第005話 心配したんだから
「ところでグレイン、この娘はどちら様?」
ナタリアは自然に病室に佇んでいるハルナを指さしてグレインに問う。
と、その時、廊下から更に何者かが駆け寄る足音が聞こえてくる。
「おぉ! 意識が戻ったかい! 良かったなぁ……。これで命の危険は無くなった筈だよ」
部屋に入ってきた中年の男性治癒師が、ほっとした様子を見せる。
「ルビス先生! お久しぶりです」
ナタリアがグレインの手を離して立ち上がり、治癒師に一礼する。
「あぁ、ナタリアちゃんか。相変わらず可愛いねぇ。今度おじさんと一杯どうだい?」
中年治癒師、ルビスはガハハと笑って盃を傾く仕草を見せる。
「いずれそのうち……。それよりルビス先生、彼の容態について教えていただきたいのですが」
ルビスは顎に手を当て、思い出すように告げる。
「ふむ……まず、四肢については骨が全て折られていて、さらに関節も外されているか砕かれているかしていた。たぶん逃げたり、助けを呼びに行けないようにする為だと思うがね。そして腹部は体内で出血した血が溜まってパンパンになっていた。頭部は人相が変わるほど腫れ上がっていたから、相当顔を殴られたんだろうね。それ以外にも頭の骨、首の骨は何ヶ所もヒビが入っていて、同じく体内で出血もしていた」
ルビスの説明が進むにつれて、ナタリアの顔が見る見る青ざめていく。
「なんで……なんでグレインがこんな目に合わなきゃいけないのよ……」
ナタリアは黒い大きな目に、そこから零れ落ちそうなほど大量の涙を湛え、涙声を辛うじて絞り出していた。
「そうは言っても、もう命に別状はないから大丈夫だよ。あと一週間ぐらいで退院できるかな。そろそろ流動食ぐらいなら食事も取れるようになっているはずだから、少しずつ体力は回復していくはずだよ。ただ、全身の骨が折れているから、自由自在に動けるようになるにはもう少し治療を受ける必要はあると思うよ。……本当は一気に治してあげたいんだが、私の治癒魔力にも限界があるからねぇ」
「わかりました。命を助けていただいただけでも充分です。ありがとうございます!」
そう言ってナタリアはグレインに代わってルビスに深々と頭を下げる。
「それと、あのお嬢ちゃんもそろそろ休ませた方がいいぞ。これまで三日三晩ずっと隣でつきっきりだったからなぁ。今度はあのお嬢ちゃんが倒れちまう。これ以上おじさんの仕事を増やさんでくれよ」
ルビスはそう言うと、再びガハハと笑いながら病室を後にした。
「それで……グレイン、話が途中だったわね」
ナタリアはベッド横の椅子に腰掛け、グレインの手を握り直す。
「い、いててててっ! 手が、手がぁぁ〜! ナタリア、もう少し力ぁ〜」
「あの娘はどちら様? 病室で三日三晩よろしくやってたようで……。あたしの心配を返しなさいよ」
ナタリアはギリギリと音が聞こえてきそうなほどきつくグレインの手を握りしめている。否、握り潰そうとしている。
「わ、私はただの第一発見者ですからっ!」
慌ててハルナが止めに入る。
途端にナタリアの力が一気に緩む。
「あら、そうなの……。それならグレインも最初からそう言ってくれればいいのに」
「痛みでそれどころじゃなかったんですけどねぇ」
「あ、でも先ほど私とグレインさまでパーティを組むことになりました」
「いぎぎぃぃぃ! あー……ぁー……」
ナタリアは無言で再び手に力を込めた。
「あわわわ……。ナ、ナタリアさん! 私、睦まじいお二人の仲を邪魔するつもりはありませんからっ!」
「えぇぇ!? あんた、な、何言ってくれちゃってんのよ!?」
「どこからどう見ても、お二人は付き合ってるのですよね」
「「付き合ってない!!」」
「ほら、息もピッタリじゃないですかぁ」
「こんな出世の見込みもない無職の冒険野郎となんて絶対嫌よ! どこかの貴族か富豪に嫁ぐと決めてるの! 玉の輿よ玉の輿!」
「こんな性格ブスの行き遅れ万年受付嬢、こっちから願い下げだ!」
「なんですってぇ……」
「なんだよ……本当の事を言ったまでだろ? 玉の輿なんて一生無理だろ」
「キイィィーーーッ! もう怒った!」
そう言ってナタリアは両手でグレインを殴りつけようと振り上げるも、相手が怪我人だということを思い出し、横たわるグレインの腹部に力無く拳を置く。
「ナタ……リア?」
グレインが彼女の顔を見上げるとそこには、大きな眼から滝のように涙を流し、泣きじゃくるナタリアがいた。
「……あたしだって、心配したんだから……。こんな事、もうこれっきりにしてよね」
ナタリアは涙で声が詰まりながら、絞り出すようにそう呟いて病室を後にした。
********************
「さてハルナ、ものすごく気まずいと思うんだけど、またギルドに行ってナタリアにパーティ申請と融資の話をしてきてくれないか? あいつ、ハルナがただ俺の状態を知らせに来ただけだと思ってそうだ」
ナタリアが出ていって数分後、グレインは自分達の状況を改めて認識した。
「はい……そう言えば何も申請の話が進んでませんね……。ナタリアさんどこ行ったんでしょう……」
「あいつが行く所といえば自宅かギルドしかないぞ。今は勤務時間中だから、おそらくギルドに戻るだろうな。川で顔でも洗ってトボトボとギルドに歩いて戻って……小一時間もあればギルドに戻るだろ」
「分かりました。では先にギルドに行って待ってます」
「何度も行ったり来たりさせて、本当に申し訳ない」
「いえ、ナタリアさんとのやり取りを見られてよかったです。……あ、野次馬的な意味ではなくてですね、ナタリアさんを見てたら、グレインさまのことが本当に信頼できる人物だって確信できましたので、それがよかったなと」
「……そうか……なんか恥ずかしいな」
「それでは、行ってまいりますっ!」
ハルナはニコニコ顔でグレインの方に軽く振り向いたあと、駆け足で病室を飛び出していく。
「廊下は走らないように言っておかないとな……」
パタパタと廊下を走っていく足音が響く中、グレインは独り言を呟き、再び眠りに落ちてゆくのだった。
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