第004話 見舞いに来てやったのよ!
「私と……パーティを組んでいただけないでしょうか?」
「は?」
突然、考えてもみなかった事を口にしたハルナに、グレインは目を丸くしていた。
「あの……実はまだ怖いんです。他のパーティに入れてもらっても、また追い出されるんじゃないか、って。でも、同じ憂き目に遭ったグレインさんなら、追い出された側の辛さ、寂しさ、悲しみを分かってくれるから、だから……」
「追い出される心配が無いんじゃないか、ってことかな」
こくりと頷いたハルナの頬を、涙が伝っていた。
「まぁ、可能性が全くないと言えば嘘になるが、少なくとも君は俺の命の恩人だ。恩人に酷いことをするつもりは全くない。……ただその前に、俺が解雇された理由を話しておこう。それで気が変わったらパーティの話は無かったことにしてくれて構わない」
「分かりました」
グレインは、涙を拭って静かにグレインを見つめているハルナに、『緑風の漣』結成から解雇されるまでの顛末を語った。
「……というわけで、『送別会』と称した集団リンチが行われて、ズタボロになった俺をハルナが発見してくれて、今に至る」
最後まで語り終えたグレインがハルナを見ると、先ほどの比ではないほど大量の涙を流していた。
「そう……だったのですね。五年も連れ添った仲間であり友人でもある方々から、このような酷いことを……さぞかし辛い思いをなさった事でしょう」
「あいつら、俺が生きてると知ったらどんな顔をするかな……。まぁ、それももう済んだことだ。それよりも、これで俺をパーティに誘っても何の利も無いことはご理解いただけたかな?」
「はい、是非ともパーティを組んでいただきたいです」
「ご理解いただけてないようで」
「いえ、重々承知しています。むしろ、今のお話を聞いて、ますますパーティを組みたい気持ちが強まりました」
ハルナは再びグレインの手を握る。
「グレインさん、いえ、グレインさま、一緒に頑張りましょうねっ!」
「あぁ、でももし解散したくなったらいつでも言ってくれると助かるな。乗り気じゃないのにパーティ組んでると、お互いに命が危ないし」
「はいっ!」
ハルナは元気いっぱいに返事をする。
「では、まずはグレインさまの怪我を治すために、ギルドへ融資の申請に行ってまいります! それとパーティの申請もしておきますので」
「じゃあ、これ俺のギルドカードね。なんか……非常に申し訳ない」
グレインは病室のベッドに横たわっている。全身の骨が折れているため、移動はおろか起き上がることすらできないのだ。
「何がです? 今日から同じパーティなんですから、メンバー同士助け合うのは当然じゃないですか」
「使い走りみたいなことをさせてしまっていることと、何よりもギルドに借金することが申し訳ないんだ。借金のせいで、この先俺たちの行動は──」
何かを思い出して動きを止めるグレインを、ハルナは不思議そうに見る。
「そうだ、パーティの奴らだけじゃなかった! ギルドに一人だけ友人がいたんだったよ。そいつに頼めば多少は融通が利くかも知れない」
「では、その方に事情を話してみましょうか」
「あぁ、頼む。ナタリアって受付嬢がいると思うから、そいつに伝えてくれ」
「はい、分かりました。この町のギルドはそんなに大きくないのですぐに分かると思います」
グレインが聞いた話では、ハルナの元パーティは元々各地を転々としていて、ちょうどこの町でハルナに解雇通告と暴行を加えて置き去りにし、別の町へと向かっていったらしい。
「では行ってまいります!」
ハルナはバタバタと慌ただしく病室を飛び出していった。
「そういえばあいつが解雇された理由は聞かなかったな。……聞いてもいいもんだろうか」
廊下を遠ざかる駆け足の音が微かに聞こえる病室で、グレインは一人そんなことを呟くのであった。
********************
小一時間ほど経ったのち、再び廊下から駆け足で近付いてくる音が聞こえた。
次の瞬間、病室のドアが勢いよく開け放たれ、そこから黒髪黒眼の女性が駆け込んできた。
「あれ、ナタリアじゃないか。……いきなりどうしたんだ? ギルドの仕事はいいのか?」
「どうしたもこうしたもないわよ! あんたが瀕死の重体って聞いて……あれ? と、とにかく……見舞いに来てやったのよ!」
ナタリアはグレインと同い年のギルド職員で、偶然グレインが冒険者を始めたのと全く同じ日にギルド勤務初日を迎えた、所謂同期の間柄の女性であった。
ショートカットの髪が揺れるほど肩で息をして、グレインの様子を見ているナタリアの後ろから、ぱたぱたと駆けてきたハルナがナタリアに補足する。
「すみません、意識不明で瀕死の重体だったのは三日も前の話でして、今は全身骨折で元気です」
「「全身骨折で元気」」
グレインは深い溜息を吐く。
「とりあえず、元気なわけないだろ……。ハルナ、ナタリアにどこまで説明したんだ?」
「それがそれが、順を追って説明しようとしまして、まず私がグレインさまを発見して治療院に運び込まれた、というところまでお話ししたら、ナタリアさんがギルドのカウンターを飛び出してここまで走って来ました」
「まだ序盤じゃねぇか」
「あんた、死の淵を彷徨って三日も眠り続けてたってこと?」
ナタリアはいつもの調子で、グレインの頭を小突く。
「あぁぁぁぁ! いってぇ……。あー……ううぅ……。……あいつらほんと容赦ねぇな」
「ご、ごめん……。っていうか一体誰にやられたのよ?」
そういってナタリアはベッド横の椅子に腰掛け、グレインの手を握る。
「パーティメンバーだ。いや、もう元パーティメンバーか」
グレインの手を握っているナタリアの手がぴくり、と跳ねる。
「えぇ!? グレインのいたパーティって『緑風の漣』よね?」
ナタリアは無意識にその手に力を込める。
「いててててっ! そんなに力入れんなって! あぁ、そうだ。あいつらだよ。よっぽど俺に恨みがあったんだろうな。……まぁ、俺が無職だからしょうがないのかも知れないけど」
「しょうがない訳ないじゃない! あんたは、無職の人なら殺しても構わないって言うの?」
「そういえば、そんなことを言ってる奴もいたなぁ」
グレインは先ほどまで見ていた、洗礼の儀式の記憶に出て来る口の悪い魔法使いを思い浮かべていた。
「信じらんない……。そうと決まれば早速ギルドに連絡──」
「いや、無駄だと思うぞ」
立ち上がって病室から出ていこうとするナタリアをグレインが止める。
「なんでよ!? これは立派な殺人未遂でしょ!」
ナタリアは立ち上がった勢いそのままに、グレインに食って掛かる。
「あいつらは剣を抜いていないし、魔法も使っていない」
「それってつまり……」
「あぁ、『冒険者同士のいざこざについては、ギルドは不干渉』って鉄則があるだろ。あいつらは最後まで『冒険者同士のいざこざ』の範囲から逸脱しなかった。街中で抜剣したり魔法を使えば衛兵がやってくるが、決してそんな事はせず、全員ただひたすらに俺を殴っていた」
二人の会話をただ茫然と見ていたハルナが口をはさむ。
「それに、暴行した場面を誰も目撃していないようなんです。夜明け前の早朝に行われたことらしいので」
「っ! ……相当計画的な犯行ね」
ナタリアは改めてグレインの容体を見て、下唇を噛み締めたまま、言葉を失っていた。
「まぁ、そのお陰で都合の良いこともあるさ」
グレインはニヤリと口角をつり上げる。
「『緑風の漣』の犯行だという事実は、俺一人しか知らない。つまり、ギルドにそういう情報が上がれば、俺が死ななかったという情報をあいつらに教えることにもなる。……その逆もまた然り、だ」
「なるほど、通報が無ければ、『緑風の漣』にはグレインさまが死んだと思わせておくことが出来るという訳ですね」
「あぁ」
咄嗟にグレインの意図を察したハルナに、グレインは静かに頷いた。
「ところでグレイン、この娘はどちら様?」
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