第007話 そして退院へ
病室での騒ぎを聞きつけてやってきたルビスによって、一同は落ち着きを取り戻した。否、正確には怒られたのだが。
気を失ったグレインも、ルビスのヒールで意識を取り戻した。
「ここは治療院だからね。他の客……じゃなかった、患者さんもいるから、もう少し音量を下げてくれるかい? あとグレイン、お前さんはまだ全身骨折で絶対安静の身なんだぞ。まぁ、こんなかわいい娘さん達に囲まれて興奮するのも分かるけどな!」
「「「いま客って言った」」」
ルビスはまたガハガハ笑って去っていく。
「なんかその……あたし……ごめんね」
「いや、俺の方こそ無神経なことを言ってすまなかったよ」
頭を冷やし、明らかに悄気ているナタリアにグレインも謝る。
「あのお金は確かに結婚資金って名目で貯めていたけど、別に使い道もなくてただ貯めてただけだったわ。……特に結婚する予定も相手もいないしね。周りの職員はみんな既婚で、焦ってるのは事実だけどね……はは……」
ナタリアは目に涙をいっぱいに溜めて、笑顔を作る。
「あー……なんかその……ごめんな……。……も、もし誰も貰い手が見つからなかったら……そ、その時は俺が……な?」
しどろもどろになっているグレインに対し、ナタリアは何も言わず愛想笑いを浮かべて頷くだけだった。
「コホン……。ハルナ、それで他の話はどうなったんだ?」
軽く咳払いをしながらグレインは、傍らで二人にあてられたのか、若干顔を赤らめているハルナに話の続きを促す。
「は、はいぃ! えっと、パーティの件ですが、申請自体は問題なかったのですが、パーティ名が必要になるそうです。私は『グレインとその一味』でも良いかと思ったのですが……」
「パーティ名は公開されるから、あいつらにも当然存在がバレるわ。なのであたしがストップを掛けました」
あいつらとは、当然『緑風の漣』のことだ。
「それは助かったよ。まぁそもそも、その名前は嫌だけどな……。ちなみに、パーティの情報ってのはどこまで公開されるんだ?」
「パーティ名だけよ。構成員の名前や人数については、合同で依頼を受けたりしない限りは明かされないわね」
「じゃあ俺の名前が入ってないパーティ名なら、とりあえずは問題なさそうだな」
「ではグレインさま、何にします?」
「『ハルナとその一味』で」
「いやですぅぅぅ! ダサいですぅぅぅ!」
「俺の名前を付けようとした仕返しだ」
「はぁ……とりあえずパーティ名はあとで変更できるから、最初は適当に付けたらいいんじゃない? そうね……トワイライト・イグニッションとか」
呆れたナタリアが適当に案を出す。
「おぉ、なんか意味分からない感がいいな」
「そうですね! カタカナいっぱいでカッコいいです!」
「え……本気で採用するの!? 嫌だ……駄目よ駄目! 絶対ダメーー!」
まさか適当に言った自分の案が採用されそうになったナタリアは、恥ずかしさのあまり手足をバタバタさせており、グレインとハルナはそれを見てニヤニヤしているのだった。
「パーティ名はそうそう使うこともないだろうし、その場のノリで適当に名乗ろう」
結局、非常にいいかげんな結論しか出せないグレインなのであった。
********************
「もう一つだけ話しておきたい事があるの」
ハルナが『帰る前にルビスに挨拶してくる』と言って病室から出たところで、同じく帰り支度をしていたナタリアが、疲れて眠ろうとしていたグレインにそう告げる。
「ハルナのことなんだけど、あんたの怪我が治るまでは、あんたの世話もあるから冒険者としてはほとんど稼げないでしょ? そして、あの娘もあんたも文無し。つまり、当面あの娘には泊まれる宿がないのよ」
「これ以上ここに泊まるって訳にもいかないだろうしな。まぁ、もう三泊してるみたいだけど」
「ルビス先生にも迷惑が掛かるしね。なのでしょうがなく、ハルナはあたしの家に泊めることにしたわ」
「……いいのか?」
「かわいい妹が増えて生活に潤いがゴホゴホッ……ハルナの宿泊費分は、利息に上乗せしてもらうわよ」
「本音が聞こえた」
「あと、あんたの見舞いはあたしとハルナで交互に来るからね。ハルナも元気そうに見えるけど、連日だとさすがに疲れちゃうだろうし」
「何から何までありがとう……。そういえば、俺にはあの娘がどうしてそこまで俺に尽くしてくれるのか分からないんだが」
「あの娘ね……どうも家族が居ないみたいなのよ。……詳しい事情は分からないんだけど、故郷もなくなった、家族もいなくなった、って言ってたわ。だから、パーティを組んで家族みたいな、そういう絆が欲しかったんじゃないかしら? でも……」
「パーティを追放された……か……」
ナタリアは静かに頷く。
病室のドアを隔てて、たまたまグレイン達の話を盗み聞きしてしまったハルナは、病室に戻るタイミングを失したまま佇んでいた。
「ま、どこまで出来るか分からないけど、俺が出来る限りのことはするつもりだ。ハルナの方から愛想尽かして出ていかない限り、このパーティは続けるつもりだし」
「恩を仇で返さないように気をつけなさいよ? リーナスの奴ら、あんたが生きてると知ったらまたちょっかい掛けてくるかも知れないし」
苦笑いを浮かべるグレイン。
「そうだな。少なくともハルナとお前の安全だけは守り通さないとな……あと、ナタリア、お前はどうしてだ?」
「え?」
「お前も何で俺なんかのために、そこまでしてくれるんだ?」
まさか自分が聞かれるとは思っていなかったナタリアは答えに詰まる。
「……どうしてかしらね。見てられなかった、とか?」
「なんで疑問形なんだよ」
「だって分からないのよ。気が付いたらこうなってたんだから……。そ、そういえばグレイン、一つ変な事を聞いてもいいかしら?」
「ん? なんだ?」
「前のパーティにいた魔法使いの娘、ラミアだっけ。あの娘とは……その……そういう……恋愛的な関係になってたりしたのかな? ってちょっと気になったの」
急に『緑風の漣』の話題になって、グレインは不愉快そうに表情を曇らせる。
扉の向こうで耳をそばだてていたハルナも、一言一句聞き漏らすまいと気合を入れる。
「はぁ? ラミアと俺が!? ……天地がひっくり返ってもそんな事は起こらないだろうな……」
「あ、そうなの……。数年前までは『ついにあの二人がくっつくか!?』って結構噂になってたりしたから」
「あの女は……生理的に受け付けない感じだな。ところで何でそんな話を──」
「ちょっと噂があったから気になっただけだってば!」
「そうか? ならいいんだが……。俺とラミアがねぇ……そういう変な噂だけは勘弁して欲しいもんだ」
その時、病室のドアが開く。
「先生にご挨拶してきましたよー。それでは帰りましょうか……というか今日からお世話になります、ナタリアさん」
「もう……そんな畏まらなくていいって言ったでしょ?あたしはあんたのお姉ちゃんだと思って接してくれればいいからさ」
「あぁ……カッコいいお姉様と……ひとつ屋根の下……」
ハルナの妙に甘い視線がナタリアに向けられる。
「お姉ちゃんって言うより姉御って感じだよな」
ナタリアの氷のように冷たい視線がグレインに突き刺さる。
********************
それから一週間、ナタリアの言葉通り、ハルナとナタリアは交互にグレインのもとへ見舞いに来てくれた。
グレインも順調に回復し、退院の日を迎える頃には骨折もほぼ治り、普段通りの生活が送れるほどになっていた。
「本来なら骨折はヒールで一日掛からず治るんで入院するほどの怪我じゃないんだが、お前さんの場合は骨折があまりに多過ぎたのと、内臓もやられておったからこんなに時間が掛かっちまったよ。まぁそれでも今日でようやっと退院だ。おめでとう」
ルビスは荷物を整えるグレインに右手を差し出す。
「ありがとうございました!」
グレインも頭を下げて、差し出された右手を握り返す。
それを合図に、周囲の治療院職員、他の入院患者達から拍手が巻き起こる。
その中にはハルナとナタリアも混ざって拍手をしていた。
「こんなに長く入院させた患者は初めてだよ。お前さん、よく生きてたな」
ルビスは苦笑する。
「ルビス先生、ハルナ、ナタリア、皆さんのおかげです。大変お世話になりました」
グレインは頭を下げて治療院を後にする。ハルナとナタリアが彼のあとに続き、彼の背から荷物をひったくりそれぞれ抱える。
ルビスは彼の背中を見つめて小さく呟く。
「若いってのはいいもんだねェ」
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