第006話 結婚資金よ
グレインのジョブ無しが判明してから二年ほど経った頃、『緑風の漣』メンバーのグレインへの態度は豹変していた。
ジョブが明らかになり、迷いがなくなったメンバー達は、自分のジョブの長所を伸ばす訓練や戦略を組み立て、めきめきと成長していく。
その流れの中で、ジョブのないグレインは必然的に、荷物持ちや慣れない雑用に回されることになった。
「グレイン、今夜の見張りもお願いね。あとこの服洗っておいて。それと何かつまむ物があったら後で持ってきて」
かつてグレインに恋愛感情を抱いていたラミアでさえも、今ではグレインを召使いのようにこき使っている。
それでもグレインは、友人達のために必死に雑用をこなしていた。
パーティが拠点を置いていたサランは、冒険者の初心者向けの町と言われており、町の周囲に出現するモンスターは非常に弱い。
『緑風の漣』は、そんなサランの町で、町の周囲のモンスターには目もくれず、西にあるダンジョン攻略を目標にしていた。
そのダンジョンはゴブリン系のモンスターが大量に出現することから『ゴブリン洞窟』という名前がついている。
一同はこのダンジョン内で野営の準備をしていた。
「非常に不本意だが……攻略はここまでだ。明日からは引き返して出口に向かおう」
リーナスは落胆した様子で呟く。
「食糧がないんじゃしょうがないわよ」
ラミアがため息をつきながら、転がっている石にどっかりと腰掛ける。
「グレインくん、キミが食糧を計算して調達したんじゃなかったの?」
アイシャが咎めるような眼つきでグレインを睨む。
「ふふっ、グレイン君には難しい計算だったのではないでしょうか?それと、彼が運べる荷物量にも限界はありますし」
セフィストが小馬鹿にした様子で語っているが、パーティメンバーの荷物は全員分をグレイン一人で持たされており、他のメンバーはそれが当たり前になっていた。
「とりあえず、今回もこのダンジョン攻略は失敗だ。各自今回の失敗について大いに反省し、次回までに改善してくれる事を望む。次回は一ヶ月後ぐらいに挑戦したいと考えている。特にグレイン、お前はもう少し荷物を多く持てるように鍛えてくれよ。お前が今の倍以上の荷物を持てれば、俺達の力で確実にこのダンジョンを攻略できるんだ」
リーナスは終始グレインを睨み続けていた。
『お前が悪い』
暗にそう言われているような気がして、グレインは反論する。
「今の倍以上って、無理言うなよ。食糧が足りなくなるのは、毎晩誰かしら『つまむ物ないか?』とか『軽食持って来い!』って言うからだし、大体お前らも自分の荷物を少しぐらい持ってくれりゃ、俺の負担も減るんだぞ?」
「つまみ食いする分まで計算しておけよ。それと、俺達が荷物を持って戦闘力が下がったらどうすんだ? この馬鹿が!」
そう言ったリーナスの拳が、グレインの顔面に叩きつけられる──
********************
グレインが目を覚ますと、ハルナとナタリアが彼の顔を覗き込んでいた。
「はぁ、はぁ……あれ、ナタリアじゃないか。どうした?」
「あんた、すごくうなされてたわよ。大丈夫なの? あたしは仕事が落ち着いたのと、色々説明しなきゃいけないことがあって、直接話した方が早いから来たわ」
「グレインさま、ものすごく苦しそうでした……」
見れば、右手をナタリア、左手をハルナがそれぞれ握っていた。
まさに両手に花、という状況だが、グレインはほとんど身体を動かせない状態なので、嬉しいという感情よりも、逆に煩わしいと感じる方が幾分強かった。
「そっか……。怪我してから眠る度に、昔の記憶を夢に見るんだ。それで、かな」
「あの様子じゃ、よっぽど辛かったみたいね……。とりあえずは、あのパーティと縁が切れて良かったじゃない。あいつら、ヘレネーに行ったみたいよ」
「さすがギルド職員。ヘレネーか……西の隣町だな。ありがとう、そっちには近付かないようにするよ」
グレインは西に向いている病室の窓へ視線を移すと、そこには厚い雲の切れ間からぼんやりと西日が射していた。
「何言ってんのよ……。近付くとかそれ以前に、あんたはまず怪我を治さないといけないでしょ? まぁ、あいつらの情報は念のため注意して集めておくから安心して」
ナタリアにそう言われて、グレインは治療費の事を思い出した。
「あっ、ハルナ、例の話は……」
「グレインさま、大丈夫です。とりあえず説明しますね。まず治療費については、ギルドからの融資ではなく、ナタリアさんが全て出してくれる事になりました」
「えぇ!? ナタリア、いいのか?」
「ギルドから借りると色々と自由がきかないでしょ? だけど、あげるわけじゃないから。ちゃんと返してよね!」
「んふふ……ナタリアさん……カッコよかったですぅ」
ハルナはギルドでの出来事を思い出す。
ナタリアはグレインの予想通り、小一時間でカウンターに戻ってきた。
そのナタリアのところに、融資の申請用紙を書いて持って行ったのだが、それを見るなりナタリアが用紙を破り捨て、唖然とするハルナに対して『これぐらい、あたしが貸してあげるわよ!』と言い放ったのだ。
「そ、そうか……。ナタリア、ありがとう」
「べ、別に……。とりあえず元金がちゃんと返ってくれば、利息は出世払いでいいから」
「結構な大金だったろ? ……ギルド職員って儲かるのか?」
「ただコツコツ貯めてた結婚資金よ……って、何言わせんのよぉ!」
ナタリアは顔を真っ赤にして、グレインの手を握り潰さんとばかりに力を込める。
「いててててっ! 結婚資金!? ちょっと待てよ!」
「な、何よ……。結婚したら新居とか家具とか何かとお金使うから、普段から意識して貯めてるのよ」
「お前、結婚するのか!? 相手は誰だよ!?」
「べ、別に誰だっていいでしょ?」
「よくないだろ! おい、誰なんだ!?」
「なぁに? もしかしてあたしの結婚相手に嫉妬してるのかしら?」
身体はほとんど動かせないがすごい剣幕で質問を浴びせるグレインと、惚けるナタリア。
「はわわわわ……これは修羅場ですぅ」
そんな二人のやり取りを間近で見ているハルナはひたすらオロオロしているが、顔が幾分ニヤけているのは隠し切れていない。
「俺はお前が結婚するなんて話聞いてないぞ! ……いや、その前に俺が言いたいのは、そんな大事な金を、俺なんかのために使うんじゃないって事だ」
「いいのよ! どうせ使うあてなんて……」
「いいのか? また婚期が遠のくんじゃ」
「っ! 余 計 な お世話よぉぉぉぉ!」
「ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁっ! 手がぁぁぁぁ」
「お二人でイチャついてるところすみません……次の話が──」
申し訳なさそうにハルナが話に入ってくる。
「ハルナ、こ、これがイチャついてるように見えるか? あいてててっ! 拷問だよ、拷問を受けてるの!」
「なんですってぇ……?」
「いだだだぁぁぁ! 何でもないです! ナタリア様は世界一の美女です! 外見から性格まで美人っ! 男なら誰でも寄ってくるゥゥゥ!」
「バカにしてるようにしか聞こえないッ!」
「うががぐぐぐぅ…………ぐむ……」
「あ、あれ? グレイーン、グレインさーん……やばい、やりすぎちゃった」
グレインはあまりの痛みに白目をむいて失神していた。
ベッドの反対側に座るハルナは、ジト目をナタリアに向けていた。
「グレインさまへの説明が一向に進まないですぅ……」
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