヒールを使えないことが恥ずかしいのか、両手をテーブルの上でモジモジしている。
「なるほど……という事は、剣が治癒魔力を通しやすくなってるのかな? そういう加工がされた剣って事は、魔法剣用に仕立てられた剣か」
「はい、そうです。でもあれって結構高いので、パーティを追い出されたときに取られたのは、正直言って大打撃なんです」
「ちなみに俺はジョブ無しだけど、『女神の守護』っていう特殊能力を持ってる。味方ヒーラーの能力を底上げするらしい。鑑定した神官の爺さんもそれぐらいしか教えてくれなかった」
「グレインさまこそ、その能力でルビスさんの治癒力を強化すればよかったのではないですか?」
「それはもうやってたんだ……それなのに一週間掛かった」
「なるほど……じゃあそれがなければ、今頃はまだ治療院にいたかもですね」
「確かに、そうかもなぁ……。ハルナの治癒剣術は、どんな技があるんだ?」
「一番得意なのは『治癒刺突』ですね。先ほどの説明通り、自分の治癒力を剣に纏わせ、回復したい箇所を突き刺して回復します。他には、こういうのもあります」
そう言って、ハルナは腰のナイフを抜き、自らの手首を刃先に押し当てる。
「……つっ!」
痛みによって顔をしかめたハルナの手首から、酒場のテーブルにダラダラと血が滴り落ちるが、次の瞬間、ハルナの身体は仄かな金色の輝きを放ち、彼女の手首にあった傷はゆっくりと、きれいに塞がっていく。
「おお! なんだそりゃ!」
「剣に流す治癒魔力を自らの体内で循環させることにより、自分自身を癒やすことが可能なんです」
「なるほど……ちょっと実験させてくれないか?」
「実験ですか? 構いませんけど」
グレインは自らの特殊能力を発動させる。
正確には、ハルナの治癒力が増すように、と念じるだけなのであったが、彼の能力はそれだけで仲間の治癒力を増進させられるのである。
グレインの能力が発動すると同時に、彼の身体から青みを帯びた淡い光が発せられる。
「ハルナ、申し訳ないが今のをもう一度頼む」
「は、はい、分かりました」
グレインの能力発動に少し戸惑うハルナだったが、先ほどと同じように自らの手首を刃先へ当てる。
しかし、彼女は手首に刃が刺さっても不思議そうな顔を浮かべるだけであり、刃を離すと同時に、そこには傷一つないハルナのきめ細かな肌があった。
「え? えぇ!? 刺さったのに痛みすら感じなかったです!」
「さっきと違うか。という事は、俺の特殊能力は治癒剣術にも効果がありそうだな。とにかく仲間のヒーラーならいいんだろうか……」
「ずいぶんとアバウトな特殊能力なんですね……」
「俺だって分からないんだ。教会の洗礼でも能力の名前ぐらいで、どういう能力かはろくに教えてくれなかったしな」
グレインは肩を竦めて苦笑する。
「なるほど……」
「それも特殊能力の効果なんだろうか……。全く分からないなぁ。例えば、ハルナの治癒力が強化された結果、痛みを感じる前に、ハルナの傷が治癒してる……とかそういう事なのかな?」
「とりあえず、痛みがなくなったのは間違いないです!」
「本当に痛みはないんだな? 念の為もう少し試してみよう。これでも痛くないのか?」
そう言ってグレインはハルナの腕にナイフをザクザクと刺し続ける。
「すごい……すごいですグレインさま! 痛みを全く感じませんよ!」
何かを考えるような表情で腕にナイフを刺し続ける男と、自らの腕が刺されているのにきゃあきゃあはしゃぐ女。
酒場に入ってきた客が、軽い悲鳴を上げながら酒場を飛び出していくほどの異様な光景であった。
「よし……これでモンスターと戦えるぞ!」
「どういう作戦を考えられてるのですか?」
「まず、俺が後衛、ハルナが前衛だ」
「あ……なんとなく分かってしまいました」
「ハルナがモンスターの前で攻撃を受けて囮になり、俺がハルナの後ろから、モンスターの不意をついて一撃で倒す」
「はい、私の予想通りの作戦でした……」
「とにかくだ、これで戦える目処が立ったぞ!」
盛り上がる二人の後ろから声が掛かる。
「あんた達、その血で汚れたテーブル、ちゃんと拭いといてくれる? それと、酒場の営業妨害してるって認識はある?」
声の主は右手に雑巾を持って二人を睨み付けるナタリアだった。
「「……すみません」」
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